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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第22話 ブレイクタイム
124/196

22‐3

 翌日、ラウダが目を覚ますと部屋には誰もいなかった。


 時計を見るとちょうど昼の12時。

 珍しく誰も起こしに来なかったんだなと思いつつ、大きな伸びをする。


 顔を洗ってから身支度を整えた後に宿を出ると、すぐそばにノーウィンが腰かけていた。

 首にかけたタオルで顔の汗を拭っている。


「おはよう」

「おはよう。もう昼だけどな」


 ラウダが挨拶をすると、ノーウィンは楽し気に笑った。

 そんな彼はどうやら薪割りをしていたようだ。側に斧と大量の薪が置かれている。


「ああ、宿の婆さんの手伝いをしていたんだ」

「これも傭兵の仕事?」

「いいや、ただの暇潰しさ」


 ふーんと言いつつ、何気なく視線を移し――ラウダは思わず硬直した。


 視線のずっと先に、桃色の髪で白いワンピースの少女が立っていた。


「そうだ、良ければラウダも」

「ご、ごめん! 僕ちょっと」


 ノーウィンに話しかけられたが、それを適当にあしらうと、ラウダは慌てて駆け出した。

 その背をノーウィンは不思議そうに見送った。


 *     *     *


 少女がいたであろう場所にたどり着くも、誰もいない。

 気のせいか。もしかしたらこの村の子かもしれない。


「そうだよね、そんなわけ――」


 もと来た道を戻ろうと顔を上げ――再びぎょっとなる。

 別の場所を例の少女が歩いているのだ。


 何かを考えるよりも先に、ラウダは駆け出していた。


 *     *     *


「今日はあっちーな……」

「……ああ」


 快晴の下、アクティーとイブネスが木陰でくつろいでいた。

 暇らしい。


「いやお前、どう考えてもそのマントのせいだろ。脱げば?」

「…………」


 アクティーがそう提案するも、イブネスからの返事はなし。

 どうやら脱ぐのは嫌らしい。


 対するアクティーは、コートを脱いでシャツの袖をまくっており、どこからどう見ても協会の人間には見えない。


「あーじゃあさ。お前の証の力で涼しくってのはできねえの?」

「……できる。が、やりたくない」


 今度はきっぱりとそう答えた。


「……そもそも涼しくするのなら、お前にもできるはずだが」

「めんどいからやんねえ」

「…………」


 今度はイブネスが提案してみるが、あっさりと返され、黙り込むしかなかった。


「ん? 待てよ。俺とお前の力を合わせりゃ、吹雪を起こすこともできるわけか」


 ふとアクティーがそう思いつくが、イブネスはあまり乗り気ではないようだ。


「……需要は?」

「ねえな。今のところ」

「…………」


 適当な物言いに呆れたのか、イブネスはやはり黙り込むしかなかった。

 そんな彼がふと何かに気づいた。


「あれは……」


 続けてアクティーもそちらを見やる。


「ラウダ? あいつ何してんだ?」


 視線の先には何やら必死に駆けていくラウダの姿。

 こちらに気づく様子もなく、さっさと行ってしまった。


「……追うか?」

「いや……」


 どことなく尋常ではない様子に、イブネスがアクティーに声をかけるが、彼は首を横に振った。


「少し様子を見てみるか」


 そう言うと意識を集中し、村周辺の様子を伺い始めた。


 *     *     *


 別の木陰ではネヴィアが魔銃の手入れをしていた。

 ばらばらに解体された銃を興味深そうに見るのはガレシアだ。


「こうして見ると、普通の銃と変わりないみたいだけどねえ」

「ああ、作り自体はほとんど大差ない。ただこれにはミスリルが使われていてな」


 ミスリルという言葉にガレシアが驚きの声を上げる。


「ミスリルってあの希少鉱物のミスリルかい!? ということはこの銃、かなり貴重なものじゃないか!」

「そうなるな」


 対するネヴィアは相変わらず無表情のまませっせと手入れを続ける。


「ミスリルは魔法の伝導率を上げる重要なパーツとして組み込まれている。これがあるからこそ、私のマナを素早く装填、魔弾として発射することができるわけだ」

「はー、なるほどねえ。使ってみたいとは思うけど、魔法が苦手なアタシじゃ無理だねえ」


 そこでガレシアは銃から視線を外した。


「ところで」


 そして隣にちょこんと座り込み、同じように作業を見つめるセルファを見やった。


「アンタも興味あるのかい?」

「……ないわ。暇なだけ」

「あはは、そうだろうねえ」


 はっきりと返答されたガレシアはそれを笑う。

 自分も興味があるのは本当だが、恐らく暇でなければこんなことに付き合ってはいなかっただろう。


 手入れの続きを見ようと、ガレシアが視線をそらした瞬間、セルファがすっくと立ちあがった。

 何事かと彼女の顔を見ると、真顔でじっと一点を見つめている。


 視線をたどると、そこには必死にあぜ道を駆けるラウダの姿。


「走り込みでもしてるのかねえ?」

「…………」


 首を傾げてそう問うたが、セルファは無言のままそれを見つめているだけだった。


 *     *     *


 村外れで鼻歌交じりに草を摘んでいるのはオルディナだ。

 その隣では同じようにかがみ込んでそれを見ているローヴがいる。


「これはアゼクロスミス。こっちはデンカクガです」


 言いながらオルディナは慣れた手つきで手にした袋に草を入れていく。

 どれも似たような雑草にしか見えないローヴはただただ感嘆の声を上げるばかり。


「えーっと、じゃあこれは?」

「あ! それはギュウクソウです! 牛さんのフンがあるところに生息する草なんですよ」

「え、そ、そうなんだ……」


 “牛のフンがあるところに生息する草”をにこやかに摘む彼女の姿に、ローヴは少々退く。


 オルディナが「薬を作るための草集めをしに行く」というので、ローヴも興味本位でついてきたのだが、どう見ても薬草には見えないものばかり。


「これで本当に薬ができるの?」


 半信半疑のローヴがそう問うと、彼女はにこやかに笑み、こくこくとうなずいた。


「もちろん草だけじゃダメです。薬剤と混ぜ合わせたり、加熱、蒸留して濃縮したものをさらに他のものと――」

「あ、えっと! それは実際に見てからのお楽しみにしたいな!」

「あ、それもそうですね」


 説明が長くなりそうな気がしたローヴが適当な言い訳をすると、オルディナは説明するのを止めた。


「あら?」


 不意にオルディナが立ち上がる。

 彼女が見つめる先にラウダがいることを確認したローヴもまた立ち上がった。


「ラウダだ。どうしたんだろ」


 何やらキョロキョロとあちこちを見回している彼の行動を訝しんでいると、こちらに気づいたようだ。慌てた様子で駆け寄ってきた。


「ローヴ!」

「ラウダ? 何して」


 ローヴが全て言い終わるよりも先に、彼はその両肩をつかむ。


「桃色の髪の女の子を見なかった!? 白いワンピースの!」


 その言葉で、それまで怪訝な顔をしていたローヴが硬直した。


「なに、言って」


 しかしそんな様子はお構いなし。

 ラウダはローヴの肩を激しく揺する。


「この辺りにいるはずなんだ! 見なかった!?」

「……見て、ない」


 ローヴが何とかそれだけ答えると、ラウダはその肩を解放し、再び駆けて行った。

 オルディナが不思議そうに首を傾げる。


「桃色の髪の女の子……この辺りの子でしょうか?」


 そう言ってローヴの方を見やる。


「ローヴさん?」


 名前を呼ばれた少女は、顔面蒼白になっていた。


 *     *     *


 少女の姿を追っているうち、ラウダはいつの間にか森に入り込んでいた。


 どこかから甘い香りが漂ってくる。

 少女の姿は見えないが、この香りをたどれば彼女に会える気がする。

 根拠のない考えだったが、香りに導かれるように、さらに歩き出した。


 黙々と歩き続けていると、広い空間に出る。

 そこには一面の花畑が広がっていた。

 赤、白、黄。数えきれないほどの花が咲き誇り、ここだけまるで別世界のようだ。


 そしてその真ん中には少女がいた。


 明るい桃色に染まった、軽くカールした長い髪。サファイアのようにどこまでも青くきらめく瞳。ふわりと風に揺れる真っ白なワンピース。


 少女がこちらに手を差し伸べた。

 白く透き通った肌が陽光を受け、輝いて見える。


 優しい笑顔。


 迷わずラウダはその手を取った。

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