23‐2
「この子はね、ヘジーっていうの。それからこっちはベンター。それと……」
祭壇に腰かけた桃色の髪の少女が自分の周りにたくさんの人形やぬいぐるみを並べている。
そしてそれらを紹介している相手は――
「ラウダ!」
彼の姿を確認するなりローヴがだっと駆け出す。
しかし唐突にその腕をつかまれ、後ろにぐいと引っ張られた。
ローヴが驚く間もなく、上から巨大な3本の槍が降ってくる。
腕をつかんだノーウィンは槍に気づいたわけではなく、躊躇なく飛び出していったローヴを引き戻すつもりだったのだが、どうやらその行動は正解だったらしい。
一方、幼なじみが危険な目に遭っているというのに、ラウダは見向きもしなかった。
今まで見たこともない穏やかな微笑みで、少女の話に耳を傾けているのだ。
不意に少女が立ち上がった。
「ラウダ、お客様が来たよ」
そこでようやく彼は仲間たちを見た。
それはとてもとても冷たい目。
興味がない。邪魔。目障り。そういった冷たい感情が伝わってくるようで、ローヴは戸惑いを隠せない。
「そんな顔しないで。せっかくのショーだもの。ギャラリーがいた方が盛り上がるでしょう?」
優しく微笑む彼女から悪意や敵意は感じられない。
一行は彼女の真意を測りかねていた。
「ローヴ、あの子はやっぱり……」
ノーウィンが問うと、ローヴはぽつりとその名をつぶやいた。
「ティルア……」
名前を呼ばれた少女はうふふと笑った。
7年前、最期に見たのと変わらぬ姿でそこに立つティルア。
ローヴは彼女に不気味さを感じていた。
あんなにも優しく穏やかそうな雰囲気をまとっていた彼女。今も同じように微笑んでいるはずなのに、どこか、怖い。
「あなたの目的は分からないけれど、私たちには彼が必要なのよ。返してもらうわ」
セルファがそう言うと、ティルアは困ったような顔をする。
「どうしよう、あの人あんなこと言ってるよ?」
「…………」
ラウダは何も答えない。
しかし、ティルアはうんうんと大きくうなずいた。
「そうだよね。勇者なんてやりたくてやってるわけじゃないもの」
ティルアはぎゅっとラウダを抱きしめる。
「大丈夫。私ならラウダの願いを叶えてあげられる。“本当の”ラウダの、“本当の”願い」
「本当の、ラウダ……?」
「あら? 今まで一緒にいたのにラウダのことなんにも分かってないのね。可哀想なラウダ」
「何を、言ってるの……?」
先ほどからティルアが何を言っているのかまるで分からない。
戸惑うローヴだが、そんなことはよそにティルアは1人おしゃべりを続ける。
「嫌なことはぜーんぶやめちゃおう? それでラウダの願いだけ叶え続けるの。そう、ラウダはこれからずーっとずーっと――」
ティルアの表情が、歪んだ。
「煉獄の炎で焼かれ続けるの」
背筋が、その場が、急激に冷える。
それまでどこに隠していたのか。圧倒的なオーラに皆が押し潰されそうになる。
「ラウ、ダ……逃げ……」
このままではラウダが殺されてしまう。
ローヴが何とか声を絞り出すが、ラウダはその場に座り込んだまま動かない。
「うおおおおおおお!!!」
アクティーが雄叫びを上げ、風雲の証の力でその場の空気を吹き飛ばす。
それに合わせて、だっとイブネスが駆け出した。
狙いはもちろん化けの皮がはがれたティルアだ。
しかし――
キィン
剣と剣が激しくぶつかる音が辺りに響く。
その光景に、全員が目を丸くする。
イブネスの剣を食い止めたのは、ラウダだった。
その手には赤黒く輝く剣が握られている。
「何を……!」
「邪魔を……」
ラウダはそのままイブネスの剣を弾くと、何の迷いもなく、振り下ろした。
「するなあああああああああ!!!」
寸でのところでそれをかわし、後ろに飛びのいたイブネス。
一歩でも反応が遅れていたら間違いなく斬りつけられていただろう。
ゆらりとラウダが体勢を立て直した。そして再び剣を構える。
「うふふ、素敵な玩具でしょう?」
ティルアが両手を合わせ、にっこりと笑う。
彼女が授けたらしいその剣は、黒く揺らめく炎のようなオーラをまとっていた。
ラウダが駆け出す。その冷たい瞳はしっかりとイブネスを捕らえている。
「くっ」
ラウダから幾度も激しく繰り出される剣技をイブネスはただただ剣で防ぐ。
だがその剣はいつもより一撃一撃に重みがあり、少しでも隙を見せれば――
そう思った矢先、右下からの斬り上げでイブネスの構えが大きく崩された。
無防備になった正面に、少年はためらうことなく剣を振り下ろす。
ギィン
再び剣と剣がぶつかる激しい音が響く。
尻もちをついたイブネスを助けたのは、間一髪割り込んだアクティーだ。
だが相手が代わろうとお構いなし。ラウダは両手で握った剣を力任せに押し通そうとする。
「アクティーが、押されてる……!?」
ガレシアが驚く横でネヴィアが両手に構えた銃の照準をいずこかにあてる。
「待てネヴィア! まさかラウダを撃つつもりか!?」
慌てて制するノーウィンに、ネヴィアは返事の代わりに小さく首を横に振り、発砲した。
射出された炎と雷の弾丸が目指す先はラウダの背後――ティルアだ。
それに気づいたラウダの視線がそれ、一瞬力が弱まる。
その隙をついてアクティーがラウダの剣を弾いた。
「いい加減にしろよ!」
そして正面が無防備になったラウダに、思い切りタックルを食らわせる。
軽く吹き飛ばされ、そのまま倒れそうになるのをこらえると、ラウダはばっと後ろを振り返った。
「ティルア!」
しかし彼の心配をよそに、少女はどこ吹く風で相変わらず同じ場所に立っていた。
いつの間にか、その横に巨大化したクマのぬいぐるみを侍らせて。
クマがぶんと振るった腕で、魔弾はふっと消え失せてしまう。
驚く一行に対してティルアは、先ほどまでとはまるで別人のような、氷のように冷たい視線を向けた。