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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第3話 手のひらは太陽へ
10/196

3‐2

「セルファのやつ、お前が気に入ったらしくってさ」


 そう言われると普通は喜ぶべきなのだろうが、何故かあまり嬉しい気分にはなれなかった。

 それもそのはず。今彼らが向かっているのは、昨日ラウダがノーウィンと出会った遺跡。

 エメラという名のついたそこには、最近ベギンの住民を困らせているゴブリンの住処があるらしい。

 要はその“ゴブリン退治”を手伝ってくれとのこと。


「それで僕に剣を……」


 ようやく合点が行ったラウダは、ため息交じりにつぶやいた。

 その腰には今朝ノーウィンから貰った剣を収めた鞘をはいている。


「はは、悪いな」

「それにしても……魔物の住処ってやっぱり魔物だらけなんですか?」


 呆れるラウダと陽気に笑うノーウィンの後ろに続いて、セルファと歩いていたローヴが尋ねる。


「まあ……そうだな。でも、ゴブリンなんて魔物の中でも雑魚の部類だし、すぐ終わるはずだ。それにこれがうまくいったら報酬がもらえる」


 彼ら2人は依頼を受け、その報酬で旅をしていると聞いた。

 だがラウダにはそんなシステムもまた未知の存在であった。


「ローヴは待っとけば良かったのに」


 自分と同じく、彼女の腰に携えられた鞘を見ながら言った。

 その言葉にむっとした表情で答える。


「ボクだってお世話になったのに、待ってるなんて嫌だよ」


 今朝彼らから魔物退治の話を受けた後、突然一緒に行くと言い出したのだ。

 彼女は魔物の存在を今朝、聞いて初めて知ったのだ。

 その脅威が如何ほどのものか知らないのはおろか、戦う術も持っていない。

 そのことを踏まえて、待っているべきだと言ったのだが、結局いつも通り根負け。

 ノーウィンが追加で、彼女用に武器を買ったのだ。


「まあ、いざとなったら俺が出るから大丈夫さ」


 ノーウィンはそう言うものの、やはり不安なところはある。

 今更どうしようもないのだけれど。


「ここだな」


 ノーウィンの言葉で3人は歩みを止めた。

 ラウダが彼に出会った遺跡の入り口。

 それを守るように鷲と、剣を失った獅子の像が静かにたたずんでいる。


 昨日はセルファと合流するのに往復したため、結構な時間がかかってしまったが、今回は目的地が定まっているだけあってすんなりと短い時間で来ることができた。


「街の人の話では、先月からこの森一帯にゴブリンが多く現れるようになったそうだ」


 ノーウィンは3人の顔を見渡しながら、依頼内容を話し出す。


「おかげで商売の一部に支障が出てきて、このままじゃ街にも被害が及ぶと考えた住民は、独自にゴブリンの出所、及び住処を調査」

「それがあの遺跡?」


 ラウダがちらりとそれを見やる。

 ぽっかりと開いた入り口から空気が渦巻くような音がする。


「ああ。けど住処を突き止めたところで相手は魔物。戦うことのできない住民たちはゴブリン退治をしてくれる人間を募集した。そこで俺たち傭兵の出番ってわけだ」

「傭兵……お金で雇われて仕事をする人たちのこと……でしたよね」


 ローヴが確認する。今朝ノーウィンから聞いたことだ。


「ああ。金さえ出してくれるなら何でもやる。それが仕事だからな」


 そしてその工程で避けられないのが、魔物との戦闘。


「……入るわよ」


 そう言うなり、先頭を切ってセルファが遺跡の中へと歩き始めた。


「いくら雑魚とはいえ、ここからは敵地だからな。気を引き締めて行こう」


 ノーウィンも彼女に続いて歩き始める。ラウダもそれに続こうとして、ふと後ろを振り返った。


「ローヴ?」


 後ろに立つローヴは、腰の鞘を握り締め遺跡をじっと見つめていた。

 その体が小さく震えているように見えた。


「……やっぱり待ってた方が」


 心配して声をかけるも、その言葉に彼女は軽く首を横に振る。


「いいんだ。全然怖くないし。それに――」


 何かを言いかけたようだったが、ラウダが聞き返すより先に


「なんでもない。ボクたちも行こう」


 と言い、にこりと笑うと彼女もまた歩き始めた。

 表情は固かった。

 その後ろ姿を見つめるラウダの心は、不安でいっぱいだった。

 それもそのはず。結局この世界のことは何も聞けずじまいだったのだ。


 しかし何故かは分からないが、それとは対照的な、不思議な感覚が湧き上がってくることにラウダは不安を感じずにはいられなかった。

 そんな彼の名を、中に入りかけたノーウィンが呼んでいた。


 *     *     *


 遺跡内部はお世辞にも綺麗とは言えないような雰囲気と臭気を漂わせていた。

 おまけにほとんど陽の光が入らず薄暗い。

 しかし石造りのそれは、非常に立派で荘厳なイメージを醸し出していた。

 それが逆に恐怖感を煽る。


 ほとんど一本道で迷うようなこともない。

 彼らはずんずんと奥へと歩みを進めていく。

 しかしあちこちにある柱で影ができているため、いつ何が飛び出してきてもおかしくはない。


「いかにもな雰囲気だね……」


 そんな様子にローヴが思わず言葉を漏らした。


 彼女の言葉通り“いかにも”何かがいる雰囲気だった。


 そんな彼女の右手には、鞘から抜かれた剣が握られている。

 武器屋曰く、か弱い少年にも片手で振れるほど軽い剣だそうだ。

 ちなみにこの言葉はローヴに向けて言った皮肉だ。

 性別を間違われるのはいつものことなので彼女は大して気にも留めていなかったが。


「思っていた以上に数が多いな……行けるか、セルファ?」


 ノーウィンが辺りを警戒しながら問いかける。その表情は厳しい。

 その問いに、少女は答えなかった。

 だが彼女もまた厳しい表情をし、ダガーを持つ手に力を込める。

 低姿勢で構える姿は、獲物を狩らんとする獣を彷彿とさせた。


 その時ふと、ラウダはあることに気づいた。


 ダガーを握ったセルファの左手がぼんやりと黄の光を放っている。

 何故かそんな風に見えたのだ。


 そんなことを考えていると、空を切る音と同時に、彼の目の前に鋭く光るダガーが振り下ろされた。

 それに驚き、思わずぐっと息を飲む。

 顔を動かさず目だけでその方向を見ると、セルファが厳しい表情で見ていた。

 しかし、見ている先はラウダではなく、先程までと変わらず遺跡内部である。


「……ぼんやりしないで」


 厳しい口調でそれだけ言うと、彼女はダガーをラウダの前から離した。

 一方のラウダは何も言えぬまま、剣を握り直した。


「来るぞ!」


 何かを察知したノーウィンが槍を構え直した。

 その言葉にラウダとローヴも剣に一層強く力を込め、辺りを見回した。


 昨日から思っていたことだけど、彼らはどうやって敵を察知しているんだろう。


 つい先程セルファに忠告されたにも関わらず、そんなことをぼんやり考えていると、ノーウィンの言ったとおり、四方八方から醜い豚のような姿の、ゴブリンが現れた。


「こ、これが……魔物……?」


 ローヴはぎょっとしたような表情でつぶやいた。


 彼女の戸惑いに構うことなく、セルファは俊敏な動きで、両手のダガーで敵に切りかかる。

 ノーウィンは力強く槍を振り回し、敵を一掃する。

 そんな2人に敵はすっかり戸惑ってしまっている。


「すごい……」


 感心などしている場合ではないのだが、彼らがゴブリンは雑魚でしかないと言っていたことがよく分かった気がした。その動きにむしろ敵がかわいそうになってくる。


 そうこうしているうちにラウダとローヴの元にもわらわらとゴブリンが群がってくる。

 へらへらと笑いながら、ナイフを振り回すその姿は滑稽で、醜悪。


「はあっ!」


 勢いのあるかけ声と共に、ラウダは剣を振り下ろした。そして驚く。


「すごい……昨日の剣と全然違う……」


 昨日使っていたのは装飾用なので当然といえば当然なのだが、しかしその切れ味はとても鋭く、軽やかだった。

 斬られた相手は倒れ、そのまま動かなくなった。


 赤黒い血がじわりじわりと辺りに広がる。

 だが魔物はいちいちそんなことを気にしないらしい。

 倒れた仲間を平気で踏みつけ、敵を殺そうと容赦なく襲ってくる。


 笑いながら襲い来る魔物。笑ったまま倒れる死骸。

 その様子にローヴは思わず顔をしかめた。


 いくら相手が邪悪な魔物でも、その命を奪うことに他ならない。

 何かを斬るということにはやはり、抵抗があった。


 そんな彼女に気づいているのかいないのか、2人は平然と、襲い来るゴブリンたちを次々と倒していた。

 ラウダもまた彼ら同様、必死に戦っていた。

 その中で1人。彼女は剣を振ることなく、疑問を抱いていた。


 *     *     *


 再び静寂。


 辺りには赤黒い染みが広がっていた。それから二度と動かぬ肉塊と。


「何とか……終わったのかな……」


 その光景と臭いに顔をしかめながらラウダが言った。


「みたいだな。全員無事で何よりだ」


 先程までの厳しいものとは一変して、安堵の表情を浮かべ、ノーウィンがそれに答えた。


「ローヴ……大丈夫? あんまり顔色良くないよ……?」


 液体の付着した剣を軽く振り、鞘に収めると同時に、ラウダは隣に立っているローヴの顔をのぞき込んだ。

 彼女は目をつむりうつむくと


「大丈夫」


 とだけ答えた。

 やはりショックが強すぎたのだろう。顔色が少し青ざめているように見える。


「早いところこんな所から出て、ゆっくり休もう。な?」


 そんなローヴを心配してノーウィンが明るく励ますように言った。


「……まだ」


 街に戻ろうムードが漂う中、水を差すようにセルファがつぶやいた。

 3人とも彼女の方を向いた。

 そこには、遺跡のさらに奥を見つめるセルファの厳しい表情があった。


「まだ……ってお前……」

「……このまま帰ったら意味がない……また人が襲われるわ」


 ノーウィンの驚きの声を、彼女のつぶやくような、ささやくような声が止めた。


「どういうこと?」

「……どうやらこれだけ倒しても、根本的な解決をしないと意味がないらしいな」


 ラウダの問いにノーウィンが肩をすくめながら答えた。

 今度は彼にも気配を感じられないらしい。


「根本的って……」

「……この奥に……もっと強いやつがいる」


 どうやら根本的な解決をしないと街の人がまた襲われるうえ、セルファの表情が緩むこともないようだ。


「セルファの言うことだからな。疑いはしないが……」


 そこまで言うとノーウィンはラウダとローヴの方を見やった。


「2人は外で待ってた方が……」

「行くわよ」


 珍しくきっぱりとそう言うと、彼女は両手にダガーを携え、すたすたと歩いて行ってしまった。

 ノーウィンはそんなセルファの様子に首を傾げながらも、再度槍を構えた。

 一方のラウダとローヴは彼女の行動ではなく、初めてはっきりと言葉を発したことに驚いていた。


「とりあえず行くけど……大丈夫そうか?」


 困ったような表情でノーウィンは2人を見る。

 よく分からないまま、とにかくうなずくことしかできなかった。

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