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宿屋の地下レストランへと向かう途中、1人の男性が不安な面持ちでノーウィンに話しかけてきた。
きちっとしたスーツを身にまとってはいるが、豪華な指輪を両手にいくつもつけている辺りから、宿の主人だと察した。
先に行っておいてくれと言われ、3人で食堂へと向かい席に着いた。
メニューを眺めていると程なくして、彼もやってきた。
何の話をしていたのかとラウダが尋ねたところ、
「一昨日は気絶したローヴを連れて帰ってきただろ? 昨日はラウダ。2日も続けて怪我人を連れ込んだもんだから、主人が不安になってたんだ。店の売り上げに支障が出るんじゃないか、ってさ。こりゃあんまり長いこといられないな」
と答え、肩をすくめた。
なんだか自分たちのせいのような気がして、ラウダとローヴは顔をしかめた。
それに気づくとノーウィンは手を横に振った。
「気にするなよ。この街に留まる理由もないんだし。美味いものでも食べながらさっさと本題に移ることにしよう」
そう言うと彼はいつもの笑顔を見せた。
適当に注文し、順番に運ばれてくる料理。
その間何から話すべきかと悩みながらも、ラウダとローヴは自分たちの状況を1つずつ話し始めた。
彼らの住む世界、リジャンナ。
その北端にあるウィダンという名の街に住んでいること。
平和な世界で、魔物や魔法という存在はおとぎ話の中の存在でしかないということ。
そして、街の北にある森。地震に巻き込まれ崖下へ落ちてしまったこと。
気がついたらこの世界にいたこと。
一通り話し終えた後、ノーウィンは隣にいるセルファに何か尋ねていた。
しかし彼女が首を横に振るのを確認すると、彼は正面に座っているラウダに
「悪いが……俺もセルファもそんな世界は知らない」
と申し訳なさそうに、しかしはっきりと告げた。
ほんの少しだけ期待していた彼らは、その言葉を聞くとがっくりとうなだれた。
ありえなかった。
だが、見たことのない町、景色、魔物。そんなものをこうも見せつけられると、不安は確信へと変わった。
ここは自分たちの世界ではない、と。
そんな様子を見て、ノーウィンが困ったような表情で口を開いた。
「よく分からないとは言っていたが、まさか別の世界から来たなんてな……信じ難い話だな」
「でも本当なんだ! ここは僕たちの知っている世界じゃない……この街も森も……全然知らないことだらけで……」
ラウダは強く、とにかく信じてもらおうと主張する。しかし彼らの表情に変化はない。
食堂は昼食を食べに来た人で混雑し、徐々に騒がしさを増していく。
そんな中で沈黙が続く。
話し始めたのはノーウィンであった。
「この世界はディターナって言って……その世界とはまるっきり反対だな。魔物も魔法も存在するし、人も土地も荒れ放題だ」
ディターナ。それはいくつもの大陸と島からなっており、多くの町や村、人が存在する異世界。
そしてリジャンナと明らかに違う点。
それは世界各地で人を襲う“魔物”。
日常生活から戦闘まであらゆるものを支えることにおいて重要な“魔法”の存在。
「生まれつき才能のある人間は成長と共にあらゆる魔法を覚えるわ。そうでない人でも、時間はかかってしまうけれど、勉学に励めば身につけることができる」
セルファがそう付け加えた。
ディターナにある学校はほとんどが魔法を教えるためのものである。それ以外の学校もあるにはあるのだが、皆学校へ行くのは魔法を習得したいがためである。
リジャンナにも学校は存在するが、あくまで知識を与えるためのものであり、通うのも将来学者を目指すような頭脳明晰な人ばかりである。
話を聞いている間、ラウダもローヴも開いた口が塞がらない。
何故こんなことになってしまったのだろうか。
話が一区切りすると、突然ローヴが隣に座っているラウダの頬をつねった。
「痛っ!」
「……やっぱり夢じゃないんだ」
彼の反応を確認すると、ローヴはそう言い、ため息をついた。
「自分で確認してよ……」
彼女を見やりそうつぶやくと、ひりひりと痛む頬をさすりながら、ラウダはノーウィンの方へ向き直った。
「残念ながら夢じゃないみたいだな」
2人のやりとりを見て苦笑するも、すぐに優しい笑みへと変わった。
「それにしても違う世界から、か。分からないことだらけで大変だろ?」
その言葉に2人は顔を見合わせた。そしてもう1度彼らの方へと向き直る。
「あの……信じてくれるんですか?」
恐る恐るローヴが聞くと、ノーウィンはにこりと笑った。
「まあな。記憶喪失でもボケてるわけでもないなら、2人の言うことは真実なんだろうと思うし。嘘をついているようにも見えないし、な」
それまで不安でたまらなかった2人は、心に小さな光が差したように明るい表情へと変わる。
右も左も分からないこの世界では、自分たちのことを信じてくれる人間のみが頼りなのだ。
「まあ、俺たちと会えてある意味運が良かったのかもしれないな」
「運が悪ければ死んでたよね……」
笑顔で言うノーウィンに、ラウダは複雑な気持ちで答えた。
彼らに会わなければ今頃ゴブリンのエサになっていたかもしれない。
「生きてるのは運が良かったのかもしれないけど、全然知らない世界に来ちゃったんだし……あんまり変わりないような気がするけどなあ」
再びローヴがため息をついた。
「確かにそうかもしれないが、生きている限りは帰れる可能性だってあるんだ。そう悲観的にならない方がいいぞ」
ノーウィンの励ましに、2人はうつむき気味だった顔を上げた。
「でも……方法とかあるのかな……2人とも僕たちの世界を知らないんでしょ?」
「確かに。でも俺たちはこの世界の全てを理解しているわけじゃない。人なんてごまんといるからな。知っている人がいるかもしれない」
ラウダの不安を打ち消すようにノーウィンは強く答えた。
「まあ、じっとしてても仕方がないさ。とにかく行動あるのみだ。俺たちもついてる。心配いらないさ」
そこまで聞いて2人はようやく、初めから彼らと行くほか道はないことに気づく。
「迷惑じゃないですか?」
ローヴが恐る恐る尋ねるのに対して、ノーウィンは一瞬きょとんとした顔をし、そして笑いながら逆に尋ねてきた。
「今更そんなこと聞いてどうするんだ?」
確かにそうだ。
すでにここまで頼りきって、行動まで共にしているというのに。
今更その質問は愚問だったようだ。
「それに、俺は特に目的があるわけじゃないし。セルファの目的はお前だし。どうだ? 元の世界に帰る方法を探すついでに世界を救ってもいいんじゃないか?」
その言葉に思わずラウダは食べていたものを吹き出しそうになり、むせた。
「無茶なこと言わないでよ」
私情のついでに世界を救う勇者など聞いたことがない。
まして、戦闘経験もなく右も左も分からない自分が世界を救えるわけがないと、ラウダは冗談半分で聞いていた、が。
「ついででも無茶でも、あなたは選ばれたのよ」
セルファの視線は紛れもなく冗談ではなかった。
旅を共にすることは決まったが、結局この昼食の間に世界を救う約束はとてもではないが、できなかった。