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8−16 後始末

 王都近郊の王家側兵力はデボン伯爵領での騒動で移動する事は無かった。それどころかデボン領が制圧された為に物資の移動を監視する必用がなくなり、サーバント川南岸の重要地点への移動を始めた。こうなると上げた手を下ろす場所がなくなったラッセル派が無茶をする可能性があるからだ。


 だから、宰相とラッセル侯爵の侍従が秘密の打合せを行った。

「それで、どうするつもりかね?渡河して小競り合いをしても、互いに成果を上げる状況ではなかろう?」

「別に当方は反乱の意図はありませんよ。王家側の横暴に対処する為に嫌々備えを行っているだけです」

「そうは言ってもアシュリー領に対する貴族議会の選抜委員の視察では、醸造以外の用途の設備が見つかっている。ここで騎士団が退いてはそれこそ議会に理由が説明出来ない」

「それはそちらの事情でしょう。こちらとしては何か起こってから対処しては遅いと思っている。だから、現状、兵は退けません」

「仕方が無いな。では、他に理由が出来ない限り、サーバント川を騎士団が渡る事は無い、その約束をしよう。主人と相談して来てくれないか?」

「その約束があれば何とかなるかもしれません。一度持ち帰らせてください」


 そうは言っても、ラッセル派としても常備兵でない民衆の動員でサーバント川付近の備えを補っている。いつまでも動員を続ける余計な金はなかった。宰相としては、だからラッセル派が言って欲しい言葉を言ってやったのだ。


 そして再度の秘密の打合せが行われた。

「閣下はこちらが何らかの約束をしたと公表されなければ手を引いても良いと仰っております」

「余計な公表をしないで済むらなこちらも歓迎するが、その場合、いつ兵を退くかで互いに約束が必用だ」

「三日後ではどうでしょう?」

「その条件で行こう」


 こうしてサーバント川両岸に終結していた両勢力の兵は移動し、通常の体制に戻った。


 ラッセル侯爵側は王家が今回の停戦条件を公開しない約束をしているのを利用し、自分に有利なデマを広げた。

「王家側は北部の結束の強さに驚き、緊張緩和の為に兵を退いた」

「腰抜け王家はもう国を治める能力がない」

そうラッセル派の貴族達は吹聴した。停戦自体が秘密の口約束なので、いくらでもデマを広められると思ったんだ。


 こうして自分の面子を保つ事を彼等は優先した。兵を集めただけで相手を下がらせたから、今回は我々の勝ち、そう喧伝したかったんだが。


 一方、王家はこの停戦の時間に北部を切り崩すつもりだった。ラッセルに従ってもうま味がないと知らしめれば良いのだ。


 その宣伝の場として貴族議会を利用した。今回の事件の後始末を宰相は貴族議会で報告した。

「麻薬・毒物製造の罪で、アシュリー家は取り潰し、領地はグラントン公爵の甥が引き継ぐ事となる。また、麻薬の拡散、聖女候補襲撃の罪でデボン家も取り潰し、領地はファインズ侯爵の甥が引き継ぐ」

公爵家はいつ王子が婿に来るか分からず、男系の血筋は途絶える可能性がある。独立した伯爵家としてその血が続くのはグラントン公爵一族としては大歓迎だった。ファインズ侯爵家としても、兵を用いてコストをかけている。その恩賞は必用だった。


 これに対してラッセル侯爵が噛みついた。

「グラントン公爵の勢力は絶大である!北部全体のバランスを考えたら、グラントン家以外の勢力をアシュリー領に入れるべきだ!」

これに対して貴族議会議長が応えた。

「これはバランスを優先した判断ではなく、恩賞なのだ。皆が知っての通り、グラントン公はアシュリー伯に公正な判断が出来る様に停戦に尽力し、この為、貴族議会も証拠の確認が出来た。王家からも、貴族議会からも彼に感謝の意を示すべきと考える」

「それで国内の勢力バランスが狂う事を何も考えないと言うのか!?」

「仕方ないだろう?君の派閥は今回何もしていないのだから、何らかの利益を得るのは不公平だ。我々は何度も君に協力を依頼したが、君が断固として断ったのを忘れたのかね?」


 いくら恥知らずのアンドルー・ラッセルでも、自分が貴族議会で事件解決への協力を明確に断り続けた事を否定出来なかった。だから矛先を変えた。

「デボン領は南部であり、東部のファインズが勢力を入れるのはやはり南部にとって脅威である!デボン領へのファインズ関係者の後継は断固反対する!南部から選ぶべきだ!デヴォンシャー公爵か、クラーク侯爵に頼むべきだ!」

もう南部にラッセル派はいなくなったが、それでもラッセル候に敵対するファインズの勢力拡大は防ごうとしたのだ。


 しかし、二人とも辞退した。

「功無き者に恩賞を与えるのは世の乱れの原因となる」

と当然の理由を挙げた。


 この裏で、王家側はラッセル派以外の北部貴族と交渉を続けた。

「貴領地での聖女候補の情報提供と候補への教会の接触を許可して貰えれば、ここまでの情報隠蔽を咎めない」

北部貴族にとってはラッセルに近いと思われる場合の危険性が増している以上、そこまで近くない貴族としては王家に忠誠アピールをする必用を感じたから、ラッセル候に一言告げてから自領での聖女候補と成り得る女性の情報を提供した。


 これに対して、ラッセル侯は吹聴した。

「王家としてはファインズの養女を聖女候補にすると決めている。だから、いくら才能のある者を推薦しても王家は有難がらない。だから協力しても無駄だ」

これはある意味正しかった。カミラ女史が改めて推薦された女性達の能力を確認したが、どう見てもテティス以上の能力者とは思えない者ばかりであった。


 王都に戻ったテティスは、ただ餌として使われたとは思いたくなかったから、意地でも今回の巡行が聖魔法師と患者達にとって意味のあるものにしたかった。だから後から詳細を書き足した治療報告をカミラに提出した。


 しかし、それを一通り読んだカミラとその助手達は嘆息した。

「見事に参考にならない治療例ばかりだね。一度断裂した神経組織を聖魔法で繋ぐことなど出来ないし、その他無理が並んでいる。桁外れの聖女だから出来る事、としか言い様が無いよ」

「水魔法を併用しているからとも考えられますが…」

「雨を降らせられる水魔法師が、歴史上何人いると思ってるんだい?そいつが聖魔法も持っている可能性など、まず無いだろうよ。あ奴の偉業を称える治療例集以外の何物でもないよ、この報告書は」

 WBSで一私企業もインテリジェンスを強化していると報道していました。この場合のインテリジェンスは主に戦略的な情報収集と分析の事を意味しているそうです。インテリジェンス…個人としては信用できる人の話を聞く、つまり情報の信頼性は属人的である事を肝に命じる必要がありますね。群集心理で流してしまおうと考えている輩が多いですから。


 あ、明日から9章の予定です。

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