19‐1
夜。
何事もなく下山できた一行は、カルカラ側のふもとにある宿に泊まっていた。
本来夕刻には到着できるはずだったのだが、途中に邪魔が入ったことと、体力の少ない者たちを気遣いながら下ってきたことが合わさり、予定より少し遅れて到着したのだ。
大混雑していた王都側の宿とは異なり、こちら側は一行の他に1組が宿泊しているだけだった。
一行は食事を済ませると、会話もそこそこに解散、早々に眠りにつくのであった。
そして翌朝。
下山で思いの外疲れていたラウダは、案の定ローヴの枕たたきで起こされた。
まだ眠そうなラウダをいつも以上に急かすローヴがどれほど観劇を楽しみにしているかが手に取るように分かる。
「天候良し! 忘れ物なし! 出発しんこーう!」
受付で支払いを済ませて宿の外に出るなり、ローヴが大きな声で元気よくそう言った。
「ふふ、ローヴさん元気ですね」
とても楽しそうにそう言うオルディナとは裏腹に、ラウダはやれやれとため息をついた。
「本当、芝居のこととなるとテンション高いんだから……」
それがしっかりと耳に届いたらしい。ローヴはぷくーっと頬を膨らませた。
「大体、前々から気になってたんだけど、どうしてそんなに芝居が好きなの?」
ラウダが呆れ顔で何気なくそう問うと、彼女はぐっと言葉に詰まった。
「そ、れは……」
その様子に怪訝な顔を浮かべると、ローヴは顔を真っ赤にした。
「な、なんでもいいでしょ! 好きなものは好きなんだから!」
そしてぷいっとそっぽを向くと、すっかり黙り込んでしまった。
「あーらら。女の子をいじめるのは感心しないなあ、ラウダ君」
何となく事情を察したアクティーがにやにやと笑っている。
それに対して、未だ事情を察せていないラウダはただため息をつくばかりであった。
* * *
道中、結局ローヴは何事もなかったかのように――ラウダ以外と――明るく話していた。
ふもとの宿から街まで距離はそれほどない。
予定通り午前中に街へと到着することができた一行を、“カルカラへようこそ!”と彫られた木製のアーチ状の門が出迎える。
茜の街カルカラ。王都に及ばずとも、まるで一大イベントでもあるのかと思えるほど人がごった返していた。
門をくぐったローヴは感嘆の声を上げながら、キョロキョロと辺りを見渡していた。
彼女が気にしているのは人の出入りではなく、この街のある特徴だった。
「この街の木、暖色ばっかり……?」
その言葉の通り、街にある木々はいずれも赤か黄、橙という暖色に染まっており、通常あるであろう緑色の木が一本もないのだ。
首を傾げるローヴに、オルディナがふふっと小さく笑いかけた。
「この大陸は高山で分断されていることもあって、東西で気候が少し異なるんです」
もちろんそれだけで分かるわけもなく。
ローヴは首を傾げたまま、オルディナの方を見やった。
「この西部は東部より気温が低いため、比較的涼やかで過ごしやすい気候となっています。なので動植物もそれに適するよう変化しているわけですね」
解説を聞いたローヴが甚く感心した声を上げる。
「オルディナって本当にいろんなこと知ってるんだね。すごいなあ」
褒められたオルディナは気恥ずかしそうに頬を染めた。
「そ、そんな、本で得た知識ばかりですし。今の話だって、実際にここへ来て見るのは初めてなんです」
そんなやり取りを見ていたラウダは何気なく気になったことをノーウィンに尋ねてみた。
「この街には他にも有名なものがあったりするの?」
尋ねられたノーウィンは、うーんと難しい顔をして悩むが、これといって思い当たるものはないらしい。首を横に振った。
「……メープルシロップ」
そこへ突然イブネスがぼそりと何事かを漏らした。
「え?」
「……暖色の木の中には甘い樹液が取れる種がある。……特にカルカラが保有、保護しているコガネカエデから取れる高濃度の樹液を煮詰めたメープルシロップは、王族も絶賛するほどのものだという……」
ノーウィンですら知らなかったカルカラ名物を、大したことではないという風に淡々と話す様に、一行は驚き、思わず沈黙してしまった。
「……ちなみに」
誰もが「あ、続くんだ」と思った中、彼は話を続ける。
「……主な効能は、シミ、シワなど肌の老化防止効果、ダイエット効果、育毛効果……他にも骨を丈夫にし、病の予防にも効くという……」
ラウダは一部の女性の目が光ったのを見逃さなかった。
「せっかくここまで来たんだし、それは食べなきゃダメだよね?」
「はい! 食べたいです!」
「肌の老化防止……」
ローヴとオルディナが嬉々として盛り上がっている隣で、ガレシアが何事かをぶつぶつとつぶやいていた。
見ればセルファまで真剣な顔をしている。よほど惹かれるものがあるのだろう。目が輝いている気がしないでもない。
「え、ええっと……ネヴィアもそういうのって興味あるの?」
「いや……」
1人、無反応な彼女に話題を振ってみるが、特に興味はないようだ。
「というよりも確かそれは」
ネヴィアの言いたいことを察したのか、イブネスがこくりとうなずいた。
「……ただし数万シャリネはする」
「え゛」
「……金を持っていても数時間並ばされる。……数時間並ばされても品切れになる」
それを聞いて、目を輝かせていた者たちが絶望的な表情を浮かべる。
「要は買えないんじゃあ……」
「なんで話したんだよ……」
思わずツッコむラウダとアクティーだが、イブネスは何事もなかったかのようにだんまりを決め込んだ。
ノーウィンは1人楽しそうに笑うと、とりあえず宿へ移動することを提案した。
いつまでも街の入り口に突っ立っていても仕方がない。
がくりと肩を落としたメンバーを何とかなだめすかしながら、一行は宿へと向かうのであった。