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ブレイク・バンド

ブレイク・バンド

作者: 雪割草


三曲目!   期末テストとバカ4人



 あだ名騒ぎの一週間後、あれ以来授業をまじめに受けるようになった俺と姫乃はそれぞれの実技がうまくいってることもあってか教師陣からもだいぶ暖かい目で見られるようになった。

 だが、運命ってーの? 宿命というのは残酷なまでにたたみかけるようにやってきた。

「来週は期末テストだ」

「「はぁ!?」」

 意外なことに、この重大ニュースに大声をあげたのは2人だけだった。他のクラスメートは「ん、どしたの?」という顔をしている。

「……お前ら……」

 長谷部も予期してない反応に鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。アミは机に突っ伏して呻き、姫乃は頬杖をついて窓の外を眺めている。

 そう、俺とマサだけが椅子から飛び上がって驚きを体全体で表現していた。



「なんで全く、全然、1ミリも、微塵も知らなかったのよ!!」

 休み時間、毎度変わらず俺の机。俺とマサはやってきた姫乃と怒髪天のアミに説教をくらっていた。

「特にマサ! あんたはあたしからテストがある事を教えたじゃない! それで、皇士にも伝えるって約束したでしょ!」

「…………………………あ」

「忘れてたなぁ!?」

「ごばぁぁぁぁ!!」

 宙を舞う俺の親友。ま、いつも通りだから放っておこう。

「じゃ、勉強教えてくれ」

「皇士も反省しろぉ!!」

「べばぁぁぁぁ!?」

 床に死屍(しし)累々(るいるい)のごとく重なり合う俺とマサ。死人に口なしとはよく言ったもので、軽口の一つも言えやしない。そんな弱体化した俺らに怒れるアミさんの説教はなお続く。

「なんで忘れてるのよ。そしたらもっと早く対策できたのに! 今からじゃ間に合うかわからないわよ! だからマサには一カ月も前から言っといたのに……!」

 あれ? 俺らっていうか、完全にマサを狙い撃ちしたかのような……まさか……



(うぅ~! 本当はマサをダシにして皇士と一緒に勉強したかったのに~! マサのバカバカバカバカ!)

 仁王立ちして床に突っ伏す男子2人を見下ろしながら、アミは顔面を紅潮させて思案していた。彼女の計画はかなりいいところまでいっていた。まず皇士は最近、授業を真剣に取り組み始めた。今度のテストはスクエアコンテスト出場には欠かせない大事なアピールポイントと言っても過言ではない。それなら、同じバンドメンバーという名目で一緒に勉強することも全然可能だ。皇士は頭もいいし、教え、教えられるという理想的な勉強風景を作りだすことも可能……なはずだった。

(でも、露骨に皇士と一緒に勉強したい感じを出すと気づかれちゃうと思って、マサをダシ……じゃなかった伝言役として起用したのに……! 一週間っていう短期間じゃ皇士はすっごく真面目に勉強に取り組んであたしと一緒に勉強してくれるわけないし……)

 それに、と彼女は目の前の女子に視線をこっそり向ける。

(家に帰ったら姫乃や司さんがいるからな~。学校でやるのも恥ずかしいのよね……。でも、それであたしから「学校で勉強しよう」なんて言えないわよ。あぁ、どうしよう!?)

 なんだか自己問答で泥沼にはまっているアミであった。



「なぁ、姫乃」

「はぁ?」

 床に転がる兄からの言葉に、虫をも殺しそうな視線を向けてくる妹。まぁ、これぐらいを堪えられないようなら全国のお兄ちゃんはとうの昔に絶滅していることだろう。

 俺は声のトーンを姫乃だけに聞こえるぐらいに落として続けた。

「アミのことなんだけどよ」

「…………なに?」

「その、ま、マサのことが好きなのか?」

「……………………」

 あそこまで非難するってことは、いわゆる感情の裏返しだと思うわけだ。嫌よ嫌よも好きの内、小学生男子がよくとる行動ランキング第一位『好きな子には意地悪しちゃうっ!』ってやつだ。ちなみに、これを女子がやる時は「バーカ! バーカ!」という台詞が付加された場合にのみ、ツンデレというニュージャンルへと進化を遂げる!

「……………………馬に蹴られて死んでしまえ」

辛辣(しんらつ)だな!?」

 俺の勘がいけなかったのか? それとも持論がアウトロー過ぎたのだろうか?

「昔の人が『馬には乗ってみよ、人には添うてみよ』と言ったけど……まぁ、あんたは十五年一緒にいてもわからないぐらい愚鈍だし、当然か」

 な、なんだ? 姫乃のくせに難しい言葉使いやがって。むぅ……意味がわからん。

「勘が外れてるのよ。もっとも、あんたは頭のネジも外れてるけどね」

「最後のは理解できたぞ!? バカにしてるだろ!?」

大体、なんでお前はそんなに余裕なんだ? お前も授業に出てないんだぞ。俺より危機的状況のはずだろうが。

「あたしはアミに何回も学校のプリント貰ってるから授業にはついていけてるのよ」

「さいですか……」

 まぁ、かくいう俺も一週間あればなんとか遅れを取り戻すぐらいはできるだろう。忘れられてるかもしれないが、俺は本気を出せば全科目満点だって不可能ではない。だが、ほいほいと簡単に出るものではない。頭のいい人間はいつだって頭がいいという通説は全くもって嘘だと俺は思う。貯金は減るものだ。何もしないで頭が良くなることなんてありえない。日々の精進が実を結ぶのだ。

「それ、あんたには言われたくないわ」

「姫乃も同じようなもんだろうが」

「…………」

 なんだ、反抗しないのか。

 とまぁ、ここまで話せば察しのいい方はお気づきだろう。

 問題は俺ではない。そう、あのバカだ。



「という訳で今から『マサくんの為の特別講座』を開始したいと思いまーす」

 放課後、誰もいなくなった教室で、俺とマサとアミと姫乃は普段は離れてる席を黒板前に集合させ、横一列で並ばせた。窓側からアミ、俺、マサ、姫乃って感じだ。要するに要注意人物を中心に持っていってる……のだが、

「納得いかねー!」

 文句をブーたれているのが約一名。

「仕方ないでしょ。この4人の中じゃ、マサが一番赤点とる可能性が高いんだから!」

 アミが説得するが、マサも食い下がる。

「だからって、皇士を含めた3人で俺に集中講義ってのは納得がいかないぞ! 納得のいく理由をよこせ!」

「「「バカだから」」」

「おふう!」

 言葉のストライク。マサの心残りを完膚なきまでに吹き飛ばしてやりました。さぁ、頑張って行こう!


「という訳で、まずはあたしからね!」

 一番最初に教壇に立ったのはアミだった。

 担当する科目は数学である。

「あ、これは俺も聞いておかねーと」

「へ!?」

「俺、何気に数学苦手なんだよ」

「そ、そそそそそうなんだ……」

 ん? 俺がノートを取り出すと、急にアミが顔を真っ赤にし始めた。おいおい、教壇に立つのが初めてだからって緊張するなよ。

「き、緊張なんてしてないさよ!」

「サヨ?」

「してないわよ! 殴るわよ!?」

「………………」

力技じゃねーか

 かくして同級生、というかバンド仲間による授業が始まった。

 まぁ、この学校は音楽専門なので音楽系の科目が非常に多いが、かといって普通の高校科目を全くやらないわけではない。履修科目ってやつは一時期問題になったらしいからな。

 などと話している間にもアミの講義は続く。

 最初はとちったり噛んだりしたアミだったが(途中、何回か俺のほうを見たのはなぜだろう?)、後半ではばっちりと先生役を徹底することができて彼女のリーダー性を感じた。

「お前さ、教師とか向いてるよな」

「へ!?」

「いや、こんなに教えるのうまいんだから音楽の先生とかもできそうだよな」

「な、ななな何言ってるのよ! あたし達はプロのミュージシャンになるんでしょ! そんなのいいのよ!」

「あーそうか。まぁ、美人教師ってのも悪くなさそうだよな」

「びびび美人!?」

 早乙女先生みたいじゃん。

「皇士! 今何て言った!?」

 へ? もしかして感じ悪かったかな。やっぱりアミもプロになる事目指してるわけだから今の発言は仲間として絶対言っちゃいけない言葉だったのかもな。

「す、すまん。軽はずみだったな」

「軽いっ!? 私は軽い女なの!?」(もしかして八方美人って意味だったの!?)

「? まぁ、見た感じ軽そうだろ?」(体重が)

「皇士のバカー!! あたしは一筋なんだからねぇぇ!!」

 なんか涙目になったアミは一目散に教室から飛び出して行った。え、ちょ、なんで……

「あんたさぁ、一回ぐらい死んでフジツボにでもなったほうがいいよ」

 姫乃がジト目で俺を睨みつけ、立ち上がるとアミを追うように教室のドアへと向かった。そして出る直前に振りかえって人差し指を立てた。

「貸し、1つだから」

 それだけ言って出ていきやがった。なんなんだ? 俺が何した?

「よしっ! 終わったぁ!! ってあれ? 他のやつは?」

 なんか無駄に集中していたマサは顔をあげてアミと姫乃がいないことに首を傾げ俺に説明を求めてきた。いや、俺もわからないんだが……。

「そうかー。まぁ、十中八九お前が悪いんだろうけどな」

 ムカつく。まぁ、今回は俺もそんな気がするよ。

 というわけで先生交代。


 二番目は俺。ま、教えるというか俺の復習ついでにマサに説明するという感じ。教科は古文。勉強は説明できるぐらいになれば完璧ということを聞いたことがある。まぁ、確かに相手にうまく伝えるためにはそれなりの工夫をしなくちゃいけないし、それ以前に自分自身が十二分に理解してないといけないわけだ。特にマサには3倍して三十六分ぐらい理解してないとしっかりと説明できなさそうだ……。

「だからよ、俺は思うわけだ」

 いきなりマサの持論。聞いてねーよ。お前は俺の説明を聞け。

「いやいや、それは後でな」

 それが教わる人間の態度か。

「あのな、古文って恋愛ものが多いよな?」

「まぁ、そういう作品が基本だな」

「だけどな、ああいう作品の恋愛ってのはちょっと突拍子がないって感じがするんだよ。フラれたからいきなり尼さんになるとか」

「それは分かるな。やることが大げさっていうのは感じるかも」

「だろ?」

「でもな、それは当時の価値観だってあるし、そういう風にした方が作品らしさがでるからじゃないか? それに、現代の現実の恋愛の方が古文より過激なことやってる気がするぞ」

「おー、それもそうだ。まぁ、俺と涼子ちゃんはそんなことにはならないけどな!」

「……………………」

お前、実はそれが言いたかったと違うか?

 などという会話も挟みながら古文の講義は終了。と、同時にアミと姫乃が帰ってきた。

 あちゃー、姫乃は未だにご立腹だし、アミは顔が真っ赤だ。こりゃアミもまだ怒ってるんだろうな。

 俺はアミの元まで行くと、なぜかアミは姫乃の後ろに隠れた。

「?」

「あ、あのね皇士。あの誤解は姫乃の説明で、と、解けたから……」

「誤解?」

 首を傾げる俺に姫乃が一言。

「そういう事にしときなさい」

 まぁ、こいつがどんな風にいったかは……大体想像がつくけど、まぁ、誤解とか何とかでうまくはぐらかしてくれたんだろう。ならば俺も乗っかっておこう。

「そ、そうなんだ! いやー、誤解が解けて良かった!」

「う、うん……」

 …………あれ?

 なんだ? アミがすっごくしおらしい。いや、そんなことより、

今めっさ可愛くないか!?

 姫乃のうしろで隠れて顔をちょこんと出すアミはまるで小動物のようで、顔を紅潮させ目を軽く潤ませてるあたりがなんとも言い難い。なんて言うんだろうなー。『守ってあげたくなっちゃう!』みたいな感じ。

 あ、そうか。いつもリーダーとして俺らを引っ張るアミ。俺や姫乃とは違う自信に満ち溢れたやつが、こう、崩れたようにぴょこぴょことする姿は……

「ギャップ萌え!!」

「えっ!」

「ギャップ萌え!!」

 指さし確認。これがギャップ萌えだ。よしよし。早乙女先生とは違うパターンの萌えを確認し……ぐふぅ!

 み、鳩尾に手刀が刺さってる。その犯人は……

「キモッ。土に還れば?」

 姫乃ぉ! ……と、本来なら叫んでるところだが、アミのことで貸しがあるから今だけは文句が言えない。でも、なんかこの前の早乙女先生のときよりも威力が強めなんですけど……?


 そして三番目の講師は姫乃。

 まぁ、これについてはあんまり言いたくない。だって、

「だから、こんぐらい分かりなさいよ! どんくさいわね!」

「いや! 姫乃の説明わかりにくいから! アミと皇士のより全然わかりにくいから!」

 俺とアミが自習している横で、姫乃にマンツーマンの講義を受けるマサは姫乃の授業方針に激しく抵抗した。姫乃さんがそんなんを許さないのは百も承知です。

「だから、なんでわかんないのよ! まずはそこを教えなさい!」

「しいて言うなら姫乃の説明がわかりませんっ!」

「なっ!?」

「『ここは見ればわかるでしょ!』とか『この問題は有名よね』とか言ってる時点でついてけませんです!」

 ……そりゃ、そうだよな。

 姫乃が教えているのは英語。我が校の英語は少し面白い趣向があって、洋楽から問題が出題されることが多い。授業中も先生が流行りの曲を持ってきたり、生徒からのリクエストを聞いて流したりすることもある。まぁ、当然勉強なのでその後はその歌詞の英文から文法や意味を考えるという授業が行われる。それでも、俺はこの授業が音楽以外の科目では一番好きだったりする。

姫乃が『見ればわかる』とか『問題が有名』と言っているのは、その使われている洋楽が有名と言う事だ。まぁ、それは歌詞を日本語で暗記するほど洋楽が好きな奴だけであって、あんまり洋楽を聞かず、英語がだめだめな奴にとっては、普段と何にも変わらない英文にしか見えないだろう。

まぁ、言ってしまえば姫乃さんが言ってるのは『Don’t think feel!』って訳です。

そんなのをマサが理解するわけもなく

「もうー無理だ! 講師の変更を希望します!」

「な、なによ!! あんた、教わってる講師にそんな態度でいいの!? あーあー、せっかくあたしのノートを見せてあげようかと思ったのになぁー!」

「嘘つけ! お前授業に来てないからノートなんてとってないだろ!」

「ちっ。……今日はこれで終わり!」

 しかたなく姫乃がそう言うとマサの顔が一気にほころんだ。そんなに辛かったのか、あいつの講義……

「でも、その代わり……」

 姫乃が手元の紙をマサに渡す。受け取ったマサは二つ折りになった紙を開いて、中を覗くと…………ん? なんかマサの色素がどんどん薄くなって見えるぞ?

「ひ、ひひひ姫乃さん。これは来週までに全部、ですか?」

「なに言ってんのよ。明日までよ」

「あすた!?」

 あ、噛んだ。本人は「明日」って言いたかったんだろうな。一体何を見せられたんだ?

 俺とアミはマサの背後に回って、あいつが持ってる紙を覗いて……はぁ……。

「姫乃」

「何よ?」

「一応、聞いとくぞ。なんだこれ?」

 俺の質問に姫乃は顔を輝かせた。

「あたしが試験に出るであろうと考える洋楽の曲のリストよ!」

「なんで授業に出てないお前がヤマを張れるんだ?」

「全知全能なあたしには一般人が考えるようなことは簡単に読めるのよ」

 それが出来たらお前は占星術師にでもなればいい。でもな。

「確かにこれはヤマが当たると思うぞ」

「でしょ?」

「ああ、さすがに三〇〇曲もリストアップされてれば一曲ぐらいは試験に出るだろうよ」

 俺の会心の指摘に姫乃は目を丸くするどころか、満足げに腕を組みやがった。

「何言ってんのよ。5曲は当ててみせるわ」

「ばら撒きじゃねーか!! しかも三〇〇分の五って相当確率悪くないか!?」

「何言ってんの? あたしじゃなかったら一曲しか当ててないわよ」

「授業出てるやつなら、もっと精度の高いヤマを張るわ!」

 しかも明日までに覚えて来いって、どんな無茶ぶりだ!

「これを試験当日まで毎日やれば、合計で三十五曲分の点数は取れるわ」

「その為に二一〇〇曲覚えることになりますけど!? というか、試験は洋楽だけじゃなくて普通に教科書から出たりするんだぞ!」

「………………え」

「え? ちょっと、姫乃。なんでそこで黙る?」

「狂歌……書…………?」

「おい、またさりげなく字を変えるな。いや、おい。お前もしかして……」

「ま、ままっままぁ、あたしにかかれば教科書がなくても問題ないわ」

「姫乃。あたし先生から聞いたけど、今回は曲の英文より、教科書の文法が多く出るらしいわよ?」

「マジで!?」

 ごまかすの止めた!?

「どうしよう……あたし基本、曲の英文で覚えてるから教科書の文法は全くと言っていいほど目を通してないかも」

「マジでか……」

 危険人物はマサだけだと思ってたのに、こんな所でもう一人発生するとはな……。

 いや、この際これは幸運だったぐらいに思っておこう。

「幸運?」

「今の内に気づけたからだ。姫乃は家で俺と勉強だな」

「は、はぁ!? なんでそうなるのよ!!」

「いや、さすがにもうこんな時間だし校内で勉強するのは止めようと思うんだが?」

 窓の外を見ると夕日がだいぶ地面近くに落ちているのが見える。夏前の日がやや長い季節、実際の時間は下校時刻に迫っていることだろう。

「あ、そう、ね。でも、あんたと勉強なんてまっぴらよ。気持ち悪い。自分の部屋で勉強するわ」

「そうは言ってもお前は教科書を全く目を通してないんだろ? 文法だって誰かしらの説明がないと分からんだろ?」

「バカにしないでよ。あんなもん見れば一発よ」

「そんな危機一髪で通るかどうかわからない危険な状態で試験は受けさせねー。ちゃんと万全の状態で試験をクリアするぞ」

「う……」

「スクエアコンテストに出るんだろ?」

「わかったわよっ! やってあげるわ! それでいいんでしょ!!」

 ここでスクエアコンテストを引き合いに出さないとこいつはてこでも動かないだろう。何しろ無駄にプライドの高い『わがまま姫』だ。こういう「しょうがないからやってあげるわ」という雰囲気を作ってしまうことが一番てっとり早い。

 となると、残る問題は……

 俺はアミに言った。

「すまんが、試験までの間。マサを頼めるか?」

「え?」

「俺は姫乃と勉強しなくちゃいけないみたいだから、マサの事はよろしく頼む」

「え、いや、一緒に……」

「? ああ。もちろん学校では一緒に勉強しような。俺もアミがいないと困るんだよ」

 苦笑いの俺にアミはびっくりするぐらい可愛らしい笑みを見せた。

「ほ、本当!?」

「あ、ああ……?」

「よ、良し。じゃあ明日から皇士専用ワークを作ってくるね!」

 いや、それはいらねー、とは言えないぐらいアミの笑顔は輝いていた。

 んで、マサの方は…………

「「「………………………………」」」

 色素が全て消えて白い物体になってました。

 勉学に頭持ってき過ぎてショートしたらしい。おい、煙出てるぞ。



「だから! そこは直訳じゃなくて慣用句なんだって!」

「う、うるさいわね! わかってるわよ!」

「わかってねーじゃん! なんだよ? 『懸念はしばしば危険より凄い』って!?」

 学校から帰宅後、俺と姫乃はさっそくテスト勉強を開始した。

 リビングの机に教科書を並べて対面しながら勉強するのだが……

 見て分かるように口論が絶えない。

 ちなみに今の問題は『Fear is often greater than the danger.』という慣用句で『案ずるより生むが易し』という言葉である。

「はぁ? 意味わかんないんですけど?」

「一応聞いとくが、国語の成績は大丈夫だよな?」

 人を小バカにするような視線に、早くも牛乳コールが俺の脳内で湧きあがり始めた。俺の脳内セコンドが白いタオルを投げたらダッシュで牛乳をガブ飲みしてやる。

「……じゃあ、次の問題な。お、これは簡単な慣用句だな。『Go for broke.』」

「…………『ぶつかりに行け』?」

「んー、惜しいな。つか、まだ直訳になってるぞ。お前なりに考えてみろ」

「『死ね』」

「アレンジし過ぎだ! なんで助言の言葉が死を願う言葉になってんだよ!?」

「あたしなりの解釈」

「てめえのアイデンティティを今すぐゴミ箱に捨てろ!」

 怖ぇよ。『当たって砕けろ』どころか砕け散って粉々になってるじゃねーか……。

 脳内セコンドが叫ぶ。

(立てぇ! 立つんだ皇士!)

 とっつぁん、俺……もう……

(ノーガード戦法だ! こんどはツッコミをしないで勉強してみろ! お前はツッコミに体力を削いでるぞ!)

 え? そうなのか?

 よし、やってやる!

 カーン。

「よし。姫乃、次の問題だ」

「仕切んな」

「――――」

(我慢だーッ!)

「――す、すまんな。とりあえず次の問題にいこう」

「…………うん」

 よっしゃー! 効いてるぞ! ノーガード戦法!

 俺のツッコミが来ないことに姫乃がいささか動揺して、まさかの『うん』と答えやがった! これはいけるかもしれない!

「じゃあ…………う!」

「なによ?」

「あ、いや……『they hate what they really love.』」

「うーん……彼らは嫌い、彼らは本当の愛?」

 随分とロマンチックなことをいうんだな。だが、遠からずとも言える。

 正解は『嫌よ嫌よも好きのうち』だ。

 別にただの問題なんだから気にすることないのだが、俺たち兄妹の関係を改めて確認しておくと、俺は姫乃が大嫌いだ!

 何故だか言わないといけない気がした。

 と、姫乃が降参とばかりに手をあげた。俺はなるべく声色に感情を入れず教える。

「だめだ。わかんない。正解は?」

「『嫌よ嫌よも好きのうち』」

「なっ!?」

 すると姫乃は珍しく顔を紅潮させた。

 あーあー、やっぱり思った通りの反応しやがった。でも、ここは無闇にツッコミをしないぞ。ノーガード戦法だ。

「あ、あんた……あたしがそういう風に思ってるとでも思ってるの!?」

「思ってねーよ!」

 いきなり戦法破られたぁ! ツッコまずにはいられないこと言いやがって!

「超キモい! キモいキモいキモいキモい!!」

「ふっざけんな! 勝手な感想抱いて言いたい放題か! 俺はそんなこと思ってねえ!」

「はぁ? 今の答え言う時のあんたの顔には『そう思う』って書いてありました!」

 しまった。声色には注意したが顔色は気にしてなかった。でも、

「そんなこと思ってねえっつーの! 人生懸けてもありえねえよ! 俺はお前が大嫌いだ!」

「え…………」

 急に、場のテンションが下がってく。

 え? なんでだ?

 姫乃の限界まで上がり切ってたボルテージが、恐ろしい勢いで冷却されていく。

「本当に、そう思ってるの?」

 俺の背筋までもが凍りつく声だった。

 怒りでもない。弱気でもない。

 驚愕の声色だった。

「本当に、そう思ってるの?」

 姫乃はもう一度聞いてきた。

 普段は流し目ですら見ることのない俺をまっすぐ見据えて。

 だからなんだよ、これは!? なんでシリアスな展開になっちゃてるわけ?

 俺はそんな空気は御免だ。

「い、いや大嫌いというのはさすがに語弊があるな。で、でも好きではない。だから、その……俺は……」

「もういい」

 俺の言葉はピシャリと止められた。

 そして姫乃は自分の勉強道具を乱暴につかむと、逃げるようにリビングから去っていった。去り際に、リビングのドアを持ってこちらを見ずに言った。

「………………だから嫌いなんだよ……」

 バタン、とドアが閉まる。

 残された俺は意味がわからずポカン状態。脳内セコンドも……あ、だめだ。椅子に座って真っ白になってる。…………いや、それって本来俺がなるはずでは?

 すると、そこに司姉ちゃんがやってきた。

 姉ちゃんは俺たちが勉強していることに気を使って自分の部屋(母の部屋)にいてくれた。もし音をたてないように気を使ってくれていたなら、逆に自分達のケンカが耳に入ったかもしれない。

「姉ちゃ……」

 俺が弁解するように口を開くと、今度は司姉ちゃんにも止められた。

 姉ちゃんは言った。

「The people most important to us are so close we often hardly notice them. It's always darkest just beneath the lighthouse.」

「え? 何?」

 流暢な英語で思わず聞き逃してしまった。

 俺が首を傾げるのを、笑顔で、でも少し悲しそうに司姉ちゃんは笑うだけだった。

 その後、俺は夕食を食べた。

 司姉ちゃんと二人で。

 姫乃は…………自分の部屋から出てこなかった。



 翌日の朝、朝食にリビングに行くと――姫乃がいた。

「………………」

 おい、なんで無言なんだよ。

 姫乃も、俺も。

 テーブルにつくと俺はようやく口を開いた。

「姫乃、昨日は……」

「ごめん」

…………は?

「昨日は少しムキになりすぎたわ。あの後、部屋で勉強したから英語の方はもう大丈夫そう」

「……そ、そうか……」

「だから、あんた如きから教わるという苦痛もこれでお終い」

「…………あ?」

「あー! スッキリしたぁ! これでもうこんな気持ち悪いやつに教えを請わなくていいのかぁー!」

「ちょっと待て!? 色々ツッコんでいいか!?」

「朝から鬱陶しいわね。勝手にやってれば?」

 そう言って姫乃は自分の食器を片づけると用意してあった。鞄を手にとってさっさと学校に向かいやがった。

 …………ふ、ふははは、ははははははは!!

ふっざけんなぁ!!

え、なに? 昨日のシリアスな感じは終わり?

寝たら治った? 風邪かっつーの!

ああもうやだ! これだから嫌だ!

あいつは自分勝手なことばっか言いやがって、それに俺を巻き込みやがって!

「……冗談じゃねーっつーの……」

 あれ? 叫んでツッコもうと思ったんだが?

 ああそうか、朝だからテンション上がんねえんだな。コンチクショー



 夏の朝は意外と、というか普通に暑い。

 コンクリートジャングルの熱反射がたまらなく暑い。実は昔の人がやっていた『打ち水』っていう水をまく行為は現代にこそ適した暑さ対策らしい。

 時代が一周回ったら、俺らはどんな格好で外に出てるだろうな。とりあえず、なんかこう風通しのいいものじゃないかと俺は推理する。

 などと、意味のないことを思案していると

「おーい! 王子くーん!」

 間違った呼称で呼ばれた。

 振り返ると、知り合いの美人な女子がこちらに駆けてくるのが見えた。知り合いのと言っても、この人はつい先日知り合ったようなもので交友なんて皆無に等しい。前回は事故的接触ってやつだ。だから、その人の名前以外は何も知らない。

「おはようございます。大春先輩」

「ノー!」

「……おはようございます。桜子先輩」

「うむ。おはよう!」

 大春桜子先輩。二年生の先輩なのだが身長がいまいち威厳を感じるほど高くないし、妙に突出している女性らしい体つき以外はお子様と言われても嘘とは言えない感じに見える。先輩らしからぬ雰囲気でやってきた桜子先輩は、俺に追いつくと右手をこれでもかと突き上げて挨拶してきた。

「いやー、今日も暑いね! 王子くん!」

「そうですね。そして、俺の名前は皇士です」

「字的には似てるから同じようなもんでしょ」

 などと姫乃のような理屈を並べ、自身のミスを認めようとはしない桜子先輩。皇士と王子、結構ちがう……ような気がしないような、するような、あれ? どっちだ?

「まぁ、名前なんて気にしない気にしない!」

「原因は先輩では?」

 と俺が呆れ気味に呟くと、桜子先輩は急に俺の前に立ちはだかった。

「っ……なんですか?」

「じぃ――……」

 自分で『じー』なんて言う人、この年じゃそういないぞ。

「王子くん。何かあったかい?」

「へ? 何がです?」

「今日の君からツッコミの冴えを感じない」

「俺ってそんなキャラでした!?」

 ツッコミに冴えなんてあるのか? という俺の疑問はともかく。何かあったということを悟られたのは、意外とショックだった。……というのも顔に出たらしい。

「ふふふ。先輩スキルの一つ。『お姉さんキャラ』というものだよ、ワトソン君!」

 その瞬間、俺の携帯にメールが来た。

 司姉ちゃんからだった。

『今、猛烈にお姉さんポジションを奪われる寒気を感じました!』

…………知らねーよ。つか、怖えーよ。

 そして桜子先輩は言った。

「まぁまぁ、そんな訳でお姉さんにドンと相談してごらんなさい!」

 あ、またメール。

『どうしましょう! 年上としてのポジションが崩れゆく音がします!』

 …………どんな音? いや、もう無視しよう。

「で、どんなことがあったんだい?」

「先輩……顔がにやけてますよ?」

「そんなことないやい!」

「顔に『超おもしろい』って書いてあります」

「そんなぁー。さっき消したはずなのに!」

「さっきまであったの!?」

「やっぱ油性インク使ったのがまずかったのかな?」

「何でよりにもよって油性インク!?」

「だって! バンドメンバーが罰ゲームだって!」

「それはヒドイ……」

「ちょっと顔面にペンキ塗りたくっただけなのに」

「あんたが悪い!!」

 それで油性インクで済んだの!? 超優しいじゃん! うちの女子なんて騒ぐだけで、もうボッコボコですよ。

「へー、愛されてるねー」

「え? 何でですか?」

 俺は若干引き気味に尋ねると、桜子先輩は満面の笑みでこたえる。

「だって彼女たちは自分達の方を見て欲しいんだもん。可愛らしいじゃない」

 先輩の思考回路はだいぶメルヘンが入ってるらしい。どう考えてもその思考トレースは思いつかなかった。お花畑が似合いそうだと、笑みがこぼれる。

「先輩、それはないっすよ。だってそいつら、特に妹は俺の事を本気で毛嫌いしてるんすから」

「そうかなー?」

「そうですよ」

 すると、彼女は割となにげない感じで言う。

「でも、本当に嫌いだったらバンドなんて組まないよ」

「えっ……?」

「大嫌いな人がいたら、私はバンドなんか組めない。だって楽しくないもん。王子くんは、今楽しい?」

「俺は…………」

 俺の無言は少し長かった。

 いつもみたいに脳内会議が開かれていた……からではない。

 俺は確認していた。

 俺は楽しいのか?

 あの面倒な妹と過ごして、俺は楽しいのか?

 俺はカバンに手を突っ込んだ。ごちゃごちゃとした汚いカバンの中で、その紙はあった。そして、それを見つめること数秒

 俺は走り出した。

「あ、王子くん!」

 桜子先輩の声に俺は急ブレーキを踏んで振り返る。

「先輩! なんか分かりました!」

「そうかい!」

「それで、あともう一つ訊かせてください」

「なんだい?」

「先輩、大嫌いな人います?」

 俺の問いに、ちょっと目を丸くした先輩は随分と可愛らしかった。

「いるわけないじゃん!」

「ですよね!」

 ちょっと安心した。俺の思い描く先輩だ。

 こりゃ、早乙女先生並みの萌えキャラの誕生かもな。

 そして俺はもっかいダッシュする。

 今度は止まらない。

 夏の暑さにも負けず、俺の脚は意外にも奮起してくれた。

 そんな後ろ姿を大春桜子は、くすりと笑った。

「でも、私をフッたら大嫌いになるよ? 王子くん」

 本人が気づかぬうちに宣戦布告された皇士だった。



通学路を抜け、校門を通り、グラウンドを横切り、靴を脱ぎ捨て、長谷部とぶつかり、無視して階段を駆け上がる。

「……はぁ……はぁ……」

 はい、到着。

 教室の引き戸の前で俺は停止中。なんか階下では怒号が飛んでる気がするが、今はそんなんどうでもいい。

 今すべきことは、ただひとつ。

 と、ストップ。

 俺は取っ手に手をかけて一呼吸。

 扉を開けたらあいつはなんて言うか考えてみた。

『何意気込んで登校してんの? 暑苦しい』

 こんなもんじゃないだろうか?

 よし。

 ガラッ。

 教室の中も十分暑い。だが戸を開けたことで窓からの風がダイレクトに俺に向かってくる。あー涼しい。

 いつも通り、マサ、アミ、姫乃が俺の机の周りで喋ってる。おいおい、俺はまだ登校してないぜ。あ、こっち見た。

「何意気込んで登校してんだか。キモいわぁー」

「あーっ! 惜っしー!」

「「「はぁ?」」」

 俺の悔しがる様子に首を傾げる三人。

 俺は姫乃の前に行く。

「な、なによ?」

 今の俺はちょっとシリアス。

 スッと、頭を下げた。

「すまなかった!」

「え?」

 姫乃が間の抜けた声を出す。俺は続ける。

「昨日、俺はお前に嘘ついた。俺は、俺は……お前が嫌いじゃない! 普段の文句も多分、ツンデレが5割ぐらい入ってる! だから昨日はお前に嘘ついて悪かった。許してくれ!」

 これが俺のシリアス。限界レベルのな。

 頭を持ち上げると、姫乃が口を開きかけたまま硬直していた。なにか文句をいってやるつもりだったのか、それともいつもみたいに暴言の嵐か。今の俺はどちらも覚悟しているぜ。

 が、あいつの口から出たのは、文句でも、暴言でもなく、戸惑いの声だった。

「なによ……。だから、なにが言いたいのよ……」

 顔を真っ赤にしているのは暑さのせいか、マサとアミが見ているからなのかは分からない。

 俺は、この質問を待ってた。握りしめていた紙をバッと姫乃の眼前に差し出す。

「一スクエアコンテストで優勝しよう!」

「……は?」

 俺が姫乃に見せたもの。それは先日、にっくき長谷部に渡された進路調査票だ。

 なんの意味もない。ただのフェイクと思われた進路希望調査用紙。

 だけど、俺には意味がある。

 だから俺はそこにでかでかと『スクエアコンテスト優勝』と書いてある。

「俺はお前らとバンドしてるのが楽しい! だからこの気持ちをずっと持ち続けたい。この学校を卒業しても一生! その為に優勝してデビューしてずっとこのメンバーで音楽がしたい。出るなんて甘っちょろい考えじゃダメだ。司姉ちゃんの為という気持ちじゃ足りないんだ。俺は! 俺の為に優勝する! その力になってくれないか!?」

 そう言って俺はマサとアミの方も向く。まさかこっちにまで飛び火するとは思わなかっただろう。驚いて姫乃のように硬直してしまった。

「こっからは本気でスクエアコンテストを目指す! だから、俺と一緒にスクエアコンテストで優勝しよう!!」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

 さて、どうしたものかね。この空気

 気がつけば教室中の注目をかっさらう大宣言になっていた。

 重い、辛い、しんどい。だれかー喋れー……と、一人が口を開いた。

「……んなこと、最初から決まってるし。超キモい」

 すると他二人も続ける。

「確かに、今更感はあるわなー」

「むしろ、一人だけ意識を共有できてなかったのには罰ゲームが必要じゃない?」

 おいおい。まさか顔面に油性インクとかじゃないだろうな?

「「「なんで分かったの?」」」

 流行ってんのか、それ!?



 教室の前で腕組みする長谷部が、珍しく笑みを浮かべている。

(まさか、あいつらだったとはなー)

 先日、彼が配った進路調査票。

 確かにあれはただの紙きれ同然の意味のないもの。

 しかし、意味のある人間もいることを彼は知っている。

 響ヶ丘という名門学校に入った甘えから、本人でも気づかないうちに気を緩ませる奴がいる。それが悪い事だとは思っていない。むしろ、長谷部は良い兆候とさえ思っている。

 だが、問題はそこからちゃんと自分を見つめ直せるか、が大切だ。それが出来ないのであれば彼らはそこまで。もう何も成功させることはできないだろう。だって、目標はあくまで目標であり、それを決意にしてないのだから。

 毎年、この時期に進路を見つめ直させるのは、彼らの想いを汲んだ上で長谷部からの挑戦状なのである。

 合格しない生徒ばかりの中で、珍しく合格した奴を眺める長谷部は首を掻いて言った。

「……司、桜子、そして皇士か……。へっ、中々おもしろくなりそうだな」

 ふと、長谷部が何かを感じた。

 なにやら不穏な視線が自分にじゃない、あのガキ共に向けられているように感じる。

 さっと視線を移すと、廊下の隅で誰かが、スカートが翻るのを見た気がした。









 四曲目!   サマー・スクエアコンテスト開催!!



 7月も中盤、期末テストもピークを過ぎて緩やかに夏休みムードが盛り上がっていく中、複数の生徒たちは期末テスト以上に神経を敏感にさせる行事が近づいてきた。

 かくいう俺も、ここ数日ろくに寝てないぜ。

 そう、スクエアコンテストがやってきた。

 ちなみに今の生活サイクルはこんな感じ。

 学校でテストを受ける

     ↓

学校のスタジオでバンド練習

     ↓

ファミレスで翌日のテスト対策

    ↓

帰宅してバンドの自主練習

んで、朝を迎えるといった感じだ。もう目にクマが長い事居ついちまった。そろそろどっかに言ってくれないものかと考えていると、俺の目の前にソレは来た。

「じゃじゃーん♪ パンダです♪」

 ………………。

 はい、確認。

 時刻は朝。

 ここは俺の部屋。

 目の前の女性は、司姉ちゃん。

 その格好は、パンダの着ぐるみ。

 よしっ!

「朝から何してんだアンタはぁぁぁぁぁ!!」



「あー! 取らないでください! あたしのオーシン!」

「うっさいわ! 人が寝不足で嘆いてるのに何してるんだ保護者!? あと名前つけんな!」

「癒してあげようと思ったのです。ちなみにオーシンの名前の由来は皇士さんです♪」

「癒されねえよ! 朝っぱらからダースベイダ―みたいな呼吸音した奴が部屋に乱入してきたらジェダイじゃなくても斬り捨てるわ! あと説明しなくても想像ついてたから! その名前!」

 俺が抜き取ったパンダの頭に必死にしがみつく司姉ちゃんは汗で髪が顔にくっついていた。どんだけ必死なんだよ……。

「皇士さん! お姉ちゃんがこの暑い中、着ぐるみで待機していたことには何も言わないんですか!?」

「着ぐるみで待機してたことよりも着ぐるみを所持してた事に驚きだ! どっから拾ってきた? こんなガラクタ!」

「が、ガラクタじゃありません! ちゃんと買ったものです!!」

「なおさら許せんわぁぁぁぁ!!」

 ……ハァ……ハァ……さすがに寝不足状態であの引き合いはさすがに堪えた。

 しかしまさか、あの司姉ちゃんに根負けするとは……

 その司姉ちゃんは、というと

「ふふーん♪ オーシン♪」

 ベッドの上で取り返したパンダの頭に頬擦りをしているところだ。

 訂正しておこう。俺のベッドの上でな!

「姉ちゃん、やるならせめて部屋の外でやってくれ」

 俺が懇願するように頼むが、司姉ちゃんは聞く耳持たない。それどころか

「お姉ちゃんは疲れました! 言うなれば毒りんごを食べた白雪姫です!」

 いや、そんな汗ばんだ姫はいねえ。

「そして私は不覚にも毒りんごを口にしてしまい、今死んだのです!」

 バタリ、と自分で効果音を付け加えて俺の布団に寝る叔母。おぉぉい!

「そして姫は待つのです! 王子様からのおはようのチューで目覚めるのを!」

 そして司姉ちゃんは目を閉じ、まるで何かを待つように動かなくなった。

 ご丁寧にパンダの頭を抱えて、口元は完全オープン。いつでも来なさいと言っているようだ。

 …………いや、いくわけねえじゃん。

 ガチャ、と俺は自室のドアを開け部屋を出た。

 ドアの向こう側で泣き声が聞こえるが、寝不足だからな。幻聴だろう。

 リビングに入ると、そこにはすでに朝食にありついている姫乃がいた。

「よう」

「…………ん」

 こいつも結構ダメージがきてるなぁ。

 姫乃の赤い髪は良く見ると枝毛が出ているのが見え、姫乃の顔にも化粧で隠しているがクマが生息しているように見える。

「寝不足か?」

「うっさい」

 おい、朝の会話はもっと爽やかにするもんだ。冷ややかな反応は求めてねえ。

「私が出るまで寝てればいいのに……」

残念ながら俺の部屋で寝ている親族がいるんだよ。マジで勘弁してほしいわ。

「気持ち悪いわね。司お姉ちゃんに何やらせてるのよ」

「やらせてねえよ! 本人が自発的に変なことしてるの!」

 特に今日のは中々の痛さを見せつけてくれたよ!

 いや、そんなことより気になったことがある。

「姫乃、お前声少し変じゃね?」

「っ!」

 パンを食わえている時に俺に指摘され、姫乃は驚いてむせてしまった。

「ゲホッゲホッ……!」

「大丈夫か?」

「……うっさいわね! 大丈夫よ! あんたなんかに心配されるなんて屈辱よ!」

 俺はお前の中でどこまで社会的ポジションが落とされているんだよ。

「道端の小石」

「切ねえ!」

 もうちょっと目を向けてくれてもいいじゃねえか!

「はいはい。気が向いたらね」

 気がない返事の姫乃は、これで話は終わりとばかりに再び朝食に戻った。なんかはぐらかされたように感じるが、これでまた同じ話題を出せばキレられるだろうから、俺は言わないことにして自分の朝食を取ることにした。



「おーっす! 皇士!」

「おはよう姫乃!」

 校門前、マサとアミが待っていてくれた。

 快活に答える俺だが、姫乃はむくれ面で小さく「おはよ」と言うだけだった。もう少し明るく挨拶できないのかよ。

「うっさいわね! それより! さっき十m離れてなかったでしょ。近づくなって言ってるじゃん! 仲良く登校しているなんて思われたらどうするのよ!」

「信号でお前が立ち止まってたんだから距離詰まってもしょうがないだろうが」

「はぁ? その場で止まりなさいよ!」

「ストーカーじゃねえか!」

 そんな付かず離れずの距離を保って、女子生徒の後をつけてたら完璧に通報されて職質されるわ!

「まぁまぁ、兄が妹も見守る感じでいいじゃねえか」

 バカマサが気軽に言うが俺は肯定できないね。

「なんでだよ? お前の叔母……じゃなくて、お姉さんも同じようなことしてるじゃんか?」

「いや、あれは正真正銘のストーカーだから」

 過保護も喉もと過ぎれば、というやつなのか。

 俺が司姉ちゃんと一緒に暮らすようになって一月の間、俺は妙に誰かに見られている気がしてならなかった。そこで、身近に相談できそうな友人がいなかったので、仕方なく姫乃にそうだんすると「はぁ? 話かけんな」と一刀両断……。それでも根気よく現状を説明すると姫乃は残念な人間を見るような目で一言、

『あんた気づかないの? 司さんがあんたの事、昼夜問わず見張ってるわよ?』

『は?』

 その後、本人を問い詰めるとまさにその通りだった。

 司姉ちゃんは俺が学校にいるときも、下校するときも、家にいるとき、そして寝ているときも離れて見ていたらしい。マジでおっかなかった。姫乃以上に恐怖した人間は正直あの時が初めてだったよ。

しかも未だに本人はその時の事を、恋人として付き合いたてのやり過ぎのような軽い感じで受け止めており、俺にしてみれば生死にかかわる大問題を黒歴史レベルにしか考えていない。

「へ、へー……さすがにそれは怖いな……」

 能天気なマサもさすがに理解できたらしい。

「司さんって上品な人だと思っていたんだが……」

「いや、普段は上品な人なんだが……俺のこととなると見境がないっていうか……」

「ああ……」

「俺の勘だと涼子さんもそっち側な気がするぞ?」

「んなわけねえだろうがッ!!」

「いやいや、結構似てる気がするんだがなー」

「涼子ちゃんは違う! 変態じゃない!」

「何を!? 司姉ちゃんは変態じゃないぞ!」

「お前がそれっぽく言ったんだろうが!?」

 珍しくマサにツッコまれてると、アミが俺に声をかけた。

「ところで皇士! 今日も練習だからね!」

「はぁ!? またかよ!? もう四日も寝てねえんだぞ? そろそろ休養を与えてくれよ」

「ダメよ。皇士がスクエアコンテストで優勝しようって言ったんでしょ? やるならとことんやらなきゃ!」

 それで根詰め過ぎて倒れたら意味ないと思うのだが?

「その時はその時!」

「鬼かお前は!」



 ここで一つ言っておこう。

 俺たちのバンドのオリジナル曲は3曲しかない。

 どれもそれなりにいい曲だと自負しているが、正直スクエアコンテストで優勝できるかと言うと…………まだまだ未熟もいいところである。

 そして、それを一番実感しているのはバンドの曲を全て自作している姫乃である。

 なので数日前、姫乃が「新曲を作る」と言いだしたことに俺は異を唱えなかった。

 しかし、その翌日にはもの凄く異を唱えた。

 なぜなら、曲を百曲持ってきやがったからだ。

「ふざけんな! ただでさえ時間がねえのにこんなにやってられるかぁ!?」

「はぁ? こんぐらい普通にこなしてみなさいよ! この中で一番しっくりくるものをスクエアコンテストのエントリー曲にするからね!」

「ふっざけんな!! しっくりくる前に間に合わずに失格になるわ!!」

「これも世の常よ」

「てめぇが次元歪めてるんだよ!」

 ちなみに俺が姫乃に食ってかかってるとき、マサとアミは膨大な楽譜の量に言葉もなく唖然としていた。そりゃもう色素がなくなるぐらい。

「とにかく! このあたしが徹夜してまで作った至高の名曲たちよ! 全曲しっくりするかもしれないけど、まぁ頑張って一番良いのを選びましょ!」

 自信満々の姫乃はもう何も言っても無駄な気がする。……にしても、コイツ、いつもよりテンションがおかしくないか、と思っていた時

「ねぇ、姫乃?」

 アミが顔をひきつらせて姫乃を呼んだ。

「何?」

「…………この……『最強姫乃行進曲』っていうのも……至高の名曲?」

「!?!?」

 姫乃は顔面を一瞬にして真っ赤にすると、すぐにアミが持ってる紙に飛びついた。

「……な……え!? あ、……いや…………!!」

 アミに渡された紙を再読する姫乃はさらに紅潮していく。そこに追い打ちをかけるように、真面目に楽譜を読んでいたマサが呆れ気味に言う。

「姫乃。これ所々に似たようなメロディーやフレーズが出てるぞ。それに歌詞が痛いのが多いんだが? 『私はこの世で最も美しい』とか『女神の現世での名は姫乃』だと――ぐはぁ!?」

 マサが最後まで言い切る前に拳で黙らせると、姫乃は一時停止し俺とアミを見た。

「……お前……」

「ちっ、違うのよ! これは夜中でテンションが上がりすぎたとかじゃなくて……」

 問い詰める前に暴露するアホだった。

 いや、大体想像はついてたし。さしづめ深夜でテンションがおかしくなった結果自分でも書いたかどうか思い出せないようなカオスな曲を作り上げたのだろう。まぁ、その気持ちは俺も分からないでもない。たまにあるもんな。しょーもない一言でツボってしまうような状態。

「とりあえず、整理してみるか」

 その後、蘇生したマサを加えて三人でギャグとしか思えない曲や、メロディーやフレーズが重複している曲を除外していった。その間、姫乃は飲み物を買ってくると言ってたが、どうやら相当恥ずかしかったらしい。戻ってきたのは一時間後だった。



 みたいなことで曲数は多少減ったものの、まだ二十曲はあった。これを吟味していこうとしたがさすがにそれには姫乃が猛反対したため、とりあえずはこの二十曲を各自練習したうえで合わせてみて納得いくものをエントリーさせることで落ち着いた。

 だが、言っておこう。

「落ち着くわけねえだろっ!」

 俺はスタジオで発狂した。

「ちょっとうるさいわよ! 歌詞忘れるじゃない!」

「やかましい! こっちは数日前からギター漬けなんじゃ! 腐りそうだ!」

「とっくに腐ってるじゃない」

「だぁあぁぁぁぁぁ!」

 俺は頭をかきむしってスタジオを飛び出した。

「あっ! 皇士!」

「チッ……いいわよ。少し休憩にしましょ。マサも顔が気持ち悪いわよ」

「その言葉は、果たして俺を労わってるのか!?」



「はぁ……。もー限界」

 スタジオの受付前のソファーに腰を下ろした俺はため息交じりにうなだれた。

 新曲練習から今日で五日目。目立った結果は一切なし。

 歌詞やメロディーは十二分にいい。あいつには不相応ながらも称賛の言葉をかけてやってもいい。ぜってーかけねえケド。

「だけどなー。なんか違うんだよなー」

「――何が違うのかしら?」

「うおっ!」

 急に頬に冷たいコーヒーが当てられて思わず飛び上がる。冷えた缶コーヒーを持つその人間はにこにこと俺の反応を観察していた。

「……早乙女先生」

「すごい疲労感丸出しの顔色よ。何かあった?」

「あった、というか現在進行形で展開中ですね」

 いつもならば「先生が来てくれて全快です! 余裕ですよ!」などと発狂するところなのだが、今日の俺は自分でも予想外だがテンションが上がらないらしい。ノーマルな受け答えをしている。

「それは大変ね。ほら、これ飲んで」

 苦笑して早乙女先生は手に持ってたコーヒーを俺に渡す。

「あ、ども」

「ふふ。よいしょっと」

 すると早乙女先生は俺の隣にスッと腰掛けた。さすがにこれは俺も反応する。

「え!?」

「あれ? もしかして邪魔だった?」

「い、いえ。そんな……!」

「よかった。前に竜崎くんが言ってたじゃない。ゆっくりお茶でもどうですかって」

「……あ、ああ……」

「もしかして忘れてたの? ひどい。結構楽しみだったのになぁー」

「いやいやそんな……!」

 なんなんだこの状況? 俺の妄想か? そうか妄想なんだな。俺の疲れがピークに達した結果、こんな異様な幻覚を見るようになったんだな。どう考えたって早乙女先生がこんな色っぽく俺を見たりするはずがないだろうに!

「コーヒー飲んだら?」

「あ、はい」

 俺は妄想と思いながらも、コーヒーを飲むと意外なことに味がしっかりと理解できた。もしかして現実なのか? というか寝不足で疲れてる人間に眠気覚まし効果のある缶コーヒーをわたすというのはいかがなものか? まぁ、いかにも早乙女先生らしいが…………ブラックって。

「苦ぇ……」

「え? どうかした?」

「い、いえ!」

「そう? ところで、何が現在進行形でこんなに疲れ果ててるの?」

「ああ、それは――」

 まぁ、隠す内容でもないし(というか、いつものことなので)新曲制作について話してみる。すると、意外にも早乙女先生は話題に乗っかって来てくれた。

「へぇ。新曲かぁ。いいわね」

「いやいや、その為に二十曲もやってるんですよ……」

「もう全部合わせたの?」

「まぁ、一応」

「どうだった?」

「……ダメですね。一流でもないけど生意気に言うならフィーリングが合わないっていう感じです。なんつーか、息が合わないんですよ。曲は、認めたくないけどイイ曲が揃ってるんですけどね」

「そうなんだ。どんな曲?」

「俺が一番気に入ってるのは、アミとマサに却下されたんですけど、今一番近いのはこれじゃないかって話してます」

 そう言って俺は手元のスコアを早乙女先生に渡した。

 受け取った早乙女先生は食い入るように見つめて、驚いたように口をすぼめた。

「すごいわね。本当に才能が溢れてるわ」

「出来なきゃ意味ないんですけどね」

 皮肉のつもりで言ったのだが、早乙女先生は「そうね」と一言でバッサリと返して俺はがくりと肩を落とす。

「ふふ。……ねぇ、竜崎くん。君はこの曲をどんな風に演奏した?」

「え?」

「昔ね。とある先生が教えてくれたの。『名人、達人がどれほど演奏したところで心が通じ合わなくちゃ意味がない。下手くそでも、それが出来た曲こそ名曲である』って。竜崎くんはどんな気持だった? それは他のメンバーと共有出来てた?」

「う……。……正直に言うと…………ちょっと妬んでんですよ」

「妬み?」

「あのバカは才能があって、それをホイホイ引き出すことが出来て、歌もうまい。それが気にいらないんです」

 なんでこんな事を言ったのだろう。つい口走ってしまったかのような失態だった。

「あ、いや! そういうんじゃなくて! つい口走って……」

「竜崎くん」

 慌てて弁明しようとすると、早乙女先生に止められた。しかも、その目は少し怒っているように見える。

「たしかに姫乃さんの才能は素晴らしいわ。でも、その才能が本当に努力なしで出てきたと思う?」

「え?」

「姫乃さんが学校を休む日、決まって学内のスタジオから連絡が来るの。『生徒が授業に参加しないで勝手にスタジオを使用している』って」

「……は?」

「長谷部先生が毎日お説教に行っても、頑として止めない。それどころかその子は、スタジオに入る時間を長くして喉から血を出したそうよ」

「…………」

「そして、この前タクシーで学校に来た日は地元のレコーディングスタジオでバンドの新曲用デモテープを作ってた……」

「早乙女先生」

 俺は俯いて、それで無表情に言った。

「もう、いいっす」

「……そう」

 それから俺は立ち上がった。足先にスッと血が巡るように感じた。ずいぶんと長い間座っていたかのように膝がミシミシと軋むのを感じる。横目に時計を確認すると、まだ十分も経っていない。

「ふう――――――」

 全身で脱力。背伸びもしてしまおう。体中から余計な力を抜いちまえ。

 んでもって……

「よっしゃ!!」

 全身全霊で自分の頬をひっぱたいた。顔面が潰れるかと思うくらいの衝撃が左右から来やがった。

「竜崎くん!?」

 早乙女先生が驚いて体をのけ反らすと、俺は振り向いて先生に言った。

「もう大丈夫っす! 気合ぶち込みました」

「……そう。頑張って!」

「はい! 今度は俺が飲み物おごりますよ! おいしいケーキ屋さんを紹介します」

「ふふ。楽しみにしとくわ」

 満面の笑みの早乙女先生に見送られ、俺は再びスタジオに向かって歩き出した。

 そして考える。

 俺がさっき早乙女先生に『一番完成に近い曲』。あれは、明らかに誰かさんが足をひっぱている。

 そう、俺だ。

 まぁ、ミスりまくりなのは確かだが、一つだけ納得のいかないことがあった。

 難し過ぎるのだ。

 なんであんな複雑なリズムで、早いテンポ、コード進行も面倒でオクターブ奏法なんだよ! めちゃくちゃだろ!

 と、数分前まで思っていた。

 しかし、改めてスコアを見てみる。

 俺以外も全然難しいじゃねえか。

 ベースはハンマリング、プリング、スライドと技術が集約された内容に、ドラムに至っては「これ打ちこみじゃないとムリだろ」レベル。

 だけど、俺の方がミスしてる。

「……なにが、才能だ。なんもしてねえじゃねえか」

 歯噛みして声を絞り出すが、脳髄に響くよりも胸に刺さる錯覚がした。

 けど、考えはこれで終わりではない。

 疑問が一つ生まれるからだ。

『なんで姫乃はこんな無理難題な曲を俺らに出してきたのか』

 答えは簡単だ。マサでも分かってるだろう。

 そして、今の今までわからなかった俺はドン詰まりのアホ野郎だ。

『こいつらなら出来る』

 そう思って、いや確信していたからこそ俺らにこのスコアを渡したのだ。

 我が妹ながらやってくれるね。完全に一本取られたぜ。

 ガチャと俺はスタジオの防音対策の二重扉を押しあけた。

「あら、早いわね。もういいの?」

「ちっとは頭冷えた? 次足引っ張ったら承知しないわよ」

「(なんで早く帰ってくるんだよ。もう少し休みたかったぞ)」

 三者三様の表情で俺を迎えて、俺は顔をほころばせることもなくスタスタとギターの前に行く。その行動に三人の表情が一致する。

「「「?」」」

 ストラップを肩にかけて一呼吸。

 ジャーン!!

 ピックを勢いよく振り下ろすと六弦が震え、その振動がシールドというコードを通してアンプに伝わる。アンプの大きなスピーカーから心臓を叩くような重低音を感じさせる大音量が生みだされる。

「ちょっと、あんた何して……」

 ――――♪

 今度は今のような大胆な動きではなく、左手の指でギターの弦を押さえて一音一音繊細に引いた。俗に言う『早弾き』というやつだ。それを指の感触を確かめるように慎重に2回繰り返す。

「よしっ」

 と俺は手をとめて後ろの三人に言う。

「あの曲『見えない努力』、もう一回やろう」

「なんでよ? あれは合わないって昨日話したじゃない」

「今度は合う、絶対に」

「……マサ、姫乃はどう?」

「一回くらいいんじゃね?」

「どうせ足引っ張るのはこいつだし、あたしには関係ないから」

「……じゃあ、一回だけね」

「ああ」



この歌は偶然ではない♪

 君自身の結晶♪

 誰が笑おうと僕は笑わない♪

 君の努力は僕が知っている

君が求める未来♪

僕が連れて行ってみせる♪



 そうだ。この曲の通り、俺が連れていくと決めたんだ。

 だったら俺が足引っ張ってんじゃねえよ!

 眠いとかしんどいとかいう気持ちはさっき休憩室に置いてきた。だから俺はここで言い訳なしで自分の実力を試されている。

 これで応えられなきゃ、バンドやってる意味がないだろ!



 演奏が終わった。

 俺は持てるすべてを出し切ったがノーミスで終えることはできなかった。やっぱりダメなのかと俺はピックをもつ右手に力を込めていると

「なぁ、これいいんじゃないか!?」

 後ろからマサの声が聞こえた。

「そうね! 今のは良い感じだったわ!」

 アミも同調した。

「まぁ、一番マシだったわね」

 最も辛口である姫乃でさえ、こんなことを言い出したのだ。

「でも、俺は全くできて……」

「できてねえとか関係ねえよ」

 マサが笑って言う。

「要は楽しかったかどうかじゃねえか? 俺はすっげぇ楽しかったぞ」

 楽天的に笑うマサにアミはあきれ顔をしながらも付け加える。

「マサの言う『楽しい』は『演奏していて楽しい』って意味よ。それは私も思ったわ。これって技術よりも大切じゃない?」

「…………」

 最後に姫乃が俺を睨みつけて言った。

「あんたは最初からあたしの曲への関心が他の二人と違ってたわね。どうせ狭量なあんたのことだから天才的なセンスの持ち主であるあたしを妬んでたでしょう?」

 図星だった。いつもの俺ならここで無意味な反発をするんだろう。でも今日は、

「その通りだ」

「え?」

 俺は肯定してやった。姫乃は珍しく驚いた顔で俺を見た。

「俺はお前のセンスが悔しかったさ。だから心のどっかでひねた気持ちでやろうとしていたところがあったかもしれん。……だけど、今は違うぜ。これからもだ。全力で取り組むことを誓ってやんよ!」

「…………」

「な、なんか言えよ!」

「なに主人公みたいに語ってんの? 心底キモいわー」

「この流れでその言葉!?」

 まぁ、何はともあれ……

 スクエアコンテスト用曲、決定!!


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