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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第4話 盲従の勇者
13/196

4‐1

 妖精が走っている。

 軽やかに、跳ねるように、優しく微笑みながら。

 ふわりとウェーブのかかった桃色の髪を思いっきり風になびかせ。

 そしてくるりとこちらに振り返り、手を差し伸べる。

 その細く白い手に自分の手を伸ばす。

 けれども、その手は空をつかんだだけだった。

 夢の中でさえ、自分の思う通りになってはくれなかった。


 *     *     *


 誰かに呼ばれたような気がして、ラウダは目を覚ました。

 天井は相変わらず自分の家の物ではない。


「ラウダ……! 良かった、気がついたんだね!」


 声のほうを見ると、ローヴが嬉しそうな表情でこちらを見ていた。

 その目は潤んでいる。


「大丈夫か? どこか痛いところとか」


 そう言ってのぞき込んできたのはノーウィンだった。

 ゆっくりと体を起こし、試しに手足を動かしてみる。異常はない。


「大丈夫みたい」

「そうか……良かった」


 そう言ってノーウィンは明るく笑った。

 その表情を見ると、自然と安心するのと同時に、本当にあの時戦っていた人と同じ人間なのかと疑いたくなる。

 視点を変えると、窓から外を眺めているセルファの姿を見つけた。彼女も無事だったようだ。

 ほっとため息をつき、そこであることに疑問を持つ。


「僕、どうして倒れてたんだっけ……」


 その言葉を聞いた瞬間、ノーウィンとローヴが困ったように顔を見合わせた。


「覚えてない?」


 ローヴに尋ねられ、ラウダはよく思い出してみようと、目をつむった。


「……ゴブリン退治に行って、遺跡の中で戦ってたんだよね。でも強いやつらが現れて、みんな危なかったんだ。それで」


 そこまで言いかけてふと思い出し、目を開く。


「……声が聞こえたんだ」

「声?」


 ローヴが顔をしかめて尋ねると、ラウダは首を縦に振った。


「知らないような、知ってるような声。でも、あれは……僕の心の声だったのかも……」


 そんな曖昧なことをつぶやいていると、セルファがこちらへと歩み寄ってきた。


「その声はなんて言っていたの?」


 それまでとは違い、はっきりとラウダに向かって質問をしてきた。

 そのことに驚きつつも、質問に答えようと、何と言っていたのか思い出す。


「強く想え。その想いを手に乗せろ……ってそんな感じのことを」


 言っていた、と言う前に、セルファはさらにラウダの座っているベッドの方へと近づいてくる。

 そして何の前触れもなく、彼の右手をつかんだ。


「え、え?」


 なんだかよく分からない彼はされるがままになっている。

 その光景に疑問を持ったノーウィンとローヴも、再度顔を見合わせながら、ただただ彼女の行動を見つめていた。

 すると突然、ラウダの右手をつかんだ彼女の左手が、黄色く輝き始めた。

 さらに驚くべきことにラウダの右手もそれに呼応するかのように白銀の光を放ち始めた。


「な、何がどういう」

「あなた……やっぱり……!」


 戸惑うラウダをよそに、セルファの方は興奮の色を隠し切れずにいた。

 表情こそ変わらないものの、その瞳は嬉々として輝いていた。


「まさかセルファ……ラウダがお前の……」

「そう、ずっと捜していた人」


 ノーウィンの言葉にセルファは力強くうなずき、ラウダの手のひらと顔とを交互にまじまじと見つめていた。

 一方のラウダには何がなんだか分からず、すっかり混乱していた。

 もちろんローヴも、止めることはおろか、そんな光景を見ていることしかできない。

 やがて彼女はそっと彼の手を離した。

 しかしその目は未だにラウダを見つめたまま、離さない。


 そしておもむろに口を開いた。


「あなたは私の捜していた人。世界が崩壊の危機を迎える時、現れる勇者」


 しばらくの沈黙。

 ラウダはぽかんとしてただただ彼女を見つめていた。


 なんだって?


 彼女の言葉。まるでおとぎ話である。

 世界の危機に勇者が現れて大魔王を倒し平和を取り戻す。不意に昔やった芝居にそんな話があったのが思い出された。


「……冗談?」


 ラウダの口から出てきた第一声がこれ。

 しかし彼女は首を横に振った。


「ちょ、ちょっと待ってよ。どうして僕なの? そんなおとぎ話みたいな」

「勇者は、手のひらに太陽の証を持って現れる」


 その一言が彼の言葉を制した。

 さらに彼が何かを尋ねる前に静かに語り始める。


「この世界は今大変な危機にさらされているわ。魔物が人を襲い、そのうえ人が人を襲っている。でもそれはまだ予兆に過ぎない。その裏で強大な存在が世界を滅ぼそうとしている。それを止めるためには、その存在と対等に戦える……人々を希望へと導く、選ばれし者が向かうしかないの」


 やはりおとぎ話だ。

 そんな話を聞いて、はいそうですかと信じられるものではない。

 しかし彼女の目は真剣そのもの。口調も今までにないほどにはっきりとしているうえ、寡黙だったのが嘘のようにぺらぺらと話している。

 もしかしたらどこかおかしいのかもしれないとも思えるほどに。


「太陽の証はこの世界を守る太陽神ソルが、世界が危機を迎えた際に人の子へ与える力。選ばれし者にしか手にすることができない特別な力。神があなたを、世界を救う者として選んだのよ」


 そのうえ神様まで出てくると、何か宗教絡みなのではないかとも疑ってしまう。

 だがその手は確かに、しっかりと光り輝いている。

 彼女の言葉が嘘ではないと証明するかのように。


「それ……知ってるかも……」


 唐突にローヴが小声で言った。

 視線が彼女の方へと集まる。

 それに戸惑いながらも、恐る恐る話し出した。


「太陽神は人の世界に関与できない。だから自分の代理人として、自分の力を、1人の人間へと分け与える。その人間は、他の人間から勇者として崇められ、そして太陽神と同じ名……すなわちソルと呼ばれ、世界を救うため、世界を巡る」

「ずいぶん詳しいな」


 ローヴの口からすらすらと出てきた話に、ノーウィンが驚く。


「あ、えっと、これは昔教会で教わったんです」


 どこか気恥ずかしそうにローヴが返した。

 しかしラウダは小さくため息をついた。

 まさかローヴまでそんなことを言い出すとは、と。


「私は大地の加護を受けし“地竜の証”の所有者にして、太陽の証を持つ者を護り、導くことを使命とする一族の末裔なの」


 そう言う彼女の蒼い瞳はしっかりとラウダを捕らえていた。

 はっとなったようにローヴが口を開く。


「太陽神と同等の存在であり、相反する存在でもある月女神ルナ……ソルが選出されたとき、同時に選び出される人間のことを、ルナと呼ぶ……」


 セルファが力強くうなずく。


「そうよ。太陽神ソルの力を得たものを、正しき道へと導くために、月女神ルナもまた自分の力を人の子へ渡す。それが私であり――」


 じっと見つめたまま、一呼吸置く。


「だからずっと捜していた……あなたを」


 沈黙。


 ラウダは何と言うべきなのか、対するセルファはただひたすら彼の言葉を待っていた。

 しかし口を開いたのはどちらでもなかった。


「……とりあえず、お互いの状況を把握しておくべきだと思うんだけど」


 意見したのはローヴであった。

 再度3人の視線がそちらに向く。


「ボクたちはこの世界のことがよく分からない。どちらにしたって2人にもボクたちの状況を知っておいてもらうべきじゃないかな……どう?」


 そう提案して、彼女はラウダの方を見た。

 今更なのかもしれないが、確かに彼らは互いのことをよく知らない。

 しかもラウダたちにとっては、ここは未知の領域なのだ。


「そうだね……その……返事はその後でもいい?」


 彼女の意図を理解したラウダはそう答え、セルファに尋ねた。

 とはいえ正直なところ、返事などしたくなかった。


 勇者になりますか? という質問に、

 はい

 いいえ

 の選択肢で答えるならまだしも、この状況だと選択肢は、

 はい

 なる

 しかない。


 一方のセルファは悩んだ表情であった。しかし、


「セルファ。お前の気持ちは分かる。でも知り合って間もないのにいきなりそんなことを聞いても、相手も困るだけだろ? ここは一旦話し合うべきだと思わないか?」


 ノーウィンがそう諭すと、納得は行かなかったようだが、首を縦に振った。


「まあ、あれだな。こんなところで難しく話すより、昼食でもとりながら話し合う方がリラックスできるだろ」


 彼の提案には全員同意した。

 しかしそこでふとラウダはあることに気づいた。


「昼食?」


 その様子にローヴがくすくすと笑いながら話す。


「そうだよ。魔物退治から帰ったのは昨日の夕方。ラウダはその間ずっと寝てたんだよ」


 思わずぎょっとなる。まさか自分がそんなに長い間眠っていたとは思いもしなかったのだ。しかも今が昼だというあまり感覚もない。


「ホント、昔っからお寝坊さんなんだから」


 ラウダは赤面すると下を向いた。

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