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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第19話 高価な光華
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19‐4

 シルジオの拠点はこれまでフォルガナ支部とメルス本部とを見てきたが、カルガラ支部もまた神殿のような荘厳な雰囲気を漂わせていた。


 見た目だけではなく、内部もふわふわの緑のじゅうたんが敷かれていたり、窓ガラスが複数並んでいたり、作りは他と大方似ている。恐らく構造はどこも似たようなものなのだろう。

 そしてその見た目のおかげで、フォルガナ支部と本部での苦い思い出が思い起こされ、ラウダは息苦しさを感じていた。


 とはいえ当然連れていかれたのは牢屋ではなく。


「どうぞ、こちらへ」


 今の彼らは客人扱い。通されたのは広い会議室だった。

 真っ黒な石製の長机にはきっちりと等間隔に椅子が配置されている。


 勧められた通りに各々腰掛けると、エルメリッヒ少佐が最奥に立った。


「皆さん、急なお願いにもかかわらず来てくださってありがとうございます」


 少し困った顔で笑む彼女に、アクティーはいえいえとにこやかに微笑み返した。


「それでさっそくなのですが、厄介な案件とは一体どういうものか教えていただけませんか?」


 少佐は一度目を閉じるが、すぐに意を決したように開き、こくりとうなずく。


「これはどうか他言無用でお願いします」


 そして一行がそれぞれうなずいたことを確認すると、口を開いた。


「3日前に劇団の花形女優、ポーリーヌ・マーロウさんが行方不明になりました」


 一行はそれぞれ顔を見合わせた。


 行方不明になったという女性に心当たりはないが、花形女優がいなくなったとなれば劇団が混乱するのも、公演を無期延期とするのも無理はない。


 とはいえその言葉だけでは分からないことも多い。


「行方不明というのは誰かに? それともまさか自分から?」


 アクティーがそう尋ねると、少佐はそれを手で制した。少し待ってほしいという意だ。

 その後、彼女は複数ある窓に歩み寄ると、カーテンを順番に引き、部屋を薄暗くした。


 突然部屋を暗くされ、何事かと皆が怪訝(けげん)に思っていると、今度は机の端を右人差し指でとんとんとたたく。

 すると机の端から端までが、勢いよくぶわっと淡い緑の光を帯びた。


 皆が驚いている中、さらに今度は机の宙に謎のものが浮かび上がった。



 手紙だ。



 目を(しばた)かせていると、エルメリッヒ少佐が説明を始めた。


「これは劇場へ届いた一通の手紙をマナの力を使用して映し出しています。ああもちろん、事前にマナに記録させておいたものを映しているだけなので触れませんよ」


 ラウダとローヴは頭上に疑問符を浮かべていたが、他の人間はそれだけで分かったようだ。

 少佐は話を続ける。


「劇場に手紙が届くこと自体は珍しくありません。世界中から毎日のようにファンレターが届きますから」


 それに関してはラウダもローヴも理解できた。こくこくとうなずく。


「劇団では届いた手紙は必ずチェックするようにしているのですが、2日前に届いたこれは明らかに他と違っていました」


 3日前に行方不明。2日前に届いた手紙。

 そこでピンと来た者もいたようだ。


「誘拐、ですか」


 自分で行方をくらまし、自分で手紙を出したという可能性もあったが、置手紙ならまだしも、そのように面倒なことをするだろうかと考えると誘拐の方が可能性は高かった。


 少佐はアクティーの言葉にこくりとうなずいた。

 再度指でとんとんと机をたたくと、手紙の横に何やら文字が表示される。


『ポーリーヌ・マーロウは預かった。返してほしければ100億シャリネを持って南の洞窟まで1人で来い』


 典型的な脅迫文に、一行はそろって顔をしかめた。


「当然と言いますか、この手紙には宛名も宛先も記載されていません」


 少佐がそう言うと、ガレシアは呆れ顔を浮かべた。


「100億とはまた大きく出たね……」

「この、南の洞窟っていうのは?」


 ガレシアの隣からノーウィンが尋ねると、少佐が机をとんとんとたたく。

 今度は手紙の横にこの辺りの地形が表示された。


 続けて机を長押しすると、浮かび上がっている地形の南北にそれぞれ赤丸が表示された。


「北にある丸がカルカラの街。そして南にある丸が指定された洞窟です」


 意外と距離がある。半日はかかるだろうか。


「誘拐されてから3日、手紙をよこして2日……現状は?」


 そう問うアクティーの表情は、普段のものでもなければ、女性を口説く時のものでもない。

 状況を整理し、指示を飛ばす、一大佐の顔だ。


「ひとまず劇団と相談して、彼女がさらわれたことに関して世間には伏せています。とはいえ、ポーリーヌさんは今回の公演のヒロイン。ファンも多いですから代役を立てるわけにもいかず、公演の無期延期という形をとったところ、あのようなことに……」


 一行はようやく劇場前があれほどの騒ぎになっていることを理解した。

 つまりこの誘拐事件が解決しないことには芝居は永遠に見れないということだ。


 そこで嫌な予感がしたのはラウダだけではなかったらしい。セルファもまた小さくため息をついていた。


 そんなことには気づかぬまま、少佐は話を進める。


「実を言うと、未だに相手が単独犯なのか複数犯なのかが判明していません。本来ならば洞窟へ何人かを偵察に向かわせるべきなのですが……」

「何か原因が?」


 数日経った今でも犯人像が分からない。この遅さはシルジオとしてはあってはなならないことだ。

 (いぶか)しむアクティーに、エルメリッヒ少佐は考え込むように目をつむった。


「恥ずかしながら人手不足が原因です……カルカラは普段治安が良いため、ここの支部にはあまり人員が割かれていません。その状態で劇場および劇団の保護を優先しているのですが、何せあの騒ぎですから……人を近づけないようにするだけでもいっぱいいっぱいで……」


 あれでは仕方がないだろうと、皆は憐みの目を向けていたが、その間もアクティーは厳しい顔をしていた。


「そんな理由で人質を放置している、と?」


 責められるのも無理はない。


 彼の言う通り、相手は人質を取っているのだ。脅迫状を無視して放置したとあっては、相手がどう出るか分からない。


 人質が殺されてしまう可能性だって十分にあり得るのだ。


「それともまさか金を用意する気で?」


 アクティーがさらに追及すると、彼女は申し訳なさそうにいいえと首を横に振った。やはり脅迫に応じる気はないようだ。


 金額が金額だというのもあるが、シルジオがそれほどの大金を渡したとなると各国からの信頼はだだ落ち、犯罪者からは味を占められ、今後もこう言った事件が起きやすくなるだろう。


「いえ、その……何と言いますか……もう一つ問題がありまして……」


 どうやら彼女が今回の事件をうまく指揮できない理由が他にもあるようだ。


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