22‐5
出立予定の朝になってもラウダは宿に戻らなかった。
一行は軽く朝食を済ませると、宿を後にし、森へと向かっていた。
「……本当に森から移動していないのね?」
大あくびをするアクティーを、セルファは鋭い目つきでにらみつけた。
本来ならここで文句を言われそうなところだが、彼が徹夜でラウダの帰りを待っていたのは皆が知っている。
「間違いねえよ。ちゃあんと風が……ふわああ……」
セルファはため息をつくと、それ以上追及しなかった。
その中をローヴは暗い表情で歩いている。
どうやら心配であまり眠れなかったらしい。早朝に起きてきて、ラウダが戻っていないことを聞くと、それからずっと同じ調子だった。
それを心配するノーウィンはラウダの剣と荷物を持っていた。
「荷物を置いて遠くまで行くとは思えない。そんなに心配する必要はないさ」
気休めにしかならないことは分かっていたが、そうでもして声をかけないと、そのまま塞ぎ込んでしまうのではないかと思ったのだ。
森に入ってすぐ、アクティーがその場に立ち止まった。
「どうした?」
同じようにその場に立ち止まったノーウィンが声をかけるが、彼は目を閉じただけ。
どうやら周囲の気配を探っているようだが――
「……読めねえ」
たった一言だけそう発すると、アクティーはキッと森の奥をにらみつけた。
皆がその言葉の意味を理解できずにいると、アクティーは左手を前に突き出し、証を発動させようとする。
すぐさま緑色の輝きが放たれる。だが、それはすぐに収まってしまった。
「風の流れが……いやそもそも証が使えねえ」
すぐさまセルファがその場にかがみ込み、地に手を当てる。
「何も感じられない……?」
イブネスも結果は同じようで、彼の手のひらが輝くことはなかった。
皆が嫌な予感を感じ始める。
ラウダはずっと森の中にいると思っていた。しかし、森の中では何故か証の力が使えなかった。
これが意味するところは――
だっとローヴが駆け出した。続けて他の仲間たちも駆け出す。
辺りをきょろきょろとしながら皆で少年の名前を呼ぶが、返事はない。
やがて、開けた空間に出た。
草一つ生えていない砂地の広場。
この場所にはとても似つかわしくない1人の人物が立っていた。
その姿を認めると、一行はその場に立ち止まる。
いや、立ち止まるというより、硬直したという方が正しいだろうか。
黒い仮面。黒い鎧を身にまとったその人物は――
「黒騎士……」
ノーウィンの心臓がバクバクと鳴り響く。
今、彼は、義父の敵を目の前にしていた。
武器を手に取ろうとするが、緊張で体が強張っている。
そもそもここで武器を取ったとしても勝てるのだろうか。
呼吸が荒くなる。
だが、相手はそんなことなど気にも留めていないようだ。
不意に、先頭に立つローヴに向けて勢いよく何かを投げ放った。
手のひらにすっぽりと収まるくらいの小さなそれを、ローヴは何とか受け取ると、そっと手を開いた。
「……え」
赤い星形のヘアピン。
昔ローヴがラウダに上げたもので、いつも彼が身に着けていたものだ。
「……断罪の時は来た」
「何?」
ノーウィンが問うも、相手はそれに構わず、話を続ける。
「我らの計画は順調だ。勇者消失の時は近い」
黒騎士はそう言うと、さっと身をひるがえした。
「待っ」
「あれは壊すことを喜びとする狂気の人形。粉々にされたくなければ北西の塔へ向かえ」
ローヴが止めようとするのも聞かず、黒騎士はそれだけ言い残すと、闇に溶けるように揺らめいて消えた。
辺りが静まり返る。
「あれが……黒騎士……」
ガレシアがつぶやくようにそう言うのとほぼ同時に、ローヴがへなへなとその場に崩れ落ちた。
ノーウィンは呼吸を整えると、敵の姿を脳裏に焼き付けるように、ぎゅっと目を閉じる。
「風が、戻ってきた」
アクティーはそう言うと、左手の証を輝かせてみせた。
圧倒的なオーラ、規格外の存在に一行は何も言えず、しばらくそのまま動けなかった。
「ラウダ……」
手のひらに乗せたヘアピンに目を落とし、ローヴが幼なじみの名前をつぶやいた。
* * *
少女の手を取ったラウダはいつの間にか見知らぬ塔の前に立っていた。
ここがどこなのか、それを確かめるよりも先に、ラウダは両開きの扉を開いていた。
あの少女が塔の中で待っている気がして。
確かな足取りで階段を上っていく。
長い長い階段を上り切り、目の前の扉を押し開けると外に出た。
意外と高くまで上ってきたようだ。強風が髪をコートを乱す。
そこからさらに続く廊下を歩くと、またしても扉があった。
それを何とも思わぬまま開け、中に入る。
重々しい音を立てて勝手に扉が閉まった。
だだっ広い広間に、ぐるりと白い石造りの壁に囲まれた場所。
壁の上部に穴が開いており、一応陽の光は差すが、ひやりと冷たい空気が漂っている。
見たことのある景色だった。
「ラウダ」
不意に名前を呼ばれ、最奥を見ると、祭壇のような場所に彼女は立っていた。
心臓がバクバクと鳴り響く。一歩、また一歩と歩み寄る。
ようやく。そう、ようやくこの時が来たのだ。
あの時と変わらぬ彼女の側にたどり着いたラウダは、少女の名を呼ぶ。
「ティルア」
ティルアはにこりと笑うと、そっと頬に触れてきた。
「ねえ、ラウダ」
その白い両の手は、僕の汚れた手なんかとは違って、どこまでもどこまでも白く透き通っていた。
その容姿。その表情。
やっぱり彼女は天使なんだ。
そう、この手にある証なんて、勇者だなんて、そんな嘘とは違う。
僕とは違う。
彼女は本物。
優しい笑みを浮かべた彼女は、そっとささやくように、告げた。
「死んで」
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