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ろまんす!!  作者: さと
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2.ランスロット、アーサー王に会う

 ブルターニュの妖精ヴィヴィアンは、ちょっとした有名人であった。

 森の深くに魔法で蜃気楼の湖を創り、その中の絢爛豪華な城で何百という召使や騎士を抱えて暮らしている。その規模たるや、一国の王にも匹敵するという話である。

 だが、その姿を実際に目にした者は少ない。

 蜃気楼の湖が、どんな堅牢な城壁も敵わないほどに絶えず隙なく城を護っているからだ。

 謎に包まれた神秘の美女は湖の姫とか湖の貴婦人などと呼ばれ、彼女の噂は海を隔てた遠いブリテンにまで届いた。

 だから、キャメロットの王宮に人目を引く美女が一人の美しい娘と逞しい若者二人を引き連れて現れ「湖のヴィヴィアン」と名乗った時、アーサー王は最上級の礼を持ってこの一行をもてなした。

 アーサー王がこの客人を歓待したのにはもうひとつ理由がある。父親の代からの相談役であり、アーサーの後見人でもある魔術師マーリンがこの世で唯一愛する女性、それこそが「湖のヴィヴィアン」であったからだ。

 養母の後についてランスロットたちは王宮の大ホールに通された。そこには何十人もの騎士と、諸侯と貴族、美しい貴婦人が勢ぞろいしていた。精霊降臨節は、アーサーに従う者たちが首都キャメロットに集う日でもある。

 ランスロットはきょろきょろしないように注意しながら周囲を観察した。

 王宮自体は湖の城に勝るとも劣らない大きさと美しさで、そこに集う人々もまた洗練されている。

 しかし、何よりも美しいのはその人たちの中央に座する王と王妃である、と思った。

「ヴィヴィアン殿、わざわざ遠いブルターニュからお越しくださるとは」

 アーサー王は王座から立ち上がらんばかりの勢いで一行の旅の疲れを労った。

「アーサー様、実はこの度お願いがございまして湖の城から出て参りました」

「ヴィヴィアン殿の願いとあれば私の全てを賭けても叶えて差し上げましょう」

 大袈裟な王の言葉にヴィヴィアンが小さく笑う。

「そこまで難しいお願い事をするつもりはございませんわ」

 そう言って、自分の後ろに控える子どもたちを、王の前に押し出す。

「私の養い子たちを陛下の騎士にしていただきたいのです。きっとお役に立ちますでしょう」

 内心、無理難題を持ち掛けられたらどうしよう、と思っていたアーサーはあまりに簡単なヴィヴィアンの「お願い」に声を立てて笑った。

「願ってもない申し出だ!湖の姫の推薦なら確かでしょう。しかしそれより何より、例え貴女の頼みが別のことだったとしても、その時はきっと私が貴女にその若者たちを私の騎士にとお願いしたことでしょう」

「陛下」

 思わぬ幸運に顔を綻ばせるアーサーの斜め後方から何者かが低く声を掛けた。

 輝く金色の髪。首から下は白く輝く鎧に護られている。確かに格好は騎士のそれであったが、その男は醸し出す雰囲気がやけに野生的である。

 身長は高く、身体つきも武勇に優れた者共通の強靭さを持ちがっしりとしていた。それなのに、彼が声を発するまでその存在に気付かなかったことにランスロットは興味を引かれた。

 外見も雰囲気も目立つ男でありながら、彼は完全にアーサーの影になっていたのだ。それはそのまま男のアーサー王への忠誠の証に見えたのだ。

 男は身体をアーサーに向かって少し傾けると静かに忠告を述べる。

「湖の姫のご推薦ですので間違いはないでしょうが、ここは形だけでも通過儀礼を受けてもらわなくては」

「おお、ガウェイン。そなたの言うとおりだ」

 王は大きく頷いて、それから展開が飲み込めずに顔を付き合わせるボールスとライオネルに「騎士になるには条件があるのだ」と説明した。

「そう怯えた顔をするなよ」

 ガウェインと呼ばれた騎士が笑う。

「円卓の騎士は常に最強の騎士団でなければならない。だから、騎士になるには円卓の騎士の誰か一人に勝たなければならないんだ」

 しかし、おまえたちは湖の姫の推薦状付きだから形式だけにしておく、という言葉にボールスとライオネルは内心安堵の息を吐いた。腕に自信はあるものの、そう突然「最強の騎士団」と謳われるアーサー王の騎士を相手に勝負をしろと言われてもまともに試合が出来るとは思えなかったからだ。

「アグラヴェイン、モルドレッド。おまえたちが相手をしてやれ。わかっていると思うが、あまり本気になるなよ。姫のご子息方に怪我でもされたら困る」

 金髪と黒髪の騎士が面倒臭そうに頷く。

 そのやり取りにカチンときたのはボールスでもライオネルでもなくランスロットだった。

「ふたりとも、思い切り叩きのめして来い」

 小声で隣に並ぶ従弟たちに指示を出す。

「しかし、兄上……」

「気後れすることも相手を気遣うこともない。おまえたちの強さは俺が保証するし、向こうははなからおまえたちを嘗めてかかっているからだ」

 ランスロットの微笑みにボールスとライオネルからあっという間に緊張が消えた。それどころか、自分たちを馬鹿にしてかかっているあの騎士に一泡吹かせてやろう、と闘志にを燃やす。

「兄上、叩きのめして私があの騎士殿に恨まれることになったら、私は兄上のせいですと言いますからね」

 先陣を切ったのはライオネル。

 ガウェインの用意させた槍を構え、10分ほどの対峙の後見事に歳も体格もそう変わらないモルドレッド卿の盾を貫き勝利を収めた。

 続いたボールスも何の苦もなくアグラヴェイン卿の槍を弾き落として勝負を決める。

 アーサー王は二人の戦いぶりに喜びの声を上げて玉座から立ち上がった。

「今日はなんと喜ばしい日だ!こんなにも素晴らしい若者が二人も私の騎士になってくれるとは!」

「ふたり?」

 王の言葉に焦ったのはランスロットだ。

「お、恐れながら王様。私も騎士にしていただくべくここに参ったのですが」

 広大なホール中が静まった。一瞬後、その場にいるヴィヴィアン、ボールス、ライオネルとランスロットそれに王と王妃を除いた全員が笑い出した。

「美しき乙女よ」

 先ほどの戦いでボールスに勝ちを譲ったアグラヴェインが込み上げる笑いに声を震わせながら言う。

「ご勘弁いただきたいが、我々としても先ほど以上の手加減は出来ませぬゆえ」

「お嬢さん」

 その隣で、目に滲んだ涙を拭いながらガウェインが言った。

「騎士というのは王の話し相手でもお酌役でもないんだ。兄上方と離れたくない気持ちも分かるが」

 負けず嫌いで馬鹿にされるのが嫌いなランスロットが、そういった言葉を聞き流せるはずもなく

「私は、貴方がお相手でも構いませんがね。それに、この者たちは私の弟のようなものです」

 ニヤニヤと笑みを浮かべるガウェインを睨みつける。

「弟?そりゃ失礼した。しかし、俺が貴女のお相手をして差し上げることは残念ながらできないのですよ」

 ガウェインは今度こそ声高に笑い出した。

「俺たち騎士には決まりごとが幾つか定められていてね。麗しの乙女を傷付けるなど言語道断だ。これは俺の最も敬愛するこのアーサー叔父上がお定めになった気高き騎士の掟さ」

「あなたに傷付けられるほど私はヤワではありません」

「その剣を持ったこともないような細腕に俺くらいの筋肉を付けてから言うんだな」

「お待ちなさい」

 睨みあうガウェインとランスロットの間に何者かの声が割り込んだ。

 鈴の音のような美しい声の主を、ランスロットは最初、養母のヴィヴィアンかと思った。

 しかし、声はヴィヴィアンのいる場所とは違う方向から聞こえたのだ。

 もっと前方。誰よりも前。そして、王の隣の席。

「ガウェイン殿、それはあまりにもそのお嬢さんに失礼です。同じ女として見過ごせませんわ」

 すっくと立ち上がったのは、王の隣に座ってずっとニコニコと成り行きを見守っていた女性。

 豊かな金髪のウェーブに、ランスロットは目を奪われた。白磁の肌に、薔薇色の唇。不機嫌そうな表情も彼女の高貴な存在感を際立たせるだけのものだった。

「しかし、グウィネヴィア様……」

「良いではありませんか、手合わせくらいしてあげても。それでやはり太刀打ちできなければ彼女も諦めるでしょう」

 そうでしょう?と微笑みかけられて、ランスロットはブンブンと頭を縦に振った。

 実際にその姿を目の当たりにしてこの王と王妃に仕えたいと強く願ったが、今ここで他の者に負けてしまうくらいなら最初から自分にその資格はないということだ。

「安心をし。もしおまえが負けてしまっても、私の侍女として王宮に置いてあげましょう。それならば、弟君らと離れなくて済むでしょう?」

「王妃様……」

 ランスロットは王妃の心遣いに胸が一杯になった。

 この美貌、この気高さ、そしてこの慈悲深さ。もし自分が男の姿のままこの場にいたら、間違いなく不埒な思いを抱いていただろう。

「よろしいでしょう?あなた」

 グウィネヴィアの問い掛けにアーサーも微笑んで答える。

「元々私は彼女を蔑ろにする気などなかったさ。我が甥ガウェインよ、騎士たる者美しい娘さんを悲しませるような真似をしてもならぬ。真摯な訴えを笑うなど以ての外だ」

「申し訳ありません」

 アーサー王の言葉にガウェインは今までの表情を改め、ランスロットの前に片膝をついた。

「ご無礼をお許しください、姫。しかし、この私に貴女の相手をしろとはご命令くださいませぬようにお願いいたします。私は本当に、貴女の美貌にほんの些細な傷を付けることもしたくはないので」

 ランスロットは、何を思うよりも先に呆れ返ってガウェインの垂れた頭を見つめた。

 よくもここまで素早く変われるものだ。さっきのさっきまで馬鹿にしきってランスロットを見下していた男の旋毛が、たった今目の前にある。

「どうか顔をお上げください、ガウェイン卿」

 ランスロットが微笑みを見せながら言う。

「私はあなたにかすり傷のひとつもつけられる気は毛頭ありませんが、お心遣いに感謝いたします」

 ガウェインの肩がぴくりと反応したのが見えた。心では反論を唱えていながら王と王妃の手前表に出せない、という騎士の心情が手に取るように分かった。

 この男もよっぽど負けず嫌いなようだ。旋毛と肩だけでここまで語る人物も珍しい。

「しかしガウェイン、おまえは騎士の中で最も武勇に長けた者だ。他の者ではおまえのように巧みな手加減など出来ぬであろう」

「どうか、叔父上。後生ですから私にその役目をお命じくださいますな」

「ならば、この乙女の相手はどうするか……」

 当然ながら、ランスロットの相手に志願をする騎士はひとりもいなかった。

 手加減、というものは案外難しいもので、武器を構えたからにはこの娘を傷つけずに勝負を決する自信が誰の胸にもなかったからである。

「陛下、私に考えがあります」

 再び沈黙の落ちかけたホールに、ヴィヴィアンの声が響き渡る。

「つまりは、円卓の騎士様方に匹敵する武勇を皆様に示せば、この娘を騎士にしていただける、ということでしょう」

「しかし、試合以外にそのような方法があるのか」

「失礼ながら」

 戸惑うアーサーにヴィヴィアンが続ける。

「御領地内に、どんな騎士様も破れずにいる呪われた砦があるとか」

 アーサーは頷いた。

「私の騎士も何人も向かったが、帰ってきた者はいない」

 その砦は、キャメロットの南東にある。

 門の前を通りかかる者を、それが騎士であろうと商人や村人であろうと拘らず、砦の中から出てくる黒い鎧を身に纏った騎士が攻撃する。そうして勝負に敗れて力を失った人々を、そのまま砦内に引き摺り込むのだった。

 そんな呪われた砦のせいで周囲の村は困り果てているのだという。

「陛下!」

 呪いの砦の話を聞いたランスロットは徐に立ち上がった。

「そのような砦があると聞いて黙っていることはできません。私、ただ今よりその砦に行って呪いを解いて参ります」

 そんなランスロットにヴィヴィアンは微笑む。

「お聞きの通りです、陛下。この娘、ランスロットが無事に砦の呪いを解いてキャメロットに戻りましたらその時は」

「その時は誰も文句はあるまい。騎士の称号を与えるが……。しかし……」

「慈悲深く気高きアーサー王様。どうぞ、ご心配は無用にございます」

 アーサーから馬を借りヴィヴィアンが用意してくれていた剣アロンダイトを携えて、ランスロットはキャメロットを後にした。





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