3.ランスロットとガウェイン、賊に遭遇する
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キャメロットと呪われていると噂される「悲しみの砦」はそう距離があるわけではない。アーサーは駿馬を貸してくれたらしく、この分だと明日の昼頃には到着しそうだった。
それにしてもキャメロットは美しい都だった、とランスロットは思う。見かけだけが美しい都市は他にもあるが、キャメロットは暮らす者すべてが幸福そうな顔をしていた。王の治世の良さと人徳のお陰であろう。
幾人もの騎士が帰ってこない砦の呪いを自分が解けるとは思えなかったが、なんとしてでも騎士になりたい。
決意を新たにランスロットは借り物の白馬の腹を蹴った。
と、その時ランスロットを呼び止める声が遥か後方から聞こえ、慌てて手綱を引く。
「ランスロット嬢!」
馬の鼻先を後ろに向けてみれば、遠くに栗色の馬に乗った金髪の騎士が見える。ガウェインだった。
「しかし見事だな。俺が鞍をかけている間にこんなところまで来るとは」
こんなに馬の扱いに長けた娘は見たことがない、とガウェインは城で見せたものとは違う快活な笑みをランスロットに向けた。
「キャメロットを離れれば治安も悪くなる。悲しみの砦の近辺は尚更だ。俺が供をしよう」
そう言ってランスロットの隣に馬を並べる。ランスロットは一瞬ちらりと男を見遣り、それから前方に視線を戻した。
「供など必要ない」
にべもない答えにガウェインは苦笑を漏らす。
「城で苛めすぎたことは謝る。だから同行を許可してくれないか。実は、叔父上からの命令なんだ」
「アーサー様の……」
キャメロットで見た王の姿を思い浮かべる。その場にいたすべての者が王の前に傅いていた。また、そうせずに居れない神々しさがアーサーにはあった。
そのアーサーの命令を受けたとあれば、ランスロットの言える言葉は一つしかない。
「では、同行だけは許可する」
愛想のない返事にもガウェインは微笑んで、小さく「礼を言う」と呟いた。
日も暮れかけた頃にふたりがたどり着いた村は、遠目から見ても何者かに酷く荒らされているのが分かった。
馬を進めても村人ひとり見かけない。人の気配はするものの、家屋の雨戸がぴしりと閉められわずかな明かりすら漏れていないのだった。
「これは、どうしたというのだ……!」
これまでにアーサーの領地で見てきた町並み、特にキャメロットとのギャップにランスロットは馬から下りて息を呑む。
闇に沈んだメインストリートの隅では、野犬が何かに群がっている。ガウェインが犬を追い払うと、その下から出てきたものは変わり果てた人間の姿であった。
「賊だな」
無残な遺体を調べてガウェインが言う。
背中から無慈悲に斬りつけられ、金目の物を奪われている。そうして遺体は放置され、賊を恐れた町人にも葬られることなく犬の餌へとなったのだ。
あまりの酷さにランスロット持ち前の騎士道精神に火が点いた。
「このような残虐な行いが罷り通って良いものか!賊め、このランスロットが成敗してくれる!!」
「待て!」
いきり立ち、再び馬に跨ろうとするランスロットをガウェインが止めた。
「なぜ止める!貴様、それでも誇り高きアーサー王の騎士か!」
「賊のねぐらも分からないというのにどうする気だ。事を急いたからといってこの男は生き返らないんだ。だったら朝になるのを待って住人から賊のねぐらを聞き出し、一網打尽にしてやろうじゃないか」
ガウェインの案は当を得ている。
ランスロットは頭に血が上りやすい性質ではあったが、また非常に素直な性格もしていた。
今回もあっさりと「分かった」と頷いて、今度は静かに馬に乗る。
「おい、どこへ行く」
まだ賊を成敗に行こうとしているのかとガウェインは若干慌てたが、ランスロットはなんと言うこともないように告げた。
「朝まで待つのだろう?町の真ん中で野宿というわけにもいかないだろう。今晩は町を出て眠り、日が昇ったらまたここに来て賊のことを聞いてはどうだ」
「いやいやいや、待て。あなたのような乙女が野宿だなどと……!」
一瞬頷きかけて、それから首をぶんぶんと左右に振りだしたガウェインに、ランスロットは内心「面倒臭い男だな」と毒づく。
「女の身だが野宿は慣れている」
「そういう問題ではない。賊にでも襲われたらどうするんだ!」
「その賊を明日退治するという話ではなかったか?明日一網打尽にするはずの敵を恐れてどうする」
「いや、しかし……」
ああ、本当に面倒臭い。
業を煮やしたランスロットは、まだなにかぶつぶつと呟いているガウェインの荷を己の馬に括り付けた。
「ガウェイン殿、早く来なければ荷を奪われてしまいますよ、私に!」
叫んで、馬に鞭をいれる。
白馬とランスロットは見る見るうちに小さくなっていく。
思わぬところからの盗賊の出現にガウェインはしばし放心していたが、正気に返ると舌打ちをひとつ残して慌ててランスロットのあとを追った。
言うだけのことはあり、ランスロットは確かに野宿に慣れていた。
手早く薪を集めて火を熾し、兎を狩ってそれを焼く。
満腹になるとその場に寝転がり、早々と小さく寝息を立て始めた。
その寝顔を見ながら、(湖の姫はどのようにしてこの娘を育てたのだろうか)とガウェインは呆れ果てる。
眠っていれば、可憐な乙女なのである。
肩までのブルネットの髪は優雅にカールし、卵のような白い肌が美しく映えている。
服装はシャツに革のパンツといった男の旅装束ではあるが、少しもランスロットの美しさを邪魔してはいない。
どうしてこの娘が野宿慣れし、あまつさえ騎士まで目指しているのか、ガウェインには不思議でならなかった。
アーサーから言い付かったのは「乙女の護衛」であるのだが、気分的には「やんちゃ盛りの子どものお守り」が近い。
疲労感にため息を吐き、持っていた小枝を焚き火にくべようとして、ガウェインは動きを止めた。
風が木々を揺らす音に紛れ、よろしくない気配を感じる。
ガウェインの背後の茂みと、ランスロットが眠るすぐ横にある茂みに人が隠れている。
月も傾きかけた深夜に息を殺して忍び寄ってくる輩など、碌なものであるはずがない。
「ラ―――」
健やかに眠る姫君を起こそうと口を開きかけるが、ランスロットの目はとうに開いており、ゆっくりとアロンダイトを引き寄せている。
敵の正確な人数は分からないが、気配からしてひとりで相手に出来る数ではないだろう。
ガウェインはランスロットの剣の腕を疑っていたので甚だ不安ではあったが、女が剣を抜くのを仕方なしに見守った。
「名乗れ。闇討ちなどせずに、お互い堂々と戦おうではないか」
凛としたランスロットの声が辺りに響くが、返ってくるのは無言の返答のみである。
「ランスロット嬢、このような下賤の輩は正々堂々などという言葉を聞いたことすらないだろうよ」
ガウェインが警告すると、ランスロットは拗ねたように唇を突き出した。
「だからといって、こちらも卑しい戦いをするわけにはいかないだろう。姿を見せろ!私は湖のランスロットだ!」
名乗りとともに茂みから飛び出してきたのは、ランスロットの倍はあるかと思われる巨体の輩であった。
同時にガウェインの背後からもひとり、ふたりと姿を見せる。
チィッとガウェインは舌を打った。完全に、女を守りながらひとりで相手に出来る人数ではない。
かといって、ランスロットひとりを逃がそうとしてもすでに手遅れであった。合計5人の巨漢がふたりを取り囲むように輪になっている。
「なんてぇ威勢のいい娘だ。売り飛ばしてもいい値になるだろうが、頭の好きそうなタイプじゃねぇか」
「顔に似合わず上品ななりした娘っこが好きだからなぁ、あの人ぁ」
下卑た目がランスロットを舐めるように眺める。しかし当の娘はそんな視線を気にすることなく、剣を構えたまま賊どもを睨み上げた。
「貴様らがあの村を襲った下衆どもか」
目の前の男がにやけながら「だったらどうする」と返すや否や、ランスロットの瞳は怒りに赤く燃えた。
ガウェインにすら追えないほどの速さで剣を振り、気付けば己の腕を恃みに悪行を重ねてきた男がひとり、地面に倒れ伏している。
「頭のもとへ案内しろ」
地面に転がる男の首もとに剣の切っ先を突きつけたまま、男にも劣らぬ迫力で少女が命令する。
彼女の力量は確かに円卓の騎士に匹敵するだろう。
そこまで考えてガウェインは(いいや)と心中で訂正した。
(匹敵するどころではない。俺を除いて、ここまでの剣の使い手は円卓の騎士の中に存在しないだろう)
この少女は何者なのだ、という思いがまたガウェインの中で大きくなる。
依然ガウェインとランスロットは2対4と劣勢であったが、思わぬ少女からの攻撃に賊はすっかり肝を冷やしてしまっていた。こうなると数など関係ない。
ガウェインひとりで4人を纏めて縄でひと括りにするのに、そう時間は掛からなかった。
「悪さはするものではないな」
馬の手綱を引くように縄に引かれた4人の悪党は肩を落としながらアジトへとガウェインを先導する。
その少し後ろでは、ランスロットが同じように最初に打ち倒した男を引いていた。
その目はいまだ、怒りに燃える騎士のそれだ。
唇を引き結ぶ彼女の表情は息を飲むほど美しく、ガウェインの胸にはさらに、この謎の多い少女への興味が募っていくのであった。