3‐4
まばゆい光が辺りを照らす。この場所には決して入り込めないはずの太陽のように、温かく、包み込まれるような光。
ぼんやりと、視点が定まらないままゆっくりと立ち上がったラウダは、突然右手を天へとかざした。
それと同時に彼の体から白銀の光があふれ、手のひらから解き放たれた。
光は複数に分裂し、鞭のようにしなやかに、矢のように鋭く一直線に、確実に敵を撃ち貫いていく。
何が起こったのか分からぬまま、ローヴもノーウィンも呆然と、次々と倒れていくゴブリンたちを見ていた。
先程ノーウィンの腕を攻撃したものも、セルファと交戦していたものも光に貫かれ、倒れる。
しかもそれだけではなく、その光は傷ついた彼らの体を癒していく。
ノーウィンの右腕も、セルファの手足の傷も元通りになっていた。
そんな中、セルファだけは目を見開き、興奮した様子でラウダを見つめていた。
「ソル……? 彼がそうなの……?」
つぶやいた言葉は誰にも聞こえなかった。
ただ彼女の左手が強い黄の光を放っていた。
まるでラウダの光に呼応するように。
「あれは……魔法……? いや……セルファのものと同じ……?」
ノーウィンがそんなことをぼんやりとつぶやいていたが、ローヴには全く聞こえていなかった。
ただただ驚くばかりでそこまで意識が集中できなかったのだ。
やがてゆっくりと光は治まり、ラウダは腕を下ろし、自分の右手のひらを見た。
そこには複雑な紋様が白く浮かび上がっていた。
「これが……僕の……」
そこまで言いかけると、唐突に意識が飛び、再び倒れ込んでしまった。
ぎょっとなってノーウィンが慌てて駆け寄る。
「ラウダ!? ねえ、どうしちゃったの!?」
続いて駆け寄ってきたローヴが大声で叫ぶ。
「大丈夫。気絶してるだけだ」
ノーウィンはそう言うと、ラウダを抱え起こした。
そして辺りを見渡す。
ほとんどのゴブリンは息絶え、肉塊が山となっていた。
しかしまだ少数が残っている。
しかも先程の攻撃で興奮したのか、今にも暴れ出しそうな勢いである。
さらに高台にいる一回り大きな体のゴブリンもまだ生き残っている。
「まだあんなに……」
ローヴが不安な面持ちでつぶやく。
「どうやらあのでかいのが大ボスだな。あいつさえたたけば何とかなるはずだ」
ようやく希望が見えてきたことで再び戦力を取り戻したノーウィン。
しかしそんな彼をセルファが制す。
「……後は任せて」
「行けるのか?」
ノーウィンの言葉に首を縦に振ると、セルファはダガーを鞘へと収め、両手を胸の前で組み合わせた。
そして瞳を閉じる。
彼らのやり取りがいまいちよく分からず、不安な面持ちのままローヴはただ見つめる。
暴れ出したゴブリンたちが土ぼこりを巻き上げながら彼らの元へと突進してくる。
しかしそれよりも早く、彼女の体が黄色い光に包まれ、最も光を放っている左手へと集束する。
そして光をまといながら軽やかにくるりくるりと舞い始めた。
だがそんなことはお構いなしに敵は一直線に突進してくる。
「目覚めよ地竜……アースインパクト!」
動きを止めると、目をカッと見開き、左手を天にかざす。
集束した黄の光が左手から解き放たれ、地へと潜る。
そして光は、天に昇る竜の如く、地中から舞い上がり敵を貫く。
さらにその影響で地が揺れ、隆起し、敵はその中へと埋もれていく。
そんな光景にローヴは、口を開けたまま声を出すことができない。
ここは、自分たちが住んでいた世界とは全く違う世界なのだ。
そう、改めて認識させられていた。
「あとはあいつだけだ」
ノーウィンのその言葉にはっとなり、視線の先を追うと、例の大ボスがいた。
悔しがっているようにも見えるが、おびえているようにも見える。
何せ顔が笑っているのでどちらかは分からない。引きつっていることには間違いないのだが。
荒れる地の中、いつの間にかセルファが颯爽とボスの下へと向かっていた。
隆起する大地の場所を把握しているのだろうか、その上を軽やかに、ステップを踏むように着実に敵へと向かう。
「ここにいれば大丈夫だろう。悪いがラウダを支えてやってくれ」
「え、あ、はい」
ノーウィンの唐突な言葉にとっさに反応できず、曖昧な返事のまま、ローヴはラウダに肩を貸し、支えた。
それを確認すると、ノーウィンは槍を構え、彼もまた敵の下へと走っていく。
セルファの力だけでは倒すのが困難だと考えたのだ。
先にたどり着いたセルファは鋭いダガーを相手に突きつけると、それ以上に鋭い瞳でそれを見やる。
セルファの2倍近くある身長と、3倍近くありそうな横幅。
他のものと違い、ローブのようなものを着ている、がボロボロで汚れて黒くなっている。
その手には殴られると相当痛いであろう大きな木製の杖。
その様子はまるで魔法使いのようだ。
「仲間はもういないわ……あなたの目的は何だったの?」
静かに冷たく言い放つセルファ。
少しでも動けば間違いなく切られるだろうということは、知能の低いゴブリンでも理解できたらしい。
石像のように固まり、口だけを動かした。
「ウギャ……アイツ……テキ……ソル……」
人語といえばそうなのだが、片言でしかも、発音がかなり悪く、聞き取りづらい。
しかし、ゴブリンの中ではこれはまだマシな方である。
セルファは眉一つ動かさず、視線だけで続きを促した。
「アイツ……コロス……オレタチ、オオキナウチ……クイモノイッパイ……アイツ、クレル……ヤクソク」
その言葉にセルファは眉をひそめた。
「約束……? ……あなたが言っているあいつって……ソルとは別人?」
「アイツ、ツヨイ。オレタチツヨクシテクレタ……」
どうやらこのゴブリンの言葉の中に出てきた“あいつ”とは、彼らをここまで凶暴化させた存在と、その代償として殺すべき存在とを指しているようだ。
セルファはようやく納得できたらしい。突きつけていたダガーをそっと下ろした。
「グギャ?」
てっきり切りつけられると思っていたゴブリンは、間の抜けた声を漏らした。
「私じゃ……あなたは殺せないわ……」
少女のその言葉を聞いた瞬間、何を思ったのか。
ゴブリンはここぞとばかりに、敵に向かって杖を振り下ろした。
が、しかし。
魔物としての本能が突如として身の危険を察知した。何かがこちらへ向かってくる。
その方向を向くと、隆起した大地の上を猛烈な勢いで赤髪の男が突っ込んでくる。
その鋭い視線は標的から外さない。
「グギャアッ!」
奇妙な音を発しながらゴブリンはそちらに向き直り、突然何かを念じ始めた。
その気配に違和感を覚えたセルファ。やがてそれが何なのか気づく。
「魔法……!?」
どうやらこのゴブリン、格好だけではなかったようである。
今まさに魔力を解き放とうと、詠唱中なのである。
疑問を言葉に出す時間もなく、彼女は手にしているダガーで切り裂く。
しかし思っていたとおり、何度切り裂いても、血を流しても、敵は物ともしなかった。
やがて、両手で握った杖を前に突き出し、強力な魔力を解放した。
杖の先から放たれた魔力は標的を焼き尽くさんと、巨大な炎の玉になり、目標目がけて容赦なく降り注ぐ。
「火の中級魔法……イグニスボール!? ゴブリンがここまで……」
驚愕の表情を浮かべるセルファ。そしてメラメラと燃え盛る中に男の姿を探す。
一方のゴブリンはしてやったりとでも言いたげな表情でへらへらとしていた。
だが。
「ギャッ!?」
続いて驚愕の表情を浮かべたのはゴブリンの方だった。
炎の中なのにも関わらず、男は一直線に突進してくる。辺りに燃える炎が槍に反射し、まるで炎が燃え移ったように見える。
慌てるゴブリン。
中級魔法に魔力を使いすぎてもう魔法は使えないようだ。その辺りはやはり知能が低い。
「うおおおおおおっ!!」
勢いよく敵に向かって突っ込んでいくノーウィン。槍を水平に構え、力の限り、貫いた。
「……おやすみなさい」
セルファの言葉が耳に届くことはなく。
ノーウィンはそのまま槍を右上へと引き上げ、抜いた。
赤黒い液体が大量に飛び散り、地を染め上げた。
「グ……ギャ……」
うめき声のようなものを漏らし、ゴブリンは倒れた。その重さに地響きが起こり、砂ぼこりが舞い上がる。
それより少しばかり早く、手にしていた杖ががらんと音を立て、倒れた。
ノーウィンはその勢いのまま、槍に付着した液体を払い、背に戻した。
体中血だらけである。しかしそれは彼の物ではなく。
倒れたゴブリンを軽く見やり、セルファは、ラウダを支えているローヴの下へと歩き始めた。
ノーウィンもそれに続く。
そんな彼らの表情は、幾千もの敵と交えてきた戦士そのものであった。
こちらに向かってくる2人を見て、山のように積まれているゴブリンを見て、そして支えている幼なじみの顔を見て、ローヴは大きくため息をついた。
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