25‐3
時間も遅いということで、今日は空いている家を借りてこの地に留まることになった。
だが長老の言葉にもあった通り、ウルゥの若い者たちは一行がもの珍しいようで、外を出歩けばちらちらとこちらを見てくるが、それとなく近づいてみるとさっさとその場を離れてしまう。
また、アクティーの素性のせいで、年配の者たちからは嫌悪に近いオーラを露骨に出してくるので、とにかく居心地が悪くてたまらなかった。
結局行くところもすることもないので、それぞれ家の中でくつろいでいるのだった。
そんな中椅子に腰かけていたアクティーが一際大きなため息をつく。
「どうしたんですか?」
オルディナが尋ねると、彼は腕を組み、うーんとうなった。
「いや、何かこう、うーん……」
「何だい、はっきりしないねえ」
その様子を見て耐えられなかったのか、ガレシアが叱責する。
アクティーはうなるのを止めると、机に肘を立て、深刻な表情を浮かべた。
「まず、だ。なんであの爺さんは孫である俺を毛嫌いするのか」
「そりゃ、アンタの両親の話があるからだろう?」
「まあ、言いたいことは分かるぜ? でも会ったこともない孫の俺を嫌うってのはどうなんだよ」
アクティーとガレシアのやり取りを見ていたネヴィアが、ふむ、と声を上げた。
「どうやら巫女というのは我々の想像以上に重要な存在のようだ。長老も言っていたが、それを連れ去った男と役目を放棄した女。2人の罪もまた我々の想像以上に重いのだろうな」
そこでネヴィアがアクティーを見つめた。
「その2人の間に生まれたのだ。民たちからすれば忌み子と呼ばれても過言ではあるまい」
淡々と話すネヴィアの言葉にアクティーが撃沈する。
しかしすぐさま顔を上げると、今度は大声であれこれ悪口を言い出した。
「大体何だよあの仮面! あんな仮面付けて、祖父ですって言われても実感湧かねえよ!」
「……仮面には色々意味があるのよ。古い民族は仮面を神や精霊を下すために使用したとされ、故にそれを付けた者を長とし、時には信仰の象徴ともされるわ」
「…………」
珍しく流暢なセルファから冷静に返され、アクティーは黙り込む。
「……単純に顔を隠したいだけかもしれないけど」
「セルファはそういったことに詳しいのだな」
興味を持ったのか、ネヴィアがセルファにそう話しかけるが、彼女は小さく首を振った。
「別に……」
それ以上話す気はないらしく、セルファもまた黙り込む。
「それと親父だ! あの頑固親父が軽薄とか不埒とか、どういうことだよ! そんな話ひとっことも聞いたことねえぞ!」
そこでオルディナがふふっと笑った。
「アクティーさんはお父様に似たのかもしれませんね」
ふと全員が黙り込む。
オルディナがどういう意味で言ったのかは分からないが、言い換えればアクティーが軽薄で不埒だと言っているようなもので。
「……あれも天然故だ。許せ」
イブネスがぼそりとそう言うと、アクティーは悲しみのあまり机に突っ伏した。
そしてオルディナは首を傾げている。
* * *
一行が寝静まった頃。
ラウダは1人、家を抜け出していた。
夜風が優しく頬をなでるが、今のラウダには何も感じられなかった。
村から少し離れた平原にぼんやりと立ち尽くしていると、不意に声をかけられる。
「こんばんは」
振り返ると、そこには風の巫女ウーナが立っていた。
「にぎやかなお仲間ですね。普段静かな村が少々騒々しかったです」
褒めているのか貶しているのか。表情のない彼女からはうまく読み取れない。
しかしそんなことはどうでもいい。
わざわざそれを言いに来たのではないであろうことはラウダにも分かっていたからだ。
「かわいそうな人」
次にウーナの口から出た言葉はそれだった。
「望んだ結末を迎えられずに放棄された今のあなたは、さながら川に流されるだけの枯れ葉」
ラウダは何も言わない。
「何故精霊様があなたを呼んだのか。それは分かっているようですね」
「もう疲れたんだ……放っておいてほしい……」
ようやくラウダが言葉を発した。だが――
「自分で死ぬこともできない臆病者」
不意にウーナの口調がきつくなった。
「彼女がいなくなったあの瞬間、お前も一緒にいなくなれば良かったのに」
それまで何に対しても無頓着だったラウダがその言葉に反応した。
ウーナの言葉は止まらない。
「いつか彼女が殺しに来てくれる? そんな言い訳でよくものうのうと生きてきたわね」
「違う、言い訳じゃ……」
ラウダが頭を抱え、左右に激しく振る。
「ああ、かわいそうなティルア。殺された挙句、死神のように扱われて」
「違う……僕は……!」
「結局お前は死ぬことも生きることも怖がっているだけの弱虫なんだ」
「違う……違う!」
「違う? なら証明して」
そこでウーナがラウダの足元に何かを投げた。
月光を受けてきらりと輝くのは、短剣。
ラウダはそれをゆっくりと拾い上げる。
荒い呼吸で、震える両手で握りしめ、徐々に、徐々に、刃を喉元へ――
「ダメえええええええええええ!!!」
突如大声を上げたのは、いつの間にかやってきていたローヴだった。
彼女は急ぎラウダの元へ駆け寄ると、ものすごい力であっという間に短剣を取り上げる。
「どうしてこんなこと!」
キッとウーナをにらみつけた後、今度はラウダの方へ振り返り、叫ぶ。
「何考えてるの!?」
目には涙が浮かび、それはすぐさまボロボロとあふれ出した。
「終わるんだよ!? 死んだら! 何もかも! そんなの」
袖でごしごしと涙をぬぐい、言葉を続ける。
「そんなの嫌だよお……」
突然の介入者だったが、ウーナが驚く様子はない。
「少なくとも今のお前は自害を望んでいない」
そう言うと、彼女はくるりと背を向けた。
「……なら、その手で何がしたいのか。今一度考えると良いわ」
そしてその場から静かに立ち去って行った。
後に残されたのは、無言のラウダと泣きじゃくるローヴ。
「……どうして僕に構うんだ」
ラウダがそう言うも、ローヴは涙をこぼすばかり。
「言ったよね。僕のことを何も知らない人に何を言われても何も感じないって」
そこでようやくローヴが何かを言うが、ぼそぼそとうまく聞き取れない。
ラウダが怪訝な顔をしていると、今度ははっきりした声で話した。
「時間が欲しい」
「時間……?」
「ボクが、ラウダの側にいる、その答えを出すまでの時間」
ラウダは黙る。何かを考えているようだ。
その間にローヴはまたしても袖で涙を拭いていた。
「……分かった」
「……ありがと」
簡単に言葉を交わすと、ラウダは家に戻ろうとする。が、その腕をローヴがつかんだ。
「返す」
そう言って無理矢理手に握らせたのは、赤い星型のヘアピン。
ラウダはそれを不要なものとして返そうとするが、無理矢理握らせるローヴの力が強い。
結局根負けしたラウダは小さくため息をつくと、それをポケットに入れた。
そして今度こそ家に向かって歩き出した。
ローヴはしばしその背をじっと見つめる。
自分には彼の側にいる本当の理由を口にする資格はない。
それでも側にいたいと思うのは、傲慢なのだろうか、と。