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街の中央に立てられている木製の掲示板。普段はここに、街での催し物、協会や劇場からのお知らせ、公演中の芝居のポスターなどが掲示されており、人が集まることなど滅多にないのだが、今はおびただしい数の人で埋め尽くされていた。
さらに、ただでさえすごい人混みだというのに、後ろにいる人間には掲示板が見えていないため、何の集まりかと気になって次から次へと人が集まってきている始末。
そんな皆の目的は一枚の大きな掲示物だった。
『花形誘拐事件 旅の一行が見事解決!』
内容はもちろん先日の誘拐事件の一件についてだ。
女優ポーリーヌが誘拐されていたこと。俳優レックスが救出に向かい怪我を負ったこと。旅の一行が事件を解決したこと。そして誘拐犯たちが逃亡の最中に凶暴な魔物に襲われ死亡したこと。
「まさかポーリーヌが誘拐されていたなんて……」
「レックス様はご無事なの……?」
「協会の奴らは何してたんだ?」
「旅の一行ってどんな人たちかしら!」
一連の流れを見た人々の間で不安や不満、期待といった様々な話が飛び交う。
そんな光景を当の本人たちは劇場の窓からこっそりと、それぞれ複雑な表情で見つめていた。
* * *
太陽が真上に上る頃、一行はポーリーヌとの約束通り、劇場へとお邪魔していた。
昨日の疲れから、珍しく昼近くまで熟睡していた皆が目を覚ますと、すでに街中は騒然。
一体どこからこれほどの人が出てきたのだろうと思うほど、掲示板前でごった返していた。
しかしそのおかげで劇場前にいた人々がそちらへと流れ、たやすく中に入ることができたのだった。
「正直、この人の集まり方は異常だよ」
鼻の下に生えているちょび髭に触れながら、劇団をまとめる団長がそう言った。
その後ろでは団員たちが一行を囲ってわいわいと盛り上がっている。
「そうなんですか? 確かに少し多いとは思いますけど……」
ジュースを手にしたローヴの問いにこくりとうなずいたのはレックスだ。
「ああ。街に住む人や劇場に来る客、シロップの取引に来る商人。確かにここは常に人が多い街だが、一箇所にあれほど人が集まるなんてことは……新しい芝居のビラを貼ったときでもこんなにはならないな」
そう言うレックスはいたって冷静だが、劇場に到着した直後は大興奮で一行を出迎えたものだった。
というのも、結局夜遅くまで支部にいる羽目になった彼とポーリーヌは、ラウダや他の仲間たちが見せた異様な能力について少佐を問いただしたのだ。
その結果、実際に目の当たりにした2人は“他言無用”を条件に、彼らが勇者とその一行であるということを教えてもらったそうだ。
「団員は誰もそのことを知らないから安心してくれ」
レックスからこっそりとそう告げられたが、一行を出迎えてテンションが上がるレックスを見て訝しむ団員たちの姿に、ラウダは一抹の不安を覚えるのだった。
「そういえばきちんと自己紹介してなかったな」
テンションの高いレックスはそう言うと、ポーリーヌ共々改めて名を名乗る。
「俺はレックス・エイモズ。ここでトップとして活動させてもらってる」
「ポーリーヌ・マーロウです。皆さん、助けてくださって本当にありがとうございました」
一行もまたそれぞれ簡単に名乗ると、団員たちに紹介され、“2人を救出した英雄”として大いに歓迎された。
そしてしばらくは旅の話を話したり、劇団でのことを聞いたり、さらには団員たちが大量の菓子を持ち出して来たりと楽しく盛り上がっていたのだった。
だが、一行――特にラウダとローヴにはどうしても気がかりなことがあった。
「あの、レックス」
「ん? どうした?」
ラウダに名前を呼ばれ、レックスは頬張ろうとしていた菓子を皿に置いた。
「その足は……」
あまり大きな声で言ったつもりはなかったのだが、その瞬間それまでにぎやかだった場がぴたりと静かになる。
やはり触れてはならない話題だったか、と言ったことを後悔するも、もう遅い。
「あー……これなあ……」
レックスがひょいと右足を上げて見せる。
その足首には包帯がぐるぐる巻きにされていた。
一行を明るく出迎えた団員たちだったが、彼らはまた別の問題に悩まされていた。
それは、レックスの怪我だ。
ポーリーヌを救出した際に足をひねったせいで、今の彼は杖がないと歩けない状態だ。当然芝居などできない。
「やはり今回の公演は中止にするしか……」
難しい顔で団長がそう言うと、レックスが跳ねるように立ち上がった。
「やれます! こんな怪我、2、3日あれば!」
「ダメ!」
そう言って彼を無理矢理座らせるのはポーリーヌだ。
「一週間は大人しくしているようにってお医者様に言われたでしょう?」
「けど」
「言い訳は聞きません!」
ポーリーヌにぴしゃりと言われてしまい、レックスは何も言い返せなくなった。
「今回の公演に向けて、みんなで練習頑張ってきたじゃないか……」
ただ悔しそうにそうこぼすと、他の団員たちも同じようにしゅんとなってしまった。
もちろんポーリーヌとて公演を止めたいなどとは思っていない。
すっかり暗くなってしまった団員たちに、一行はかける言葉を見つけられずにいた。
「ねえ、レックス」
しかしそんな中で1人、ラウダはかける言葉を見つけていた。
「僕が代役をやるよ」
「……へっ?」
レックスは目を丸くして情けない声を上げた。
目を丸くしているのはレックスだけではない。団員たちに仲間たちもだ。
その場にいる皆が目を瞬かせてラウダを見ている。
「ラウダ、いいの?」
必死に練習した芝居が上演できず中止になる――そんな辛い状況を、元の世界でずっと芝居を支えてきたローヴにとっては他人事に思えなかった。
そのため、ラウダがこくりとうなずいたのを見て、ローヴはぱっと顔を輝かせた。
「いや、その、気持ちは嬉しいが……」
彼が演じているのは主役。
それもただの主役ではなく、劇団のトップスターが演じる主役だ。
レックスや他の団員たちが戸惑うのも無理はない。
「あーえっと……」
しかし、ラウダが劇団でトップスターを務めていたのは、ここではない異世界での話。
主役をやっていたと言っても話が通じるわけもない。
何か言い訳を考えていると、意外なことに口を開いたのはノーウィンだった。
「実はラウダは元々旅興行の一座にいてな。そこでずっと主役を演じていたんだ」
思わず「えっ」と言いかけたが、なんとかそれを飲み込むと、ラウダはこくこくとうなずいた。
「そ、そうだったのか。人は見かけによらないって言うけど」
実に驚いたようにそう言うレックスだが、その目には光が戻ったように見える。
「だが、ふむ……そのような一座など聞いたことがないが……」
怪訝な顔でそう言う団長に、一行がぎくりとなる。
「あ、いや、その一座は数年前に解散になって……」
「とっ、とにかくラウダの演技はすごいんですよ!」
慌ててそう付け足すノーウィンに続けて、ローヴが力強くそう言うと、相手は気圧されたようだ。納得したようにうなずいた。
「……一週間」
「え?」
目を閉じ、何事かを考えていたレックスが突然そう言い出し、ポーリーヌが首を傾げる。
「一週間、俺の代役を務めてほしい」
団員たちのぎょっとした顔が、今度はレックスの方へと向いた。
しかしレックスは動じることなく、ラウダの目をじっと見つめ、続ける。
「ラウダは一週間主役を演じる。その間、俺は怪我の治療に専念する」
団員たちの間にざわめきが起こる。
「主役を代わるなんて異例だぞ……」
「ってことは一から練習し直し?」
「レックスの代役なんて務まるのか……?」
そのざわめきを止めるように、レックスはぱんっと両手を合わせると頭上に掲げた。
「みんな、頼む! 俺はラウダに賭けてみたい!」
しん、と辺りが静まり返る。
そこに突然、ポーリーヌがすっくと立ち上がった。
「私からもお願い。私も諦めたくないの」
そう言うと、彼女は一礼した。
自分のせいでレックスが怪我を負ったと自責の念に駆られていたポーリーヌにとって、ラウダの存在は一縷の望みだった。
団員たちがそれぞれ顔を見合わせる。
「やろう!」
誰が言い出したかは分からない。
だがその声をきっかけに皆がやる気を見せ始めた。
「やってやろうじゃない!」
「こうなりゃとことんやってやろーぜ!」
「サポートは任せろ!」
再び活気を取り戻した団員たちを見て、団長はふむと小さく言うと、ラウダの方へと向き直った。
「まずは軽く演技を見せてもらえるかな。レックスの見る目に間違いはないと思うが、君がどれほどの力量を持っているのか知っておきたいからね」
「はい」
湧き上がる人々の中でノーウィンがこそっとローヴに耳打ちする。
「あれで良かったか?」
「はい、ばっちりです!」
「ったく、ラウダ君ってば何の相談もなく決めるんだからよー」
そう言う割には楽しそうに笑っているアクティーとは対照的に、セルファは大きな大きなため息をついていた。
「これで一週間滞在は確定だねえ」
「いや、それ以上かもしれないな」
机に肘をつきながら一連の流れを見ていたガレシアに、水の入ったコップを手にしたネヴィアが付け足すと、セルファはさらにため息をついた。
しかしそんなこととは露知らず、オルディナはぱあっと笑顔を浮かべていた。
「ラウダさんのお芝居が見られるんですね! 楽しみです!」
三者三様のリアクションに、イブネスは1人、やれやれと首を横に振った。




