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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第20話 曇りのち不定形物
109/196

20‐2

 ピチョン、と水が滴る音が辺りに響く。


 盆地にあるこの洞窟は、大陸西部の気候の関係もあってか、じめじめとしている。


 足を踏み入れて最初に驚いたのは、洞窟内の明るさだ。


 この洞窟の壁はつるりとした岩でできており、岩肌を常時水が滴っている状態だ。それが外の光を反射し、奥までうっすらと明るく見通すことができるのだ。

 これならば用意していた松明も不要だと判断した一行は、湿った地面を慎重に進んでいく。


 内部はぐねぐねと曲がり道の多い構造ではあったが、幸いなことにほとんど一本道だった。

 また、別段罠を張っている様子もない。

 不用心を通り越して不気味にすら思えてくるが、これも何か作戦の一種なのだろうか。


 緊張した面持ちで進む一行はもう一つ違和感を覚えていた。


 魔物が全くいないのだ。


 当然だがグラッティオス山と異なり、ここには魔物除けの花など咲いていない。


「ここって何なんでしょうか……?」


 皆が抱いていた思いを代弁するように、オルディナがぽそりとつぶやく。

 街の人間はここをただの南にある洞窟だとしか思っていないようだが――


 そこへ突然女性の悲鳴が響く。


「近いぞ!」


 思案することを止めると、さらに急ぎ足で先へ進み、最奥と思しき広間の前で状況を把握するために一度停止した。


 岩陰からこっそりと中をうかがうと、広間の奥に男が3人いることが分かる。

 そのうちの1人が女性を捕らえている。金髪碧眼にハーフアップヘアーの可憐な女性。


 事前にエルメリッヒ少佐から聞いていた情報と一致することから、彼女が誘拐されたポーリーヌ・マーロウに間違いないだろう。


 そして、広間の中央にはレックスが倒れていた。

 見た限り、呼吸はあるようだ。

 もちろん良い状況とは言えないが。


「やっぱ返り討ちにあってんじゃねえか……」


 アクティーが呆れた顔を浮かべる横で、ガレシアが素早く他の皆に呼びかける。


「どうする? ノーウィンの言ってた通り、洞窟前で待機する面子を決めるかい?」

「いや」


 否定したのは提案していたノーウィン本人だ。


「見たところ相手は3人だが、実は他にもいるかもしれない。3人の場合でも多数の場合でもここは分担すべきじゃないと思う」


 もし3人なら一網打尽にすればいい。しかし彼の言う通り、他にもわらわらと仲間たちが出てくるようならば、数人で対処するのは危険だ。

 どちらの場合にせよ、ここは9人そろって行くべきだという判断だ。


「でも、いきなり全員で出て行って大丈夫かな……?」


 そう言ったのはローヴだ。


 彼女の言う通り、元々手紙には1人で来るよう指示があった。そこへこれだけの人数が出ていけば相手がどういう行動に出るか。驚き、ひるむかもしれないが、場合によっては激高して人質を手にかけるかもしれない。


「ならこうしよう」


 ノーウィンが提案したのは洞窟内部と洞窟前での分担ではなく、現在いる広間入り口で待機する組と前線に出て相手と対峙する組の分担だ。


 今いるメンバーは9人。前に出るメンバーは少ない方がいいという判断で、4人と5人に分かれることとなった。


 前線へ向かうのは、相手への説得および前衛での攻撃に向いたアクティーとノーウィン、ガレシア、そしてラウダだ。

 残りはアクティーから指示があり次第、人質を保護、敵を魔法で攻撃する。


「無理しないでよ?」


 ローヴは心配そうにラウダにそう言うが、相手はいたって平気そうで、微笑み返しただけだった。

 敵を威嚇しないためにも、それぞれ武器を納めると、だっとその場を駆け出した。


 *     *     *


「おいコラ! 話がちげえだろうが! 金はどうした、金は!」


 大声でがなるのは、犯人の中でも一際筋骨隆々で体躯のでかい男だ。

 がなられているのはもちろんレックスだ。


 ポーリーヌを救出に来た彼は真正面から犯人と対峙し、勇敢にも拳一つで彼女を助けようとしたのだが――結果はご覧の通り。敵の持つこん棒でたたきのめされた彼は、地にたたきつけられた衝撃で立ち上がれずにいた。


 どうにか立ち上がろうと手を地面に付き、力をこめて身を起そうとしたところに、今度はがっと足で地にたたきつけられてしまった。


「まあまあ、お頭。そこまでにしておこうぜ。何せ高価なカモがもう一匹手に入ったんだ」


 そう言ってにたにたと笑うのは、筋肉質ではあるが、お頭と呼んだ男とは打って変わって細身の男だ。手にしたこん棒で、自身の肩をポンポンとたたいた。


「だ、だれが……お前たち、なんかに……」


 息も絶え絶えに、相手をにらみつけるレックスだが、それは何の効果も持たない。


「ったく、いつになりゃ金が手に入るんだ」


 大男はイライラとした様子で、レックスから足を下ろし、今度は横に蹴飛ばした。


「こんだけ待たせてるんだから、へへっ、お楽しみの一つくらいあってもいいよなあ?」


 そう言うのはポーリーヌを捕らえている男だ。こちらも細身の筋肉質だが、少々小柄だ。

 そして舐めるような視線で彼女の体を見やる。


 ひっ、と言葉にならない声でポーリーヌが恐怖する。


「そうだな……」


 そう言って大男はちらりと足元に転がっている青年を見やると、にたりと、実にいやらしい笑みを浮かべた。


「せっかくここに彼氏がいるんだ。こいつの前でやっちまうのもいいかもな」

「なっ」


 レックスの顔から血の気が引く。

 だが彼が何かを言うよりも先に、大男は無慈悲に告げる。


「脱がせ」


 言われるのとほぼ同時に、小柄な男が手にしていたナイフで彼女のケープを裂いた。


「い、いやあっ!」


 なんとか身をよじって逃げ出そうとするが、手足を縛られていることもあり、うまく体が動かない。

 それ以前にこれから自分が何をされるのか、その恐怖で呼吸すらうまくできない。


 不意に、この場に似合わぬ呆れ声が響き渡った。


「いやあ実に低俗な見世物だな」


 何事かと、その場にいた全員がそちらを向くと、見知らぬ4人組が立っている。


「もっと品のあるショーが見られるなら金も出したんだが、これじゃダメだな」


 そう言う男はもちろんアクティーだ。

 肩をすくめ、やれやれと首を振った。


「男ってのは常に女性に対して紳士的な態度でいないとな」


 その隣ではガレシアが無言で立っているが、彼女からは明らかに殺意に似たオーラが漂っていた。


 無理もない。彼女は女性が男性に負けるという考えや行為を良しとしない。ましてこんなやり取りを目前で見せられたとあっては怒り心頭ものだ。


 両の手に拳を作り、今にも殴りかかっていきそうな雰囲気だが、今はまだ自制心が働いているようだ。大人しくはしている。


「な、なんだお前ら!?」

「誘拐されたポーリーヌ・マーロウの救出に来た者だ。大人しく開放してもらおうか」


 動揺する3人にノーウィンが静かな声で告げた。

 真顔を崩さずにはいるが、彼もまた怒りのオーラを放っている。


 突然の救援には、レックスも目を丸くしていた。

 手紙には1人で来るよう指示があったのに複数人で来たとあればポーリーヌが危険な目に合う可能性が高くなる。なのに何故――と言いたかったが、今はそんな余裕もない。


「救出だぁ?」


 大男がこちらをにらみつけ、あることに気づいた。

 他の2人も同じことに気づいたようだ。驚愕の表情を浮かべた。


「あの男のコート、シルジオの……!?」


 敵はアクティーを見た後、他の3人の姿を見て、要求した大金を持っていないことを確認すると、ちっと舌打ちをした。


 大男が腰に下げていた一際大きなこん棒を手にする。

 その様子にアクティーが余裕のある笑みを見せた。


「3人だけで俺たちに勝てるとでも?」

「そっちだってたったの4人だろうが!」


 その返しに、アクティーがちらりと他のメンバーを見やった。

 これで敵は自分から「こちらは3人だけだ」と言ったも同然。これならば増援の心配をする必要はなさそうだ。


 ただし――


「大体こっちには人質がいるんだぞ! 分かってんのか、ああん!?」


 そう叫ぶと、小柄な男はぐいっとポーリーヌを捕らえ直し、喉元にナイフを突きつけた。

 捕らえられている彼女はただただおびえ、涙をぼろぼろとこぼしている。


 広間に緊張が走る。


 アクティーは相手の様子をじっと見つめていた。

 こちらにはまだ敵に気づかれていない後衛がいる。彼らに合図を送り魔法で迎撃、のち、救出というのが一番良い流れなのだが、その合図を送るタイミングを一歩間違えてしまえば喉元をぶすり、といかれてしまうだろう。



 唐突にラウダは冷気を感じ、小さく身震いをした。



 周囲を目だけでちらりと見やるが、味方も敵もその冷気を感じている様子はない。

 後ろは見れないが、恐らくイブネスが何かをしているというわけでもないだろう。


 疑問に思いつつ、ふと天井に目が行った。



 思考が停止する。


 そこには半透明で黄色い何かがぷるぷると天井を這っていた。



 目を(しばた)かせるが、“それ”は決して見間違えなどではない。ちゃんとそこにいる。

 しかも“それ”はある位置を目指して移動しており――


「危ないっ!」


 言うが早いか、敵の真上に“それ”がずしんと音を立てて落ちた。

 もうもうと広間を覆う砂煙に視界が奪われ、敵も味方も何が起こったのか理解できない。


「うわああああああああああ!!! 足が!!! 足がああああああ!!!」


 そんな状態の中、絶望したような男の悲鳴が響く。


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