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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第18話 反響はどこまでも
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18‐4

「よーっしゃ! 決めた!」


 そこへ唐突にタアラが特別大きな声を上げた。

 両手に腰を当てると、父親のようににっと歯を見せて笑う。


「今後旅先で会うことがあったら、アンタらには特別価格で用立てたるわ!」

「珍しいな、お前がそんなことを言うなんて」


 楽しそうに提案した娘を見て、バルベッドは驚く。普段はそういうことをしないらしい。


「だってなんか面白そうな人らやし、今後何かしでかしてくれそうな気がするもん。これを逃す手はあらへんわ」


 どうやら彼女の中の商人魂がうずくらしい。

 タアラの瞳にもまた『やってやる』という強い意志のようなものが感じられた。


「あ、せやせや、マルにも特別対応したるわ」

「へ? 自分もッスか?」


 そこでまさか自分の名も呼ばれるとは思わず、マルコは目をしばたかせる。


「期待の大型新人なんやから何かと物入りやろ?」


 それは確かにその通りなのだが、どこか引っかかる言い方をされ、マルコはしょんぼりとなった。


「気を落とすことはないさ、マル」

「え?」


 そんな彼に声をかけたのはノーウィンだった。


「傭兵に限らず、みんな最初は必ず素人なんだ。そうだろう?」


 微笑みかける憧れの人に対し、思わずマルコは不安を打ち明けた。


「で、でも、ノーウィンさんにはまだまだ及ばなくて……」


 ノーウィンが首を横に振る。


「人には人のペースってものがある。だから憧れの人がいたとしても、それをむやみに追いかけることは得策じゃない、と俺は思うな」


 マルコの目にぱあっと輝きが戻ってくる。


「少なくとも今のマルは誰かを護衛することができる。今はそれでいいじゃないか」


 そして仕舞には目に涙を浮かべ潤ませていた。


「まあ、そんな風に説教する義理はないんだけどさ。なんかごめんな」


 そこまで話して、ノーウィンは照れ臭そうに頭をかいた。

 マルコはぶんぶんと首を横に振り、涙をごしごしと拭うと、再度ノーウィンのことを力強く見つめた。


「そんなことないッス! その言葉とっても身に染みたッス!」


 それから満面の笑みを浮かべる。


「やっぱりノーウィンさんは、自分の憧れッス!」


 相変わらずそんな風に言われなれないノーウィンは照れ臭そうに今度は頬をかいた。


「ま、そういうわけだ。お前も世界一を目指すなら飛ばしすぎるなよ」


 そう言ってポンポンとタアラの頭をたたいたのは、バルベッドだ。


「えー? なんでウチ?」


 唐突に注意され、むすっとした表情を返したが、言い聞かせるように無言のままじいっと見つめる父親に、娘は渋々返事をした。

 その後も話は――特に山道の魔物討伐の件で――盛り上がり、皆でそろって夕食を楽しむことになるのだった。


 *     *     *


 翌朝。


 タートの村、カルガラ方面の山道前に一行と商人親子、期待の大型新人傭兵ことマルコがそろっていた。

 商人親子とマルコは見送りだ。


 親子は3、4日ほどこの村に、マルコはその護衛として同じく滞在する予定だそうだ。

 目的は以前イブネスが言っていた、タート特産の美容食品だ。



「でも、食品ってどうやって運ぶの? 乾燥させたり、缶に保存するわけじゃないよね?」


 昨日の夕食の場で、ふと、ローヴが気になったことを聞いてみたところ、タアラが鼻高々に教えてくれた。


「実はな、こういうのがあんねん」


 そう言って取り出したのは少し太めの銀色のボトルだった。


「簡単に言えば魔法がかかった瓶やね。二重構造になってて、熱い液体は冷めないように、冷たい液体は温まらないように、魔法で自動的に調整されんねん」


 そんなものがあるのかと驚く一行。ほとんど知られていないものなのか、アクティーは興味深そうにしげしげと眺め、オルディナにいたっては口がぽかんと空いている。


 その反応が面白かったのか、タアラは次に何やら四角く平らに折りたたまれたものを取り出した。

 一行が(いぶか)しげにそれを見つめる中、タアラはそれを広げるようにバサッと振った。

 すると、折りたたまれていたものは肩から斜めにさげられるような作りの直方体のバッグになった。


「これは生ものを冷やしながら持ち歩けるバッグやね。魚でも肉でも野菜でも、冷凍してまうからいつでもどこでも鮮度抜群! ってね」


 ただしいずれも温度の調整は自力ではできず、かなり極端な使い方しかできないのがネックだそうだ。


「そんな魔法があるんですね……知らなかった」


 まるで目玉商品を紹介されたかのように、目を丸くしてその話に聞きいっていたローヴに、タアラは楽しそうに笑った。


「知らんでも無理ないで。これ魔法やなくて“魔術”の類やもん」

「魔術?」


 魔法ではなく魔術。

 聞き覚えのない単語に、ラウダとローヴは首を傾げた。


「……魔術というのは魔法大国マルメリアで進められている技術のことだ」


 それに答えたのは、イブネスだった。彼も魔法を使うだけあって、魔術については知っているらしい。


「通常、魔法は自身が持つマナの力を何らかの方法で形にすることで使用することができます。それはご存じですよね?」


 彼に続くようにオルディナがそう問いかけると、ローヴはこくりとうなずいた。


「うん。それで使った分は空気中にあるマナから体内に吸収して回復するんだよね」


 この話は以前、師匠ことビシャスに聞いた内容だ。


「では仮にそれを“自然な方法”としましょう。魔術というのはその“自然な方法”とは逆……つまり“人工的な方法”ということになります」


 思わずラウダとローヴは顔を見合わせた。


「人工的ってことは、ええと……」


 人工的。つまり先ほどオルディナがたとえた“自然な方法”に人が手を加えたもの、あるいは人の手で“自然な方法”と同じ現象を起こす、ということだろう。

 それは分かるのだが、肝心なのは何故そんなことをする必要があるのか、だ。


 2人の疑問にオルディナは素早く気づいたようだ。話を続ける。


「確かに魔法を使うのに“人工的”である必要はありません。ですが……人間にはどうしても、個体差というものが存在するんです」


 そう言うオルディナは少し悲しそうな表情を浮かべた。

 事実、一行の中には魔法を使わずに戦う者たちがいる。


 ラウダはふと、以前ノーウィンが『セルファには才能があるが、自分にはない』という風に話していたことを思い出す。

 皆が皆、魔法に恵まれているわけではないということだ。


「そんな個体差を埋める――つまり誰でも時間をかけることなく、自在に魔法を使えるようになる……それを目指して3年ほど前から始まったのが“魔術化プロジェクト”です」


 誰でも魔法を自在に扱えるようになる。その言葉にローヴが目を輝かせた。

 オルディナは笑顔を浮かべると、さらに話を続ける。


「実はそれ以外にも、人々の暮らしが楽になる方法も考えられているんですよ。たとえばボタン1つでイグニスが使えるようになったら、料理人の方は困りませんよね。他にもウェントを使って木を切ったり」


 そんなことができるようになれば、きっと誰もが幸せになれるだろう。

 リジャンナにはない魔法による恩恵がこの世界に広がる。ローヴはそれを素敵なことだと思った。


「……だが反対する者も多い」


 イブネスの意見を聞くまでは。


「え……反対、ですか?」


 驚いた顔をイブネスに向けるが、彼は目を閉じ、何事かを思案しているようだった。


「……誰でも魔法が使えるようになるということは、多くの人間が強力な力を手にすることになる……そしてそうした武力はやがて戦へと発展しかねない……」

「あとは伝統がなくなるって意見もあるな。先祖代々継がれてきた手法や口伝とかな」


 机に肘をつき、フォークをいじるアクティーがイブネスの話を補足する。


「そう、なんですか」


 何故反対などするのかと思ったが、話を聞けば反対意見にも共感を得られた。


 しょんぼりするローヴに、オルディナが少し寂しそうに微笑みかけた。

 彼女もまた同じように魔術を素敵なものだと考えていたが、反対意見を聞いて思うところがあったらしい。


 そんな中、いつの間にかボトルとバッグを片付けていたタアラが、ほーん、と声を上げた。


「詳しいんやねえ」


 まるで教師のような見事な解説に目をキラキラさせる彼女に、オルディナは小さく笑いかけた。


「マルメリアには何度か行ったことがありますし、実際に魔術に着手している知人もいるんです」

「ほお、奇遇だな。俺もちょっとばかしコネがあってね。さっきの商売道具に関しては、ある人から今後普及できるかどうか、試験的に借りてるんだ」


 同じくオルディナの説明に聞き入っていたバルベッドが意外そうに声を上げた。


「みんないろいろ思うとこあるやろけど、少なくともウチもウチのお得意さんも喜んでんで。こういうちょっとした形なら魔術があってもええと思うんやけどなあ」


 歯を見せて笑うタアラに、ローヴもつられて小さく笑った。

 そして直後、タアラはじとっとした目をマルコに向けた。


「で? ちゃあんとオルちゃん先生の話聞いてたん、マル?」


 急に話しかけられてびくっとなったマルコは、食べていたスパゲティでむせた。

 そして慌てて水を飲むと、こくこくとうなずいた。


「き、聞いてゲホッ、聞いでだッズ……」


 情けない声で返事をすると、垂れてきた鼻水をずびびっと吸った。

 その有様を見て、一行は大笑いするのだった。



 そして今。


 お別れだというのに、それぞれ不思議とあまり寂しくはなかった。


「ほんなら、みんな気ぃつけてな!」

「またどこかで会ったらよろしくな」


 商人親子がそう言って手を振る。


「ノーウィンさん! 自分、次に会うときはもっと強くなってるようにするッス!」

「ああ、自分のペースで、な」

「はいッス!」


 晴れ晴れしい笑顔で、ノーウィンと約束を交わすマルコ。


「3人ともお元気で!」


 それぞれ簡単に別れの挨拶をすると、一行は後ろを振り返ることなく、山道へと足を踏み入れるのだった。

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