24‐3
アクティーが皆の集まる部屋の扉を開けると、その場は恐ろしいほど静まり返っていた。
その空気に思わず気圧されるが、ベッドで身を起こしているラウダの姿、そしてこちらを振り返ったノーウィンの困り顔を見て、静けさの理由を察する。
アクティーは何事もないように颯爽と部屋に入ると、仲間たちの顔をぐるりと見渡し、全員がそろっているかを確認した。が、1人足りない。
「ネヴィアちゃんは?」
「待たせたか?」
アクティーが問うた直後、ネヴィアが急いで部屋に入ってきた。
「町を見ていたら遅くなってしまった。すまない」
謝るネヴィアに、アクティーは大丈夫大丈夫とにこやかに笑う。
再度全員がそろったことを確認し、アクティーは父アラガンから聞いた話を皆に伝えた。
「風の精霊をまつる一族……」
一通り話を聞いて最初に口を開いたのは、珍しいことにセルファだった。
何事かを考え込んでいる様子だ。だが決して否定的なわけではない。
「俺は行ってみるべきだと思う」
あの場でティルアが何を行い、ラウダの身に何が起こったのか。それを知る必要がある。
ノーウィンがそう言うと、皆もこくりと首を縦に振り、同意を示した。
ただ1人を除いて。
相変わらず何も言わず、ぼんやりとしているラウダだが、彼は当事者である。
残念ながら初めから拒否権はない。
「決まりだな」
目的地を地図で確認すると、一週間の船旅になることが分かった。
ラウダが眠っていた3日間ですでに不足していた荷物の補充はできている。
出立を明日に決めると、各々部屋へと戻り、体を休めることになった。
この屋敷でも男女で分かれて部屋を使わせてもらっているのだが、ローヴだけはラウダの面倒を見るため、特別に男性陣の部屋で寝泊まりしていた。
しかし今のラウダの側にいてもできることはないだろう。仲間たちに促されるまま部屋を出ようとするローヴだったが、途中で足を止め、彼の方を振り返る。
微動だにしないラウダに何か声をかけたいと思うものの、今の彼女はその言葉を持ち合わせていなかった。
暗い表情で、ローヴは足早に部屋を立ち去った。
残った男性陣はそっと顔を見合わせる。
過去に何があったのか詳細は分からないが、今のラウダは何をしでかすか分からない。
また行方をくらますかもしれないし、自傷行為に走るかもしれない。
どうやら今夜は寝ずの番になりそうだ。
* * *
翌朝、それぞれ部屋で食事をとるが、どの顔もどんよりとしていた。
男性陣にいたっては食事中であるにもかかわらず、あくびが止まらない。
ちなみに食事を部屋でとっているのはアクティーがそう希望したためだ。
彼は多くを語ろうとはしなかったが、実家に戻ってきたというのに、家族に会おうとせず、使用人たちにも素っ気ない態度を取る様を見て、仲間たちは何となく彼の家庭事情を察していた。
「ラウダ、食べられる時に食べた方が良い。しばらくこんな豪勢なものは食べられないしな」
ノーウィンが微笑みを浮かべてそう言うが、彼は相変わらずぼんやりとしている。
3日間も寝ていたのだ。空腹なはずだが、結局最後までサイドテーブルに置かれた食器に手を付けようとしなかった。
ラウダの荷物はノーウィンが持つことになった。今の彼に剣を持たせるのは危険だという判断からだ。
その後皆で合流すると、ラウダも後ろからついてきた。ひとまず力づくで連れていく必要はなさそうだ。
とはいえ、唐突にどこかへ行かれても困るので、ラウダの側には常にノーウィンとイブネスが付き添うこととなった。
本来なら自分も隣にいるべきだと思う反面、相変わらずかけるべき言葉が見つからず、ローヴは彼から距離を取って暗い表情で歩き出す。
屋敷を後にしようと一行が門扉に向かうと、そこには家政婦長が立っていた。
先頭を歩いていたアクティーは渋い顔をするが、彼女はそれを気にすることなく一礼する。
「坊ちゃん。皆様。どうぞお気を付けていってらっしゃいませ」
父に何も告げず屋敷を去ろうとすることを咎めるのだろうと思っていたが、意外なことに彼女はそれについては何も言わなかった。
ただ一言だけ。
「ここはあなたの家。それをお忘れなきよう」
「…………」
アクティーは何も言わないまま、門扉を開けてその場を後にする。
その様子に思わず仲間たちは顔を見合わせたが、さっさと行ってしまった彼を追うため、家政婦長に軽く会釈すると、足早に立ち去って行った。
その背が見えなくなるまで、彼女は一人見送り続けた。
* * *
「アクティーさん! 待って、待ってください!」
背後からかけられたローヴの声に、早足で歩いていたアクティーが町の出入り口でようやく足を止める。
くるりと振り返ると、ちょうど仲間たちが駆け足でやってきているところだった。
「あの、良かったんですか?」
「ん? 何がだい?」
困った顔でオルディナが問うが、アクティーはすっとぼけた様子で答えた。
「お父様に何か一言でも声をかけるべきだったんじゃないでしょうか……」
「いーのいーの。どうせ向こうもそういうの煩わしいだろうし」
アクティーは手をひらひらさせると、さっさと話題を変える。
「それよか、次の目的地はここから南にある港だ。距離はそんなにないし、さっさと行って船に乗ろうぜ」
皆が複雑な顔をする中、ガレシアだけがじっとアクティーを見つめていた。