4.謎の騎士、エクトール・ドゥ・マリス
さて、捕らえた賊に導かれてランスロットとガウェインが辿り着いた場所は森の奥にある洞窟であった。
「中にいるのは頭ひとりか」
ガウェインが尋ねると、賊のひとりは「いいや」と首を振る。
「親衛隊の奴らが2、3人残ってたはずだ」
「ふん。賊風情が親衛隊だと?笑わせるな」
機嫌の悪いランスロットは、前を歩く賊の尻を蹴飛ばしながら洞窟の入り口まで歩く。
しかし、そこに立つ月明かりに照らされた人影に一行は歩みを止めた。
その男は柔らかな栗色の髪をし、立派な甲冑を身に着けている。ランスロットよりもいくらか年若であろうか。その佇まいは盗賊の仲間といった雰囲気ではない。その男―――少年といっても差し支えない―――が身に纏う空気は、まさに高潔な騎士が纏うそれと同じものであった。
その若者の足元には、ランスロットたちが引き摺って来た賊の仲間と思しき屈強な体格をした男たちが3人伸びている。
「貴様、何者だ」
ランスロットの誰何の声に、少年はゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。
それから一行の顔をまじまじと見つめ、やがてガウェインに視線を合わせると肩膝を折る。
「そのご風貌、高名な騎士様とお見受けいたしました。わたくしの名はエクトール。エクトール・ドゥ・マリスと申します」
盗賊のアジトに着いてみると、見知らぬ騎士に先を越されていた、などという予想外の展開に、先ほどまで怒色を露わにしていたランスロットもポカンと口を開けて事の成り行きを見守っている。
ガウェインはエクトールと名乗った若い騎士に礼を返して、己も名を告げた。
「俺はガウェイン。アーサー王の円卓の騎士だ。貴殿は、ここで何をしていたのだ?」
「ああ!あなたがあの有名なガウェイン様でしたか!」
エクトールはガウェインの名に恐縮すると「実は」と事情を語りだした。
聞けば、彼は海の向こうからこのブリテンに旅して来たのだという。その道すがら、夕方にランスロットとガウェインも見たあの町に立ち寄り、町の者から盗賊退治を依頼されたのだということであった。
「ガウェイン様もここへいらっしゃるのでしたら、わたくしのいる必要はまるでありませんでしたね」
そう言って微笑むエクトールの顔はやけに幼く見える。
ガウェインは「そんなことはない」と頭を振ると、町を荒らし回っていた賊をたったひとりで3人も始末したエクトールの腕を褒め称えた。
「貴殿のような腕の持ち主は円卓の騎士にもそうはいない。どうだ、キャメロットへ行って、その剣をアーサー様の為に揮ってはくれないか」
その申し出に、エクトールは申し訳なさそうに眉を寄せる。
「非常に光栄ではありますが、実はわたくしはある男を捜す旅の最中なのです。その男を見つけるまで、アーサー王にお仕えすることはできません」
「そうか、それは残念だ」
本当に残念そうな顔をするガウェインに、エクトールが「そうだ」と声を上げる。
「ガウェイン様はご存知ありませんか。その男、ランスロットと申すのですが……」
エクトールの言葉に、ガウェインは目を見開いた。目の前の男の口から出た名が、ひどく聞き覚えのあるものであったからである。
先ほどからふたりの会話に口を挟まず、ひとり縛り上げられた賊を見張っていた少女も驚いた顔でエクトールの顔を見ている。
「ランスロット……?」
「はい」
きっぱりと頷くエクトールの顔を見て、ガウェインは視線を少女に移す。
「貴殿が捜しているのは、まことに男か?」
「は?……ええ、間違いなく男ですが?」
わけの分からぬ問いにエクトールは一瞬訝しげな顔を見せた。
「エクトール殿」
ガウェインが何かを言うより早く、ランスロットが口を挟む。
「私も、ガウェイン殿も、そのような名の男など知りませぬが、何故あなたは彼を捜しておられるのです?」
エクトールはわずかに困惑した表情をして、
「ちょっとした因縁があるのです」
簡潔にそれだけを答えただけであった。
ランスロットはしばらくの間、探るような目つきで目の前の若者を見つめていた。
村人に賊退治を頼まれたというエクトールに後の始末を任せ、ガウェインとランスロットは嘆きの砦へ向けて馬を進めた。
エクトールと別れてもランスロットは何かを深く考えるような表情で馬上に揺られている。
ランスロットの思案の種が、先ほどエクトールの口から出た男の存在であることは明瞭であったが、ガウェインはあえて尋ねようとはしなかった。
前を行く謎の多い少女と同名の男の存在はもちろん気にはなるのであるが、それ以上に今日中に到着する予定の砦の噂話が気に掛かったのである。
ふたりの目的地が「嘆きの砦」であると知ると、エクトールは驚きを露わにした。
そうして、旅の途中で己が聞いた「砦」に纏わる話を披露してくれたのであった。
『わたくしの聞いた話によりますと、砦の中にはびっしりと墓が並んでいるそうなのです。砦の前で暗黒の騎士に敗れた者たちは、その時点ではまだ息があるものの、内部に引きずり込まれると無惨に殺され、あらかじめ自分の名の彫られた墓に眠ることになるのだというのです』
永遠に。
何者かが砦にかけられた呪いを破るまで。
一面に墓が並ぶ砦の内部を想像して、ガウェインは不覚にも背筋を震わせた。
墓にはあらかじめそこに眠ることになる者の名が刻まれているのだという。
ならば、もうあとわずかで辿り着く自分とランスロットの名も、既に冷たい石に刻印されているのではあるまいか。
「なぁ」
遠くの丘の頂に砦の影がぼんやりと浮かんできた頃になって、堪らずランスロットの背中に語りかける。
「あなたの強さは十分に分かった。だから、城に戻らないか?」
「私が円卓の騎士の末座に加えていただく条件は砦の呪いを破ることだろう。ガウェイン殿は私をアーサー様の騎士にしないおつもりか」
「そういうわけではない。城に戻ったら俺からも叔父上に口添えしよう、あなたの剣技は円卓の騎士に相応しいものだとな。だからこそ、こんなところで命を落とすべきではないだろう」
突然、ランスロットが馬首を返してガウェインへと向き直った。
「ここで我々が引き返したら、民はどうなる?」
向けられる瞳は憤りと嘲りに満ちている。彼女が先ほどまで盗賊に見せていたものと同じものであった。
「砦の中で我らを待つ者たちは?あなたは彼らへ永遠にその砦で眠れとでも言うつもりなのか!」
少女から厳しく詰られて、ガウェインは一時恐れに負けた自分を恥じた。
アーサー王の円卓の騎士は常に王と万民のために在り、また、常に気高くなくてはならない。
騎士として当然のことを、よほどの剣の使い手とはいえただの少女に教えられたという事実に唇を噛み、それでもガウェインはランスロットへ頭を下げた。
「すまない、俺の間違いだ。行こう。囚われた哀れな魂を解放してやらねばな」
ランスロットは真紅の唇に薄っすらと笑みを乗せ、腕を伸ばしてガウェインの肩を力強く掴む。
「その素直さはあなたの美徳だな、ガウェイン」
肩に触れた手は小さいが、力強く温かい。
(姿を見ないとまるで男に励まされている気分になる)
それがまたなんだか惨めさを呼んで、ガウェインはそっと視線を地面に移した。
よもやそのおかしな考えが真実だとは、彼は夢にも思わない。
ただ逆光に浮かぶランスロットのシルエットを見て、もう二度と女だからと侮るまいと心に誓うだけであった。




