26‐2
目的地への航海日数は行きと同じく5日間。
その間、皆思い思いの時間を過ごしていたが、一部の者たちは部屋に集まって今までの出来事について考えていた。
「俺はティルアと黒騎士が繋がってると思う」
真剣な表情でアクティーがそう言うと、ノーウィンがそれに同意を示した。
「黒騎士のあの物言い……ティルアをラウダにけしかけたのもあいつだと思ってる」
「我らの計画は順調だ、だったか……」
「……黒騎士の言葉だな」
ノーウィンが黒騎士の言葉をつぶやくと、それまで目を閉じて思案していたイブネスが目を開いた。
彼にうなずき返すと、ノーウィンは腕を組む。
「我らということは敵は複数いるわけだ。だが恐らく2人ってことはないだろう」
「あの2人だけでも厄介だっつーのに……あんなのがまだいんのか?」
アクティーは大きく長いため息をついた。
「それから計画という言葉。あれは太陽の証を消失させる件だけなのか。それとも」
「恐らくそれだけじゃないでしょうね」
そこで口をはさんだのはベッドに腰かけるセルファだ。
「何か根拠が?」
セルファは首を横に振った。
「……私の勝手な考えよ。でも、失われたはずの塔の機能を利用して証を消失させて……それで終わると思えない」
「塔か……その件もあったな」
シルフの話では例の塔に備わっている証の力の操作機能は遠い昔に失われたと言う。
ラウダも知りたがっていたが、何故ティルアがその力を利用することができたのか。それを知る必要もあるだろう。
分からないことだらけでその場の皆が沈黙する。
「あー! ダメだ! なんっも分かんねえ!」
アクティーは大声でそう叫ぶと、腰かけていた椅子から情けなくずるずると落ちていった。
「ウルゥの民襲撃の件は?」
「それも考えてるってのー」
ノーウィンの問いに答えると、アクティーは再度椅子に腰かけ直す。
「爺さんに聞いた話から考えるとだな、あの雑魚どもは例の人面鳥に引き連れられて結界をすり抜けてきたんだろうな」
人面鳥と聞いて、全員がその最期の姿を思い出した。
『アリ……ガト……』
あの時何故礼を言ったのだろうか。
それとも実はあの言葉には別の意味があったのだろうか。
「ネヴィア、お前はどう思う?」
そう言ってノーウィンが振り返った先には、ネヴィアが壁にもたれて立っていた。
本来は証を持つ者と皆を率先するノーウィンの4人で相談しようと言っていたのだが、意外なことにネヴィア自ら参加したいと申し立ててきたのだ。
「どの件でも良い。気になったことはないか?」
「ふむ。そうだな」
それまで聞く立場だったネヴィアは口元に手をあて、しばし考え込む。
「点と点を繋ぎ合わせることも重要だと思うが、どうだろうか?」
唐突に語られた内容が理解できず、皆が首を傾げる。
「ああ、すまない。今私たちは物事をひとつひとつ順番に考えているが、それをあえて繋ぐことで見えないものも見えてくるのでは、と思ったのだ」
「物事を繋ぐ……」
まだ今一つピンと来ないノーウィンにネヴィアはたとえを出す。
「たとえば今回の魔物襲撃。黒騎士という点と結び合わせると、黒騎士が魔物をあの地にけしかけたのではないか、という仮説が立てられる」
「黒騎士が……?」
「あくまで仮説だ。他にも私たちが目指す帝国を一つの点に見立て、今回の魔物襲撃と結び合わせる。すると見えてくるのは――」
「帝国が魔物を使って風の民を壊滅させようとした……」
「という仮説だ」
そこでようやく合点がいったようにノーウィンがなるほどとうなずいた。
「一つ一つ仮説を立てていった後、事実に基づいてそれを潰していくわけか」
そうだ、とネヴィアがうなずくと、アクティーが彼女に拍手を送る。
「それなら話が進みそうだな! さっすがネヴィアちゃん!」
表情を変えることなく、大したことではないとネヴィアは首を横に振った。
「ただ、この考え方にはデメリットがある」
「デメリット?」
特にそんなものがないように思えたノーウィンは首を傾げる。
「この考え方をしていると、疑い深くなる」
そう告げた彼女の表情に変化はないはずなのだが、ノーウィンにはどこか寂しそうに見えた。
確かにネヴィアの出したたとえは、いずれも深く考えすぎると疑心暗鬼に陥りそうになるものばかり。
「あまり深く考えすぎないようにすることだ」
「……分かった」
彼女の警告にノーウィンは素直にうなずいた。
「点と点を繋ぐ……」
セルファがぽそりとつぶやく。
そこでさっそく彼女の中にある仮説が立てられた。
「……彼らが狙っていたのは本当に風の民なのかしら」
「……何?」
不意に出たセルファの疑問をイブネスが訝しむ。
「黒騎士や帝国が魔物を使って襲撃するよう仕向けたのだとして……その対象は風の民? それとも私たち?」
その言葉にアクティーは彼女が何を言いたいのか察した。
「もし対象が俺たちなら今後も狙われ続けるわけか。周囲を巻き込んで」
セルファがこくりとうなずくのを確認すると、ノーウィンがぎょっとした表情を浮かべる。
それでは災厄の一種のようなものだ。とてもではないが世界を救うどころの話ではなくなってしまう。
そこでノーウィンもまた、ある仮説にたどり着く。
今後も狙われる――それはつまり、常に移動している自分たちの位置を完全に把握されているということだ。
「俺たちは常に監視されている……?」
どうやら皆が同じ考えに至っていたようで黙り込んでしまった。
「落ち着け。さっそく疑念に捕らわれているぞ」
暗い表情でうつむく皆をネヴィアが諭す。
「いくら何でもそれは少々突飛な話だと思わないか?」
「あ、ああ……そうだな。すまん」
ノーウィンが謝るのを見て、アクティーが大きくため息をついた。
「ちょっと休憩するか。このままじゃ本当に疑心暗鬼になりそうだ」
「……そうね」
セルファもイブネスもそれに賛同する。
そうして部屋を出ていく皆の後ろ姿を見送るネヴィアは、1人考え事をしていた。