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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第26話 海上に舞うは疑念とアイドル
149/196

26‐3

 ガレシアは何故かオルディナと共に甲板掃除をしていた。


 というのも、せっかく5日も船に乗っているのだから、その間に船員らしいことをしてみたいとオルディナが言い出したためである。


 そこで船長であるシグオーンに相談したところ、ちょうど良い仕事があると言われ、始まったのが甲板掃除だった。


「なんでアタシ掃除なんかしてるんだろうねえ……」


 と口では言いつつも、こういうことは手慣れているのか、ガレシアは自分の担当箇所をどんどん綺麗にしていく。

 その横では言い出しっぺのオルディナが何やら悪戦苦闘していた。

 よく見ると、デッキブラシの持ち方が違う。普段持っている杖と同じように握っている。


「アンタねえ……それじゃ前に進まないだろうに」

「ふえ?」

「ほら、持ち方はこう! 腰はこう! もっと力入れて!」

「は、はい!」


 ガレシアに指導され、ようやく様になったオルディナ。次は何やら意気込み始めた。


「甲板掃除はこうシュタタターっと走って綺麗にするんですよね! 本で読みました!」

「は? アンタそれ何の本――ってちょっと!」


 ガレシアが止めるのも聞かず、オルディナはデッキブラシに力を加えて、だだっと駆け出した。

 途中までは勢いよくいっていたのだが――


 つんっ


「あっ」


 見事につまづき、思い切り前へ転んだ――

 と思いきや、どこから現れたのか、シグオーンがそのたくましい腕でオルディナを受け止めていた。


「大丈夫かい、嬢ちゃん」


 目をぱちくりさせてこくこくとうなずく少女の様子が面白く、シグオーンは笑う。

 そっと立たせてもらうと、ガレシアが慌ててこちらに駆け寄ってきた。


「オルディナ! 大丈夫かい!?」

「あ、はい」

「全く……どこからツッコんだらいいのやら……」


 ガレシアは頭を抱えるが、オルディナはきょとんと首を傾げる。


「しっかり教えてやんなよ、先輩」


 相変わらず楽しそうに笑いながら、シグオーンは手をひらひらさせてどこかへと去っていった。


「言われなくても」


 その背に返事をすると、ガレシアはオルディナの方を向く。


「さて……言い出したのはアンタなんだ。覚悟は、いいね……?」


 ガレシアの目がギラリと光った。


「は、はひ……」


 オルディナがごくりと唾を飲み込む。



 ――1時間後。



 そこには甲板に這いつくばるオルディナの姿が。


「アンタ、体力ないねえ……」

「す……すみましぇん……」


 呆れた様子のガレシアに謝るオルディナは全身汗だくだ。

 ロングヘアーにロングスカートという、およそ掃除に不向きの格好をしているのだから無理もない。


 ガレシアはやれやれと小さく笑うと、オルディナを立ち上がらせた。


「ほら、綺麗な服が台無しだよ」


 服を軽くはたいた後、ガレシアは相手の顔をじっと見つめる。

 オルディナが不思議そうに小首を傾げていると、不意にガレシアがその背後に回った。


「じっとしてなよ」


 ガレシアは懐から髪ゴムを取り出すと、彼女の髪を慣れた手つきでお団子にまとめ上げる。


「これでちょっとは涼しくなるだろ」

「わっ、わっ」


 普段髪の長いオルディナは首筋がスース―することに新鮮さを感じ、一人興奮していた。


「あとは服を何とか――ってちょっと!」


 せめて掃除中だけでも服装を何とかできないかと考えていると、またしてもオルディナが、今度は船内に駆け込んで行ってしまう。

 何事かと思っていると、今度は転ぶことなくすぐに帰ってきた。


「ガレシアさんすごいですね! こんな風に可愛く髪を結ってもらったの初めてです!」

「あ、ありがと……」


 どうやら自分の髪型を確認しに、わざわざ鏡を見に行ったらしい。

 踊り出しそうな勢いで大喜びしている少女を見て、ガレシアは改めて彼女は筋金入りの箱入り娘だったのだろうなと認識する。


 しかし、そこでふと疑問が浮かんだ。


 そういえば自分はこの子の出自について何も知らない、と。

 いや、恐らく自分だけではなく他の仲間たちも。


 イブネスは確かオルディナの父が雇ったボディーガードだという話だ。

 彼に聞けば――いや、もしかすると彼ですら詳しいことは知らないかもしれない。


「……ねえ、オルディナ」

「あ」


 気になったことを聞いてみようとした矢先、オルディナが何かを見つけた様子で、じっと一点を見つめる。

 同じようにそちらを見やると、少し離れた所でラウダが風に当たっていた。

 そこへローヴが船内から出てくる。その手にはデッキブラシが2本。


 そういえばオルディナはローヴも掃除に誘っていたはずだが、ずっと姿を見なかった。


 ローヴがラウダに歩み寄る。


「ラウダ、ここにいたんだね。探したよ」


 風に当たるラウダは何も言わず、遠くを見つめたままだ。


「ラウダ」


 もう一度名を呼ぶが、返事はなし。


 これは険悪なムードになるのではと心配になってきたガレシアが動こうとすると、その腕をオルディナがぐいと引っ張った。


 そしてぶんぶんと首を左右に振る。

 どうやら行くなと言いたいらしい。


 よく分からないが、ガレシアは彼女の言うことに従って、再度2人の方を見る。

 すると、ローヴがぐいとラウダの肩を力強く引っ張っていた。


「名前を呼ばれたら返事する!」


 彼女にぴしゃりと叱られ、さすがのラウダも返事せざるを得なかったようだ。


「……何?」


 不機嫌そうな顔で一言そう言うラウダだが、一応ローヴの方を向いている。

 いくら彼女が力ずくで振り向かせたとはいえ、彼の方も本気を出せばそっぽを向けるだろう。


 どうやら絶対に話をしたくないというわけではないらしい。


「はい、これ」


 そう言うと今度はデッキブラシを彼に手渡そうとする。

 が、当然受け取るわけがなく。

 しかしにっこりと笑うローヴもまた引こうとはしない。


 ラウダは小さくため息をついた。


「……意味がよく分からないんだけど」

「甲板掃除」

「は?」

「ガレシアさんとオルディナと一緒に甲板掃除することになったんだけど、ほら、この船って広いでしょ? だからラウダも」

「断る」


 きっぱりと断った彼の不機嫌オーラが増す。


「面倒なことはしたくな」

「はいはい」


 ぷいとそっぽを向こうとしたラウダの言葉を遮ると、ローヴはその手を強引につかんでブラシを持たせた。


「あっちからあっちまで。よろしくね!」

「ちょ」


 それだけ言い残すと、ローヴはラウダが止めるのも聞かずに自分の担当箇所へと走り去ってしまう。

 残されたラウダはしばらく呆然としていたが、大きなため息をつくと渋々掃除を始めた。


「やりましたね、ローヴさん……!」


 その様子を陰から見守っていたオルディナは小声でそう言う。

 同じくやり取りを見て呆然としていたガレシアは、小さくガッツポーズをしているオルディナに声をかけた。


「アンタ、まさかこのために船員の真似事を?」


 まさかそこまで計算していたとは、と驚くガレシアだったが。


「え? それはわたしがしたかっただけですよ?」


 純粋無垢な瞳がきょとんとこちらを見つめる。


「…………」


 ちょっとでも感激した自分が馬鹿だったようだ。


 しかしローヴと裏で何かを打ち合わせていたのは間違いないだろう。


 天才なのか天然なのかよく分からないが、ガレシアは何だか面白くなって吹き出す。


「アンタ、ホント変な子だねえ」


 何のことか分からず、首を傾げるオルディナにガレシアは掃除の続きを促した。


 その後、休憩のため甲板に出てきた仲間は彼女たちが掃除をしていることに驚き、さらにラウダが掃除をしていることにも驚くのだった。

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