1.湖のランスロット、女になる
「養母上、用事とはなんですか」
ランスロットは少しだけ唇を突き出し、不満そうに育ての親である湖のヴィヴィアン姫を見つめた。
明日はランスロットの18歳の誕生日である。今日はその前祝にと従弟のライオネルが鷹狩に連れ出してくれたのであった。
その最中、養母から呼び出しを食らいすっかり膨れてしまったランスロットである。
ヴィヴィアンは頬を膨らませたランスロットを見遣り、呆れたようにため息を吐いた。
「ランスロット、いいですか。以前から何度も言っているように、おまえは18になったらこの城を出てキャメロットへ行かねばなりません」
「養母上、俺は以前から何度も申し上げているように、キャメロットへなぞ行きません」
きっぱりと言い切ったランスロットの言葉をヴィヴィアンは綺麗に無視した。
「しかし、おまえがおまえのままで赴けば、やがてキャメロットは崩壊の道を辿るのです」
「だからキャメロットへなんか行かないと何度申せば……!!」
ランスロットの抗議は、しかし最後まで言い終わることが出来なかった。湖のヴィヴィアンが彼目掛け、なにやら薄ピンク色をした液体を振り掛けたからである。
大口を開けていたランスロットは僅かながらその液体を飲み込んだ。いつまでも残るような、ねっとりとした甘さが口の中に広がる。
「……いきなり何をするんですか、養母上」
腹の底から絞り出した声は主の意図に反して高かった。
そういえば、今まで僅かに見下ろしていたヴィヴィアンを見上げるような角度に首を持ち上げている。突然どっしりと、胸から肩に掛けての重みが増した。
「養母上、何をした?」
ハスキーではあるものの変声期を過ぎた男にしては高すぎる声でキャンキャン喚くランスロットに、ヴィヴィアンはにっこりと微笑んで見せた。
「母からの餞別です。あなたも男のままで傾国の美男の誹りを受けるより女の形で救国の英雄の名誉を授かった方が良いでしょう」
「俺は傾国も救国もしないと言っているでしょう!何故このままここで、貴女を護る騎士でいろと言ってくださらないのですか!」
言ったきり俯いてしまったランスロットの泣いているように震える細い肩を、ヴィヴィアンは慈愛の瞳で見下ろす。
彼女だとて我が子同然に愛し、育てたこどもを手放したくなどなかった。
だが……
「どこの世界に、世界を掴む力を持つ子供を、そうと知っていて狭い湖の底に縛り付けておく母親がいますか」
「養母上……」
ヴィヴィアンの思いに言葉を詰まらせたランスロットは背後から掛けられた声に振り返る。
そこには従弟のボールスとライオネルが立っていた。
「やぁ、兄上。母上のお小言はお済みですか……な?」
兄のボールスが目と口を思いっきり見開きその場に立ち尽くした。弟のライオネルもボールス同様にぽかんと口を開けてランスロットを見ている。
神妙な顔つきをしたボールスがそろりと口を開く。
「母上、万が一と言うこともありますゆえ念のためお尋ね申し上げるが、その美姫はどなたですか」
「何を言っているんです、ボールス。おまえは共に育った従兄の顔を忘れたとでも言うのですかですか。私はランスロットの面影まで変えたつもりはありませんよ」
ボールスの、ランスロットとは似ていない厳つい顔がサッと青くなった。
「や、やはりランスロット兄上ですか」
後方で顔を赤くしていたライオネルの顔も今度は兄と同じように青ざめていく。
「兄上、こんな格好にされるなど今度は一体何をやらかしたんです?俺はなんだか泣きたくなってきました」
立ち直りの早いボールスが、すっかり美女の中の美女と化した従兄に恨みがましい目を向けた。
確かにランスロットはこれまでにも何度か養母によって姿を変えられたことがある。10歳の頃には丘向こうで民に悪さをするゴーレムを一人で退治にいって、もう二度とそんな無謀な真似はしないようにと一週間もウサギに変えられた。もう生半可なことでは驚かないと思っていたボールスも、まさか女にされるとは、と若干呆れ気味だった。
「ボールス、今本当に泣きたいのはおまえだけだとよもや本気で思っているわけではあるまいな?」
「蛙の時は蛙に似合わぬ高潔さであったが、今はなかなか似合っております。兄上はまだなにか泣かなければならぬことでもおありですか?」
段々とふざけた気配を漂わす兄と悔しさにギリギリと唇を噛み締める従兄の間で、ライオネルは成す術なくオロオロするばかりだ。
「二人とも、じゃれるのもそこまでです。明日早くにキャメロットへ発たねば聖霊降臨節に間に合いません」
「キャメロット?」
今までろくにランスロットと目を合わせようともしなかったライオネルがヴィヴィアンの言葉に虚を突かれたように従兄を見る。
「兄上は、キャメロットに行かれるのですか?あんなに嫌がっていたのに?」
ランスロットは、ヴィヴィアンを見た。それからボールスとライオネルを。
足下に目を落とし、ハァと大きく息を吐く。
今でもまだ、この城で美しい養母を護って暮らしたいという思いは強いけれど……
「ボールス、ライオネル。養母上を頼む」
ボールスとライオネルは信じられないものでも見るかのようにランスロットを見た。
「これはずるい。兄上は一人だけ円卓の騎士の誉れを得ようというのですか」
ボールスの言葉に続きライオネルも微笑む。
「私どももお供させて下さい。もちろん、母君がお許しくださればですが」




