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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第21話 星よ、永久に共に
120/196

21‐8

「そうか、この辺りでは特に異常は見られないのか」


 シルジオ内であった出来事など露知らず。仲間たちはアクティーの簡潔な状況報告を聞いて、再び机の上の地図を見た。

 現在地であるカルカラの北にはハルフと書かれたポイントがある。


「ハルフ……ここはどういう所なんですか?」


 知らぬ地に期待を膨らませるオルディナが目を輝かせながらイブネスに問うたが、彼は相変わらずの無表情で何も言わない。


「イブネスお兄さん?」

「はは、さすがのイブネスも何も思いつかないか」


 ノーウィンがそう言うと、オルディナは不思議そうに小首を傾げそちらを見やった。


「ハルフの村は田舎だな。これといって目ぼしいものもないような、な」


 きっとがっかりするだろうと少し困ったように微笑みかけるノーウィンだったが、意外なことに彼女にそんな様子はなく、何事かをブツブツとつぶやき始める。


「田舎……牛さん、お馬さん……ということは、あの種類も……」


 珍しく考え込む様子のオルディナを皆が不思議そうに見つめるが、イブネスだけは小さく首を振った。


「……気にするな」

「あ、ああ」


 ノーウィンは小さく咳払いをすると、話を本題へと移す。


「ラウダとローヴの仕事が終わったら、その2日後にこの街を立とうと思う。次の目的地はここから北に半日行ったところにあるハルフの村だ。そこで2日ほど滞在した後、ここを通り抜ける」


 ノーウィンの指がハルフから北にある、細く長く延びた白い線を指し示した。

 その線はさらに北へ長く長く延びており、別の大陸と繋がっていた。


 オーリバラント大橋。地図上で見ればただの白い線だが、大陸と大陸を繋ぐ要所である。


 ふとオルディナがハルフの西を指差した。


「あの、こっちは」

「何もない」


 しかし全て言い終わらないうちにガレシアにはっきりとそう言われてしまう。どこか冷たい声で。

 驚いた顔でそちらを見ると、彼女は無表情で地図を、オルディナが指差したハルフの西を見ていた。


 地図上ではそこにも橋がかかっており、その先には小大陸がある。そこにも町があるようだが――


「お姉さん?」


 様子がおかしい彼女を心配するオルディナの声を聞くと、ガレシアはそこから視線を外す。


「……帝国を目指すならそっちへ行く必要はないよ」


 今度はどこか寂しそうな声でそれだけ言うと、彼女は黙り込んでしまった。

 それ以上踏み込んではいけない気がしたノーウィンはまたしても小さく咳払いをひとつする。


「大橋を越えるのには最低でも3日はかかる。一応合間合間に休息所はあるが、万全の準備をするに越したことはない」

「つまり、今のうちに大橋を越えるために必要なものを用意、すぐに旅立てるように準備しておくわけだな」


 ネヴィアのまとめに、ノーウィンがうなずく。


「ま、どうせやることないわけだしな」


 そう言うと、アクティーは頭の後ろで手を組んだ。


「……武器の手入れも必要だな」

「ああ、そのあたりもそれぞれ準備しておいてくれ」


 イブネスの提案にもノーウィンはうなずく。


 その後各々必要なものを上げると、それに合わせてノーウィンが金を分配、一行は街へと出ていった。

 ぱたりとしまった扉。唐突に部屋に静寂が訪れる。


 そんな中に1人。ガレシアはその場に残り、しばしぼんやりとしていた。

 だが小さくため息をつくと、彼女もまた扉を開け廊下に出た。


 アクティーが立っていた。


「よう」


 そう声をかけられるも、彼女はうつむいたまま何も返さない。


「一緒に買い物でもどうだ?」


 いつもなら「アンタと?ふざけんじゃないよ!」とでも言いそうなガレシアだが、やはり何も反応はない。

 それどころかまるで何も見えていない、聞こえていないかのように、その場を立ち去ろうとする。


「昔とは違うんだぜ?」


 自室へ戻ろうと扉に手をかけたガレシアの動きが止まった。


「俺は」

「アタシはアンタとは違う」


 アクティーが何かを口にしようとしたが、ガレシアはそれだけ言い放つと、部屋に入っていった。

 残されたアクティーは目の前で無慈悲に閉まる扉を無言で見つめるしかできなかった。


「……違わねーよ」


 ただそれだけ小さく言い残すと、彼はその場を後にした。


 閉めたドアにもたれかかっていたガレシアは、ずるずるとその場に座り込み、抱えたひざに顔をうずめる。


「アタシは……父さん……」


 *     *     *


 一面に広がる花畑。その中央に背を向けて立つのは、桃色の髪の少女。

 優しい風に揺れる長いカールヘアーと真っ白なワンピース。


 ああ、いつもの夢だ。


 少女がくるりとこちらを向き、笑顔でこちらに手を差し伸べる。

 そう。これは夢。分かっていてもいつもと同じく手を伸ばしてしまう。

 いつもここで手を取れず、夢は終わってしまう。


 はずだった。


 次の瞬間、見たこともない場所に立っていた。

 だだっ広い広間に、ぐるりと白い石造りの壁に囲まれた場所。

 壁の上部に穴が開いており、一応陽の光は差すが、ひやりと冷たい空気が漂っている。


 夢? 夢だよね?


 その寒さに思わず身震いしながら自問自答するが、答えは分からない。


 ――――。


 不意に名前を呼ばれた気がして最奥を見ると、祭壇のような場所に彼女は立っていた。

 先ほどと同じように、笑顔でこちらを向き、手を差し伸べている。


 心臓がバクバクと鳴る。

 いつもと違う。


 その展開に期待する自分。その展開に警戒する自分。

 頭の中はごちゃごちゃしていたが、足は自然とそちらへ向かって進んでいた。


 そうだ。あの手を取って、願いを叶えるんだ。

 長い間願い続けていた、この想いを――


「えいっ」


 ばふっと顔に柔らかいものを押し付けられた。

 ――苦しい。


 息ができず、バタバタと抵抗すると、柔らかいものが顔から退けられた。

 すぐさま呼吸を再開すると、視界に笑顔の少女が映った。その手には、枕。


「おはよ」


 当然返事などする余裕はなく。


「さすがにやりすぎじゃないか? ローヴ」


 その後ろに立つノーウィンは苦笑い。セルファは呆れ顔を浮かべていた。


「……殺す気?」


 ようやく言葉が発せるようになったラウダの第一声に、ローヴはにっこりと笑った。


「やだなあ。そんなわけないでしょ」

「嘘だ……」

「昼まで寝てる方が悪い!」


 文句を垂れながら起き上がるラウダをローヴが叱る。


 部屋を見回すと、他の人間はいなかった。

 それにしてもここ男部屋なのになあ、と思いながらローヴとセルファの顔を順に見やる。


「そんなことより!」


 大きくあくびをしている最中に、ローヴが身を乗り出し大声で叫んだ。


「食堂! 食堂に行くよ!」

「へ?」

「いいから! 早く!」


 訳が分からぬまま無理矢理ベッドから引き離されたラウダは、目でノーウィンに助けを求めるが、彼は困ったように笑うだけ。

 仕方なくされるがままになるのだった。


 *     *     *


 昨夜で無事一週間の公演を終えたラウダは、ローヴと共に久しぶりに宿へと戻り、仲間との会話もほどほどにベッドに倒れ込んだのであった。


 この一週間頑張ったのだから丸一日寝かせてくれてもいいのにと思いながら大あくびをするラウダを引き連れたローヴは、食堂に入ると大きく手を振った。


「あ、ローヴさん!」


 それに気づいたのは先に着席していたオルディナだった。同じく大きく手を振り返す。

 見れば、仲間たち全員がそこに座っている。


 そこへ歩み寄ったラウダは、丸テーブルの上に置いてあるものを見て、ローヴが妙に急かしてきた理由を把握した。


 甘い香りを漂わせる、黄金色のメープルシロップ。

 それがたっぷりとかけられた5段ホットケーキがそれぞれの前に並べられていた。


「これとーっても美味しいですよ!」


 キラキラとした目のオルディナにそう言われ、ローヴは生唾を飲み込む。


 見ると、いつの間にかセルファも着席して、ホットケーキが来るのを待っていた。

 立っていた3人も同じように座ると、ウェイターが歩み寄ってきた。


「すぐに用意するので少しお待ちくださいね」

「はい!」


 ローヴが元気よく返事をすると、彼は笑顔を浮かべて厨房へと入っていった。


「それにしても、これどうしたの? 確か高価とか品薄とかって話だったけど」


 ラウダが不思議そうに問うと、ローヴが満面の笑みを浮かべる。


「朝ポーリィが宿に来てね。一週間代役のお礼に用意してくれたんだ。みんなでお昼にでもどうぞって」

「街を取り仕切る劇団の特権ってやつかね」


 そう言うと、アクティーは上品にホットケーキを切り分け、口に運んだ。


「ふむ。甘すぎずくどすぎず、上品な甘さとでも言うのだろうか。健康に良いというのも納得できるな」


 大して興味のなさそうだったネヴィアも相変わらず無表情ではあるが、どこか嬉しそうに見える。


 やがて追加で運ばれてきた4人分のホットケーキをそれぞれ口にし、舌鼓を打つと、他愛のない話で盛り上がるのであった。


 *     *     *


 昼食後。ラウダとローヴもノーウィン、セルファに付き添ってもらい、必要なものを購入、武器を手入れしてもらった。

 その後宿に戻り、各々体を休めるとあっという間に一日は過ぎていった。


 そして翌日。ついにこの街から旅立つ時が来た。

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