9−2 一歩前進
シュバルツブルグの外交官マクシミリアンは王都を離れて自国に戻って行った。
私は金曜日に王宮へ呼ばれた。前日にファインズ家タウンハウスへ帰宅する様に言われて迎えの馬車に乗って行くと、スザンナ夫人が待っていた。
「明日、王宮にて聖女審査に望む我が国の正式候補としての任命式があるから、その時着て行くローブを一度合わせて頂戴」
「えっ?あの、一度も誰かと競う事も無かったんですけど?正式決定なんですか?」
「誰も比較にならないって事じゃない。立派な娘を持って母として鼻が高いわ」
いえ、お義母様はもともと鼻筋の通った美人だから、私の件がなくとも鼻が高いです。
そういう訳で、見るからに教会関係者に見えるローブを着せられた…そのう、胸がさみしいと寸胴に見えるんですが!
「うん。良く似合ってとても聖女っぽいわ」
あれか?聖女はセックスアピールが乏しい方がそれらしいのか!?心の中だけで愚痴を零して、引っかかるところがないか腕や腰を回してみる。
「布が柔らかいので動き易いです」
「そうね。外国産の高級品よね。聖女審査から戻って来たら、社交用の服はこのレベルの布地で作らないとね」
…駄目駄目で帰って来る可能性もあるんですが!?
「普段着は地味目でお願いします」
スザンナ夫人はにっこり笑った。
「その年頃なら、すぐ大人になってしまうわ。派手な服も似合う様になるから、安心して派手なおしゃれを楽しみなさいな」
聖女は清貧を貫かなくてもいいのかなぁ…
翌日の王宮行きはファインズ侯爵夫妻と一緒になった。義理の娘と言う事で、後見人の一人として出席するとの事。
待合室でも二人は色々世間話をして、緊張をほぐそうとしてくれた。
「西部もそろそろ紅葉が進んで、行く頃には葉が落ちてしまうかもしれないね」
「南部でもそろそろ見頃でしょうから。西部は少し早いのでしょうね」
「西部は根菜をよく食べるそうよ。土臭いかもしれないけど、食べる事があったら、どんなだったか教えてね。美味しそうなら料理長に作ってもらうから」
「根菜なら南部でも時々煮込み料理に入っていますから抵抗はありません。何か頼める機会があったら食べてみますね」
二人の水気はほんのり黄色かった。私が聖女候補となる事を喜んでいる様だ。期待に応えられると良いのだけれど、なにしろ、聖女候補というのがどの程度の能力があるべきなのかが全く分からない。競い合う事がなかったのだから。ぶっつけでシュバルツブルグの聖女候補と比較されて、レベルが足りなくてももうどうこうする時間が無い。不安は隠したつもりだけれど、義父母とは人生経験が違う。心配させていなければ良いのだけれど…
そうして、正謁見室に呼ばれ、任命式が始まった。司会はどうやら宰相、ハロルド・バークシャーだった。
「我が国の聖女候補として、推薦人からの推薦が行われた。これをここに審議する。推薦人、カミラ・アビンドン、前へ」
カミラ様が前に出て、陛下に向けて一礼した。
「推薦人は推薦する者の名をここで述べよ」
「はい、私、カミラ・アビンドンは、テティス・ファインズを我が国の聖女候補として推薦します」
「フィリップ・コヴェントリー大司教、これに意見を述べよ」
「はい、私、フィリップ・コヴェントリーは大司教の権限をもって、テティス・ファインズの聖女候補任命を国王陛下に推薦します」
国王ヘンリーが椅子から立ち上がり、演台の上に置かれた書類にペンを走らせた。これを横に控えた宰相が恭しく受け取り、一際大きな声で宣言した。
「国王陛下が承認された!ここにテティス・ファインズが我が国の聖女候補として任命された事を宣言する!」
本来は貴族全員が居並ぶ中の任命式になるところだが、今回は北部貴族の破壊工作の恐れがあったため、貴族議会議長と教会関係者のみが立ち会う事になった。それでも出席した人々は心から聖女候補の任命を喜んだ事は私には分かった。水気が濃い黄色だったのだ。いや、それでも充分なプレッシャーなんだけど。
ファインズ侯爵夫妻の横に立つ私の前に、国王陛下と王妃陛下がやって来た。だから思いっきり足を広げてカーテシーを行う事になった。国王ヘンリーは微笑んで仰った。
「よい、楽にせよ」
普通に立ち直した私に陛下は仰った。
「我が母、先代聖女ジュディスはおおらかな面も優しい面も、厳しい面もあった。其方も苦労の果てにその境地に至るであろう。期待をしておる」
「有難き幸せにございます」
他に言う言葉がないよね…
そして王妃陛下も仰った。
「それでも、お義母様と楽しく話す事もあったのよ。あなたの選ぶ王子は多分リチャードではないと思うけど、私の事を4人目の母と思って頂戴ね」
ああ、カーライル家の事情もよく分かっておられる。
「お言葉、有難く頂戴いたします」
そして、コヴェントリー大司教が近づいて来た。
「聖女候補テティス、あなたに与えられる試練が、あなたを一私人から公人へと変えるだろう。神のご加護を賜るあなたに、私からもささやかな祝福を」
そう言って私の前で祈りを捧げた。
「ありがとうございます。ご期待に応えられる様、精進いたします」
公人に変える、ってつまり聖女になる様に期待してるって意味だよね…大司教様、もっと期待に答えられそうな人に期待して欲しかった。
こうして聖女候補任命式は終わった。そして私はこの国の正式な聖女候補になったのだが…この国の他の聖魔法師の女性の皆さん…もっと頑張って欲しかったよ…
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