24‐5
仕事に戻ったシグオーン代理の船員に船内を案内してもらった後、各々自由な時間を過ごしていた。
そんな中、ラウダは1人部屋に閉じ込められることになった。
そこまでするのはどうかという意見もあったが、結局皆、ラウダ自身のためでもあるというアクティー、そしてノーウィンの強い主張に従うことになった。
今、部屋の扉の両側にはノーウィンとセルファが座っている。少しでも怪しい動きがあればすぐに止めに入るつもりだ。
「……動けなかった」
不意にセルファが口を開いた。
何のことか分からず、ノーウィンが不思議そうに彼女の方を向く。
「……黒騎士」
そう言う彼女は彼の方を向くことなく、自分の手のひらを見つめていた。
たった一言だが、ノーウィンが硬直するには十分だった。
「……そう、だな」
セルファに向けていた視線を落とす。
「武器も手にしていなかったのにあの圧倒的なオーラ……立っているのもやっとだった……」
2人の間に沈黙が訪れた。
黒騎士に対峙したのはあの一瞬だけ。しかしその時の感覚は今でもはっきりと思い出せる。
あの感覚は――恐怖だ。
「俺は本当に敵を討てるのか……?」
「…………」
セルファは何も答えない。だが、彼女も味わったはずだ。あの恐怖を。
ふと人の気配を感じて、ノーウィンは顔を上げた。
「あ……」
そこに立っていたのはローヴだった。
「話し中でしたよね。ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。何か用か?」
ノーウィンはその場から立ち上がると、暗い表情のローヴに穏やかな笑みを見せた。
ローヴはうつむいてしばし迷っていたようだが、顔を上げると、ノーウィンの目を見て言葉を発する。
「部屋に入ると、まずいですか……?」
何となく予想はついていたノーウィンは戸惑うことなく、目を閉じて考える。
武器や荷物は没収してあるとはいえ、今のラウダは何をしでかすか分からない。
何せ塔では仲間に躊躇なく剣を振るったくらいだ。
幼なじみである彼女にまで暴力を振るうとは思いたくないが――
「……俺たちはここにいる。何かあったら大声を出してくれ」
「……いいの?」
仲間内での決め事をあっさりと破るノーウィンに、セルファが眉をひそめた。
「ああ」
ノーウィンはただ一言、そう答えただけだった。
「ありがとうございます」
ローヴは礼を言うと、扉の前に立つ。
そして深呼吸をすると、ノックした。
「ラウダ、ボクだよ。入るね」
返事はない。
扉を細く開けて中の様子をうかがうと、彼はベッドに腰かけていた。
ひとまず問題がないことにほっとすると、ローヴは部屋に入る。
ぱたんと扉がしまった後の部屋は実に静かで。ローヴはとっさに言葉を切り出せなかった。
ラウダは無表情のままで、こちらを見ようともしない。
「あっ、あのね」
やっと出した声は上ずっていた。
「その、調子はどうかなーって! 元気? 大丈夫?」
「…………」
何とか笑顔でそう問うも、ラウダはやはりこちらを見ない。
「え、えーっとね……そう! 次の町ってどんなところだろうね! 着いたらさ、また一緒に」
「疲れた」
「えっ」
唐突にラウダが言葉を発したことに驚き、ローヴはびくりとなる。
「あ、そっか、疲れちゃった? でも5日間はこの船でゆっくりでき」
「ラウダを演じるのはもう疲れた」
「…………え?」
ローヴの笑顔が固まった。
ラウダは確かにはっきりと言ったのだが、何を言われたのか頭が理解できない。
「な、何を言って」
「いろんな役になりきってみたよ。そうやって無理にでも生きていればいつかきっと彼女が僕を断罪してくれる。殺すなり、煉獄へ連れていくなりしてさ。なのに……なのに彼女は何もしなかった」
淡々と語る少年に、少女は何も言えないまま立ち尽くす。
「だからもう疲れた」
「そ……」
やっとのことで出たのは震える声。
手にしていたものを両手でぎゅっと握りしめる。
「そんなこと言わないでよ! だって、だってお芝居だってあんなに楽しそうにやってたじゃない! ウィダンでも、カルカラでも!」
ラウダは何も答えない。
「勇者は!? 勇者としてこの世界を救って一緒にウィダンに帰るんでしょ!?」
やはり何も答えない。
「ボクはずっとラウダと一緒にいたんだ! ラウダの幼なじみだから知ってる! ラウダはそんなこと言う人間じゃない!」
ローヴはぎゅっと目をつむって声を荒げる。
今までの思い出がたくさんたくさんあふれ出す。
一緒に笑ったり、つまらないことを言って呆れたり。
だが、ラウダが発した言葉は実に冷たいものだった。
「僕のことを何も知らない人間に何を言われても、何も感じないよ」
ローヴが硬直した。
そんなことないと否定しようとする。
でも、声が出てこない。
そこで初めてラウダがこちらを見た。
「僕のことを何も知らないから、今も僕が何を考えてるのか分からないんだろ。怖いからそこから動こうとしないんだろ」
光なき深緑の瞳はどこまでも冷たく。
何も言えない。
ただ涙がボロボロとあふれてきて、息が苦しくなって、たまらなくなって、ローヴは部屋を飛び出した。
「ローヴ!」
後ろでノーウィンの声が聞こえたが、少女は振り返ることなく、走り去っていった。
* * *
がむしゃらに走り回ったローヴは手近な部屋に入り込むと、扉を背に、ずるずるとその場に座り込んだ。
なぜ気づかなかったのだろう。
勇者も、劇団の花形も、幼なじみでさえも。
その全てが、演技だったということに。
ラウダ・リックバートという役を演じ続けていたということに。
一番側にいたはずなのに。
一番側にいたはずなのに?
いや、違う。
彼の言う通り、本当は何一つきちんと分かっていなかった。
それは自分でも心のどこかで気づいていた。
だから彼に冷たい言葉を突きつけられた時も否定できなかった。
一番側にいたのは自分ではなかった。
握りしめていた手をゆっくりとほどく。
赤い星型のヘアピン。持ち主に返そうと思い持って行ったが、結局返せなかった。
もう必要ないのなら。
投げ捨てようと腕を上げた。
だが心のどこかで割り切れず、その腕は力なく地に落ちる。
どうすれば良かったのか。どうすれば良いのか。
ボロボロとあふれる涙を止めることもできず、ローヴは1人、薄暗い部屋でひざに顔をうずめて泣いた。
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