22‐2
雲一つない夜空に大きな満月が輝く。
灯りのないこの村ではその周囲に輝く小さな星々まで見ることができる。
虫やカエルたちの鳴き声が響く田んぼの十字路。
そこには胸に手を当て目を閉じるセルファの姿があった。
彼女は悩んでいた。
少しばかり気を抜きすぎているかもしれない、と。
ルナとして勇者を守り導くこと。それが自分の役目だ。
にもかかわらず、ここ最近は妙に平和で、魔物の襲撃もなければ異常もない。
このままではいけない。何か起こってからでは遅いのだ。
『生きなさい』
懐かしい声が頭に響いた。
優しくて暖かい声。でも――
あの映像が脳裏をよぎり、セルファは目を開いた。
「……私はルナ。彼を守り導いてみせる。だから――」
頭上に輝く満月を見上げる。
「月女神よ。どうか我らの道を照らし続け給え――」
* * *
「おいコラ! どーなってんだよ!」
村から少し離れた森の中で何者かの怒鳴り声が聞こえる。
「そんな話聞いてねーぞ!?」
どうやら相手がいるようだが、大声で何事かを喚いているせいでうまく聞こえない。
「はっ! まさか……裏切り!?」
「…………」
「って、んなわけねえか……“裏切り”なんてお前には一番無縁そうな言葉だもんな」
「…………」
「ああ、俺はやってやるって決めてんだ。それで――」
一瞬その場が静まり返るが、すぐにまた騒々しい声で叫ぶ。
「とーにーかーく! あれは俺の獲物だ! 邪魔すんなよ!」
それを最後に辺りは静まり返った。
* * *
「あれ? ラウダ?」
宿の前でくつろいでいたローヴは、宿から出てきた人物に声をかけた。
名を呼ばれた少年は腹をさすり、苦しそうにしている。
「大丈夫?」
「苦しい……」
苦笑いするローヴの側へ歩み寄ると、ラウダはその場にへなへなと座り込んだ。
「お婆さんの料理、すごい量だったもんね。ボクもお腹いっぱい」
夕食に老婆はごった煮を作ってくれた。が、久しぶりの客が嬉しかったのか、はたまた大勢いたからなのか、彼女は大鍋いっぱいに作った料理をそのまま食卓に置いた。
どう見ても多すぎる夕食に、一行は思わず顔を見合わせたのだが、満面の笑みを浮かべて立ち去って行った老婆のことを思うと残すこともできず、なんとか食べ切ったのであった。
「言うほど食べてないでしょ……」
渋い顔でそう返すラウダ。
彼がそう言いたくなるのも無理はない。女性陣は皆早々にギブアップして、最後まで食べ切ったのは男性陣だったからだ。
「ラウダは部屋に戻らなくてよかったの?」
余裕なくよろよろと部屋に戻っていった男性陣の姿を思い返しながら、ローヴがそう問う。
「そのまま横になると吐きそうだし……」
言いながら今なお苦しそうにしているラウダは口に手を当てた。
その後しばらく2人は何も言わず、ぼんやりと過ごしていた。ひやりとした風が心地良い。
「リースの村でも綺麗な夜空が見られたけど、ここはまた別格だね」
ローヴが空を見上げそう言うと、少し落ち着いてきたラウダも同じように見上げた。
「このまま平和な旅が続けばいいのにな。いろんな所を観光したりなんかしてさ」
それは到底無理な話だろう。
この世界に魔物が存在し、帝国が存在し、そして、自分という勇者が存在している限り。
しかし彼女はきっとそんな現実的な答えを求めていない。だからラウダは何も答えなかった。
「ねね、ラウダ」
不意にローヴが空を指差した。
「あの星見える? 赤い星」
見ればまばゆい輝きを放つ星々の中に1つ、赤い輝きをした星がある。
「あ、うん。赤い星だなんて珍しいね」
ラウダがそう答えると、ローヴは一瞬だけちらりと彼の方を見、すぐに空に向き直った。
「そっかー見えるかー。そっかー」
なんだか不思議な反応に、ラウダは怪訝な顔でそちらを見やる。
しかし顔がよく見えない。
「今ボクとラウダは同じものが見えてるんだよね。ふふっ」
「う、うん……」
よくは分からないが、嬉しそうにしているようだ。
こういう機嫌の良い時に余計なことは言わないべし。
長い付き合いで得た知識から、ラウダはただ無言で夜空を見上げるのだった。