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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第23話 勇者の消失
130/196

23‐4

「興覚めね……もういいわ」


 そう言うとばっと左手を上げた。


「飛び出せ! トイズボックス!」


 彼女の叫びに呼応し、辺りの空間が歪む。

 そこから次々に飛び出してくるのは、木彫りの兵隊に、ふわふわな毛を持つライオンのぬいぐるみ、シンバルを手にしたサル――どれもおもちゃばかりだ。

 だがいずれもまるで本物のように自在に動き回り、一行の行く手を阻む。


「邪魔よ!」


 突進するセルファが、目の前の薄っぺらい人形を素早く斬りつける。

 しかしひらりひらりとステップを踏むような動きでかわされてしまった。


 縫い付けられた笑顔がこれまた腹立たしく、セルファは怒りのまま自慢の素早さで次々と剣技を放つが、そのどれもがあっさりとかわされてしまう。


 さらに攻撃を放とうとしたとき、それまでひらひらとかわすだけだった人形が目にも止まらぬ高速の蹴りをお見舞いしてきた。


 いつもなら冷静にかわせるはずの攻撃だったが、激昂していた彼女はとっさの判断ができず、それを思い切り腹に受けてしまう。


「かはっ」


 そしてそのまま壁まで吹き飛び、たたきつけられた。


「セルファさん!」


 その瞬間を目撃したオルディナが悲痛な声で名を叫ぶが、彼女はがくりとうなだれたまま動かない。


 治療するには遠すぎる。


 慌ててそちらへ駆けて行こうとするオルディナの前にどしんと降ってきたのは、丸く大きな猫のぬいぐるみ。

 猫は一声鳴くと、顔を洗い出した。


 その愛らしい仕草にオルディナが目を瞬かせていると、何の前触れもなくその手をぶんと横に払った。

 ぎらりと輝く爪。とっさのことに彼女は固く目を閉じることしかできない。


 ザシュッ


 嫌な音がした。

 何かが引き裂かれたような音。


 だが何の痛みも感じず、オルディナは恐る恐る目を開き――目の前の光景に絶句した。


 猫の爪がイブネスの体を貫通している。

 どくどくと血が流れ、足元に血だまりができるのはすぐだった。


 悲鳴を上げようとするが、声が出ない。代わりに空気が漏れ出る。

 そして杖を取り落とし、その場にへたり込んでしまった。


 だが、イブネスの方はそんな状態になってもそのままやられる気はなかったようだ。


 震える右手で力強く猫の布地をつかむと、青い輝きが放たれる。

 輝きはピシピシと音を立て、相手を凍らせていく。あっという間に猫は氷の塊と化した。


 同時に自身の傷口も凍りつかせたイブネスは、猫の爪だったものをばきりと折り、そのまま血だまりの中に倒れ込んだ。

 そしてぴくりとも動かなくなる。


 これは悪い夢だ。


 そう思い込もうとするオルディナの傍らにガレシアが駆け寄ってきた。


「オルディナ、オルディナ!」


 しかし彼女は倒れたイブネスを見つめたまま動かない。


「アンタが回復しないでどうするんだい!」


 やはり動かない。

 そんな少女の頬を、ガレシアがはたいた。


「……あ」

「しっかりしな! イブネスを助けられるのはアンタだけだよ!」


 ふるふると小動物のように震えて動けないオルディナを、ガレシアが引きずるようにしてイブネスの側まで連れていく。

 変わらず震える少女の細い肩に、そっと手を置く。


「大丈夫、いつも通りやりゃ問題ないよ」


 優しくそう言われると、ようやくオルディナは杖を握りしめ、詠唱を始めた。


 *     *     *


 後方で何度目かの発砲音が響く。


 手にした二丁の拳銃から次々と火炎弾を放っていくネヴィアにはまるで疲れというものが見えない。


 だが、対するシンバル持ちのサルもまた疲れというものが見えず、笑顔のまま、無数に放たれる弾を虫でもたたき落とすかのように、次々とシンバルではさんで落としていく。


 彼女の本来の狙いはサルではなく、その傍らで襲いかかってくる木彫りの兵隊。


 兵隊と戦うアクティーをフォローしようとするのだが、その弾丸を次々とサルが邪魔をして届かないというわけだ。


 鋭い風をまとう剣を振るうアクティー。その力をもってすれば木などあっさり斬れてしまう――にもかかわらず、木彫りの兵隊が無事なのは、相手が手にした細剣でするりと受け流してしまうためだった。

 魔法で攻撃しようにも、そうすると今度は素早い連撃で邪魔をしてくる。


 実に厄介で嫌らしい敵だ。


 何度目か分からない舌打ちをし、アクティーは一度敵との距離を取った。

 ずれたメガネの位置を正すと、改めて対峙している相手を見やる。


 敵の動きにはある特徴があった。

 どの動作も、行う直前に必ずぴしっと直立するのだ。


 その隙を突くことができれば勝機に繋がるつながる、というところまでは分かっているのだが、直立するのは本当に一瞬のこと。

 反撃のタイミングを間違えれば、敵の刺突でたちまち体中穴だらけにされてしまうだろう。


「さて、どうしたもんかね」


 思案していたアクティーは、不意に手にしている剣をまっすぐ敵に向けた。


 瞳を閉じ、剣に意識を向けると、宿っていた風がふっと消える。

 直後、剣がバチッと音を立てた。


 マナの収束を感知した兵隊がこちらを向く。

 相手が魔法を放つと判断したのだろう。攻撃態勢に移ろうと直立し――その右腕が吹き飛んだ。


 剣を手にした右腕はメラメラと燃え上がりながら宙を舞う。

 それが地に着いたときにはすでに兵隊はバラバラになって崩れ落ちていた。


 兵隊だったものの背後には、バチバチと音を立てる剣を手にしたアクティーが立っている。

 そのあまりの速さに見ていた者には何が起きたか分からなかっただろう。


 兵隊直立の瞬間、彼が剣から放ったのは一筋の雷。

 それが兵隊の関節、剣を振るう際の駆動部分を破壊したのだ。


 あとはそのまま一直線に駆け込み切り刻むだけ。


 動かなくなった敵を一瞥して、ラウダの元へと駆け出そうとした瞬間、アクティーの頭上で派手に爆発が起こる。


 ぼとぼとと落ちてくるのは大量の綿。

 背後に人が近づいてくる気配を感じたアクティーが振り返ると、そこにはネヴィアがいた。


「高温のシンバルに強力な氷弾をたたきこませてもらった」


 驚くアクティーにネヴィアはなんてことはないとでも言いたげにさらりと説明してみせた。


「高温の鉄に氷、ね……」


 どうやらただがむしゃらに弾を撃ち込んでいたわけではなかったようだ。

 ネヴィアの洞察力の鋭さに脱帽しつつ、今度こそラウダの元へ駆け出そうとする。


 だが、その前に3体の木彫りの兵隊とシンバル持ちのサルが立ちふさがった。


「おいおい……」

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