7話
神社にたどり着くと、そこは見たことのない景色でした。
鳥居をくぐり抜け、細い道を進む。しばらくすると境内が見えてきたが、境内の後ろ側に出た。
まるでそれは、神様が正面側から出直して来いと言わんばかりの違和感のある境内でした。
だが、正面には崖しかない。崖の下には海が見え、離れ小島が見える。あの離れ小島にも行ってみたいとも思うが、目の前にはあるのは崖。
よく見ると下に降りていけるようにロープが準備してあることに気がつきました。
一瞬、躊躇する。私だってもう若くはない。猿のように木登りしていた昔と違い、だいぶ体は動かなくなっている。
気合いを入れて、ロープを掴み、崖を降りていく。滑るように、転がり落ちるように、ゆっくりと下っていく。
直線距離としては短いが、長い時間がかかる。足を踏み外せば、大怪我につながる。そんな緊張感の中、ゆっくりと下っていく。
ようやく波の音が聞こえる距離まで来た。離れ小島の全貌も見えてきた。上空から見た時とは違う、良い意味で異質な様。
神様が作り出した造形物とコンクリートの造形物。離れ小島は離れておらず、歩いて行ける。
満潮になれば、海に隠れるコンクリートの苔に足を取られないように、慎重に小島に近づくと、また新たな発見がありました。
私の見ている景色は離れ小島の後ろ側だったのです。
表側にはどうやっても行けない。断崖絶壁の離れ小島の裏側だけを見て、私は引き返すことにしました。
今度は崖登りが待っている。ロープを掴み、木の根を掴み、登っていく。降りる時とは違い、軽やかに登っていく。
登りきると、目の前には神社の境内が姿を現した。私を出迎えるように正面に見えるその姿は神々しいものがありました。
神様がいるから神社だ。わかっているはずなのに、神々しいと思うその感覚はなんとも言えない不思議なものでした。
心地よい感覚を残したまま、私は自宅に帰ることにした。2時間ほどの長いドライブだったが、あっという間に家に着きました。
そして、目についたのは、黒い猫だった。朝と同じ場所に横たわる黒い猫。
その時、初めて私の気持ちが動いてしまった。
「このままにしておくわけにはいかないな」
いつもなら、知らない間に回収されて、二度と見ることがない動物の死骸。道路の真ん中で、人目によく付く場所で、横たわる黒い猫を放っておくことができなかった。
自宅に戻った私は真っ先に手袋を探し始めた。初めて触れる、その死に対してどうするのが正解なのかわからないまま、新品の白い軍手を探し出し、横たわる黒い猫を道路の端に寄せることにしました。
初めて触れる、死の感覚は軽いものでした。見た目の大きさは愛犬のロコットと同じくらいだが、ロコットよりはるかに軽い。
道路の端は整備のされていない用水路。草むらの布団に寝せるように、静かにそっと置く。
手に残った感覚は重いものでした。愛犬のロコットの今後のことを考えてしまう。歳を重ねたロコットがいつまでも元気で生き続けるわけではない。そんなことを思っていると、やけにその黒い猫のことが気になりだしました。
「もしかして、お前はウチに呼ばれてきたのか?」
もし、呼ばれてきたのなら、家の庭に埋めた方がいいのだろうか。
そんな考えが一瞬よぎるが、すぐに違う考えがよぎった。
「でも、アキコが家を留守にしてる間に、庭に動物の死骸を埋めるなんて怒られるに決まってる。明日になれば、きっと回収されるだろうな」
そんなことを考えていると、妻から連絡がありました。
『買い物するのあるから、今日は家に帰るね」
しばらくすると妻が帰ってきました。
会社の寮はこんな感じだ。仕事場はあんな感じだ。上司は……
そんな話をして、一日が終わる。
翌朝、妻は何事もなく、普通に出ていった。見送りをすると、気づきました。
道路の端に寄せたはずの猫の姿が見当たらない。だから、妻は死んだ猫のことについて、何も言わなかったのだと。
だけど、黒い猫はそこに居た。道路の端から用水路の中へと場所を移して、そこに居た。
誰の目にも留まらぬ、その場所に移動した黒い猫はそこに静かに横たわっていました。




