25‐4
翌朝。民からおずおずと渡された朝食にありつき、準備をすると、風の神殿へと向かう。
「この島には強力な結界が張ってあるため、魔物が出現することはありません」
先頭を行くウーナの話に、ノーウィンがふと、村へ来る途中の森の様子を思い出した。
「もしかして森の濃霧も結界の一種だったのか?」
「はい。あれは惑いの魔法。先へ進めば進むほど方向、視界、明暗……あらゆる感覚がなくなり、最後は森から出られずにそのまま死ぬことになります」
淡々と話す内容を聞き、ガレシアが眉間にしわを寄せた。
もしウルゥの民たちに受け入れられなかったら、自分たちも行き倒れになっていたのだろう。
そうして淡々と会話をするウーナの背をローヴはじっと見つめている。
昨夜のこともあり、ローヴは彼女を警戒していた。
今とはまるで違う、鬼気迫る口調でラウダを追い詰めていた彼女の姿を思い出す。
一体何を思ってラウダにあのような言葉をかけたのか。
そもそも何故彼女はラウダの事情とティルアのことを知っていたのだろうか。
視線をラウダに移す。
昨日までぼんやりとぼとぼと歩いていた彼だが、今は心なしか足取りがしっかりしている――ような気がする。
うつむいてはいるが、何事かを考えているようにも見える。
「ここです」
ウーナの声で考え事から引き戻されたローヴが正面を向くと、そこには石造りの神殿が立っていた。
規模はそれほど大きくはないが、風化した柱に絡みついた草、苔むした石畳を見るに、相当な年月が経っていることを感じさせる。
正面に立つ岩には複雑な紋章が刻まれている。恐らくこれが入り口だろう。
ウーナはその前に立つと、胸に両手を当て、何事かをつぶやき始める。
うまく聞き取れないのは彼女の声が小さいからではなく、つぶやいている言葉の問題のようだ。少なくとも現代で使用されている言語ではない。
少々長い祈りを終えると、力自慢でも開けられるかどうか分からない、分厚い岩が音を立てていとも簡単に開いてしまった。
「参りましょうか」
先ほどと同じように先導するウーナに続き、一行も神殿内へと歩を進める。
全員が神殿内へと入ると、岩が先ほどと同様に音を立てて自動的に閉じた。
「お気を付けください。この神殿内部にはトラップもあります。たとえばあなたが今踏んだ石はスイッチで――」
「へ?」
ウーナの話と、カチリという音と、石を踏んだアクティーの声がほぼ同時に響く。
ヒュッ
斜め上から何かが飛んでくる気配を察知したアクティーは、証の力を使い、寸でのところでそれの軌跡をそらした。
床に突き刺さったのは、一本の矢。
「このように毒矢が飛んできます」
今までと同じように淡々と説明をするウーナに、アクティーが慌てて制止をかける。
「待て待て待て待て! 説明が遅えよ!」
しかしウーナはくるりと背を向けると、再び前へと歩きだしてしまった。
「……普段の行いのせいね」
「ま、まあ、怪我がなくて良かった」
大したことではないとでも言いたげなセルファと、一応心配するノーウィンの言葉を受けて、アクティーはむすっとしつつも再び幼女に続く。
「ここですが」
次に姿を現したのは、扉の左右に配置された赤と青の球体。
彼女は迷わず赤の球体に触れる。
「こちらが不正解です」
「は?」
ガコン
アクティーの立っている石床が音を立てて開いた。
またしても寸でのところでそれを飛び越えると、受け身のためゴロゴロと地面に転がる。
暗い穴底を覗いたオルディナが、わあと声を上げた。
「トゲトゲですね……」
皆が同じように覗いてみると、いくつもの針が地面から突き出しており、落ちた者を容赦なく突き立てるのを待っているようだ。
「ええと、ウーナちゃん?」
アクティーは顔を上げると、ぎこちない笑顔で幼女の名を呼ぶ。
「失礼いたしました」
それだけ言うと、今度は青の球体に触れた。
「ちなみにこちらも不正解です」
「はい?」
今度は真上からごーっと炎の柱が吹き出す。
またしても寸でのところでそれを避け切ったアクティーだが、荒い呼吸を繰り返している。
「お、お前」
しかしウーナは動じない。
「正解はここです」
言いながら彼女が触れたのは、地面に埋められた緑の球体だった。
思わず身構えるアクティーだったが、今度は本当に正解だったらしく、音を立ててゆっくりと扉が開く。
「お前、さっきからどういうつもりだ!?」
さすがの彼も我慢の限界らしい。ウーナを問い詰め始めた。
「アクティー、こんな幼い子にそんな言い方は……」
ノーウィンがなだめるも、殺されかけたアクティーは怒り心頭である。
「私、あなたが嫌い」
そこで突然ウーナがはっきりとそう告げた。
なだめていたノーウィンも、怒っていたアクティーも目を丸くする。
「よそ者と裏切り者の忌み子のくせに、精霊様に認められた証を持ってる。それが許せない」
その言葉からは、アクティーに対する敵意が露骨に感じられた。
彼女は胸の前で祈るように手を組むと、目を閉じる。
「生まれつき目が見えない私は、精霊様に頂いた力があるから周囲のものの気配や形を把握できる。だから私は、私を生かしてくださった精霊様に一生お仕えすると心に決めた。毎日毎日祈りを捧げ続け、厳しい試練も乗り越え、長い時間をかけてようやく巫女になることができた。なのに……」
目を開くと、アクティーをにらみつけ、ビシッと指差した。
「お前は何の苦労もせず、生まれながらにして精霊様の証を手にした! 精霊様の存在さえも知らなかったような、信仰心の薄いお前なんかが選ばれたことが私は許せない!」
それまでの丁重さとは打って変わって荒い語調で言い切ったウーナ。
今まで出会ったこともない幼女から、ここまで憎まれることもそうそうないだろう。
仲間たちがちらりとアクティーを見やると、彼の肩が小さく震えていた。
泣いているのだろうか。それとも怒り出すのだろうか。
ガレシアやノーウィンが声をかけようとするよりも先に、彼は小さく声を漏らす。
「クックック……」
意外にも、彼はこの状況で笑っていた。
「そうかい。そりゃ良かったな」
「はあっ!?」
アクティーの言葉の意味が理解できず、ウーナの怒りがさらに燃え上がる。
だが相手はというと、別段大したことはないとでも言いたげに服の裾を払っている。
「お前、私の話を聞いて――」
「お止めなさい」
不意に聞こえてきた澄んだ声に、ウーナの動きがぴたりと止まった。
「ウーナ、彼らをこちらに」
「……はい」
それまでの荒れた様子から一変。彼女はしゅんとしょげかえると、再び一行を先導する。