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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第25話 風を司るもの
145/196

25‐8

 村はすっかり燃え崩れてしまい、後に残ったのは家だったものの残骸ばかり。

 ウルゥの民は住むところがなくなってしまった。

 にもかかわらず、彼らは魔物を追い払い、この地を取り戻した一行を勇者としてもてはやした。


 敬遠していた者たちも一行をすっかり受け入れてくれるようになり、貯蔵してあった食料を持ち出してくると、ささやかな夜宴を開いてくれるのであった。


「良かったのかい? 大切な食料だろう?」


 と、口では言いつつも、村人に酒を注いでもらっているガレシアは嬉しそうだ。


「我らの聖地を守ってくれたのじゃ。これくらいはさせてほしい」


 そう言う長老も手にしていた杯を口につける。


 建物はすっかりなくなってしまったので、今は広場の中央に火を起こし、それを囲むようにして宴を開いていた。


 そんな中、パチパチと音を立てて燃える火を見つめながら、ノーウィンが難しい顔をしていた。


「考えるのはまたにしようぜ」


 不意に頭上から声をかけられ、考え事を止めると、そちらを見る。

 アクティーが杯を手に、隣に腰かけた。


「せっかく楽しい宴を開いてくれてるんだぜ? 楽しまなきゃ損だっての」

「そう、だな」


 アクティーに差し出された杯に自分の盃を軽く合わせて乾杯すると、ノーウィンはぐいと酒を飲む。


「ま、考え込むのも分かるけどな」


 同じように火を見つめ、アクティーがそう言った。


 考えるべきことは多い。

 シルフから告げられた現状とこれからなすべきこと。今回の襲撃と敵の正体。人面鳥。それから――


「そういえば、ラウダはどうしてた?」


 ふと気になったことを問う。


 先ほどまでラウダの様子を見に行っていたアクティーがここへ戻ってきているのだから心配ないとは思ったが、聞かずにはいられなかった。


「外れでぼんやりしてた」

「そうか……」

「心配性だなー」


 ケラケラと笑われるが、ノーウィンもまたそれに笑い返す。


「そう言う自分も、証の力で確認すれば一発だろう?」


 そう言われると、アクティーはうぐっと気まずそうに笑うのを止めた後、ぼそぼそと話し出す。


「それはあれだ……前に証の力を過信して、ラウダがいなくなったことがあったしな……」


 どうやら以前のことを反省しているらしく、自分で確認しないと気が済まなかったようだ。

 彼も大概心配性だなと思い、ノーウィンはふっと笑った。


「けどまあ、今のラウダなら大丈夫な気がするけどな」

「へえ、奇遇だな。俺もそう思うよ」


 アクティーの意外な言葉に、ノーウィンは驚きつつも賛同する。


「根拠もないし、危なげなところも相変わらずだが……なんつーか、神殿での言葉を聞いてさ」


『僕は知りたい』


 それはつまり今はまだ生きようとしているということ。

 ならば自傷を計るような真似はしないのでは――という勝手な考えだ。


「ラウダは太陽の証を取り戻せると思うか?」

「そりゃ無理だな。今のままだったら」


 ノーウィンの問いに答えると、アクティーは杯に口をつける。


「なら俺たち年上組が支えてやらないとな」


 そしてノーウィンもまた杯に口をつける。

 それに対してふざけるかめんどくさがるかと思いきや、アクティーは静かにうなずくのだった。


 *     *     *


「オルディナ……それは……」


 オルディナの側にやってきたイブネスは困った顔を浮かべていた。


「あ、お兄しゃん! これ美味しいれすよー!」


 楽しそうにうふふと笑いながらイブネスを呼ぶオルディナは、座っているのにふらふらしている。


「すまない、やめた方が良いとは言ったんだが……」


 側に立っていた男が困ったように頭をかく。

 オルディナの手にある杯には酒が入っていた。


「いや……こちらこそすまない……」


 恐らく好奇心のままに飲んだのだろう。

 イブネスは男に謝ると、ため息をつきつつ彼女の隣に座った。


「さー、お兄しゃんも飲むれすよー」


 そんな彼にオルディナは杯をどうぞと渡す。

 やれやれと首を小さく振ると、イブネスは彼女から杯を受け取った。


 次の瞬間、オルディナがイブネスの肩に倒れ込んできた。


「オルディナっ!?」


 ぎょっとして彼女の名前を呼ぶが、返事はない。

 代わりに穏やかな寝息が聞こえてきた。


「…………」


 動けなくなったイブネスは大きなため息をついた。


 その様子を遠くから見ていたセルファが小さく笑う。

 2人の姿が昔の自分に重なって見えたのだ。


「あれはファの名を継承した時……」


 祝いの席で形式上杯に口をつけるだけで良かったのに、張り切って全部飲み干して酔ってしまい、隣にいた彼女を驚かせたものだった。


「懐かしいわね、姉さま……」


 こうして火を囲んで皆が楽しんでいる様を見ていると、大切な思い出が次から次へと湧いてくる。

 しかし同時にそれは思い出したくないことも思い出させようとする。


 セルファは目を閉じて首を左右に振ると、それ以上思い出すことを止めた。


 *     *     *


 宴の席を離れ、1人目立たぬ所に佇むネヴィアは空を見上げ待っていた。


 そんな彼女の元へ、夜に紛れて1羽の黒い鳥が飛んでくる。

 左腕を掲げると、鳥はそこへ舞い降りた。


 その足に結ばれている紙を取ると、代わりにポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出す。

 それをしっかりと鳥の足に取り付けると、彼女は腕を振るう。


 空高く飛んで行った鳥を見えなくなるまで見送ると、彼女は広場へと戻るのだった。


 *     *     *


 広場から外れたところでローヴは1人待っていた。


「こんな所に呼び出しなんて、私これから刺されるのでしょうか」


 ふざけた様子でそう言いながら姿を現したのはウーナだ。

 それを聞いてむっとなるローヴを見て、彼女は首を左右に振った。


「あなたの心、トゲトゲしてる。そう思われても仕方ないわよ」

「そうそれ!」

「は?」


 突然ローヴにそう言われ、ウーナは戸惑う。


「ウーナは人の心が読めるの?」


 真剣な表情でそう問うてくるローヴに、ウーナはしばらくぽかんとした後、呆れた様子でため息をついた。


「……まさかそんなことを聞くために呼んだわけじゃないわよね?」

「え? それが聞きたかったんだけど」

「…………」


 きょとんとするローヴにウーナは黙り込んでしまった。


「もしかして聞いちゃダメなことだった?」

「そうじゃなくて……はあ、もういい」


 再びため息をついた後、彼女は真面目な顔で話し始める。


「結論から言うと、心を読めるわけじゃない。私は人の心の色や形が感じ取れるだけ」

「心の色や形……?」

「私は目が見えないから人の表情が分からない。でも精霊様のお力を授かってから抽象的ではあるけれど、それらが見えるようになったの。喜びはピンク。怒りは赤。へこんでいるときは三角、といった感じに」

「なるほど……」


 それを聞いてローヴがふむふむと納得したようにうなずく。


「……あなたが今どんな表情をしているのか分からないけど、落胆していることは分かる」

「うっ、そ、そっか」


 ウーナはさらにため息をついた。


「……彼の心は真っ黒でぐちゃぐちゃだった」


 そう言われてローヴは首を傾げるが、すぐにそれが一番聞きたかったことの答えだと気づく。


「ど、どうして分かったの!? それも色!?」

「……今のは勘」


 ここまで分かりやすい人間は自分が見てきた中で初めてだと思いながら、ウーナは話を続ける。


「でも彼の心は読めた」

「え?」

「何故かは分からない。あんなこと生まれて初めてだったし」


 ウーナが黙り込み、しばし沈黙が訪れた。

 そこでローヴがもう一つ疑問に思っていたことを尋ねてみる。


「それならどうしてラウダにあんなことを言ってナイフを渡したの?」


 そこで彼女は小声になった。


「……彼は死ねないと思ったから」

「……え、もしかしてそれも勘?」


 自信のなさそうな彼女に思わず突っ込んで問うと、気まずそうに小さくうなずく。


「ほ、ホントに死んじゃってたらどうするつもりだったの!?」

「…………」


 黙り込むウーナ。

 どうやら彼女なりに何とかしないといけないと思った結果が“あれ”だったらしい。

 そのおかげで彼は自分の道を見出せたようなので結果オーライではあるが――


 何と言うべきか言葉が見つからず、ローヴもまた黙り込んでしまった。


「……ごめんなさい」


 ウーナはしゅんと小声で謝る。

 小さい体がさらに小さく見えた。


「う、うん、うーん……」


 自分に謝られても困るし、それで良しとすることもできない。

 ローヴはしばし悩んだ後、あることを提案した。


「じゃあ、さ。ラウダが証の力を取り戻せるように毎日お祈りしてくれる?」

「え?」

「それでチャラになる……と思う」


 とても曖昧な言い方にウーナはぽかんとなるが、少ししてふふっと笑う。


「分かった、約束する」


 力強くうなずくウーナに、ローヴは良しと笑いかけた。


「でも、どうしてそこまでするの?」


 ふとウーナが不思議そうに首を傾げ、ローヴに質問する。


「え、それは、まあ」

「今の彼はあなたのことを何とも思ってない」


 ウーナにそう言われ、ローヴは口を閉ざしてしまった。


「あなたが彼のことをどう思っているのかは何となく分かる。でも、好きになるなら別の人にした方が良いと思う。あんな人を必死に支え続ける意味はあるの?」

「そう、だね……でも……」


 言い淀むローヴを見て、ウーナは目を伏せる。


「ごめんなさい。私がどうこう言うことじゃないね」

「ううん……」


 ローヴは首を横に振った。

 しばらくの沈黙の後、ローヴはウーナに笑顔を見せる。


「呼び出してごめんね。戻ろっか」

「うん……」


 ローヴが笑顔のまま先を行く。

 だが彼女は忘れているようだ。ウーナの目が見えないことを。


 青い涙型の心を見た幼女は、手を組み、小さく祈った。


「……いつか答えが見つかりますように」

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