8−14 聖女候補の南部巡行 (9)
「南門と東門は既に確保してあります。デボン伯爵側はあくまで民衆の反乱と主張する予定だったと思われ、都市内の兵力の増強はほぼしておりません。都市外では領地北部寄りの町に伯爵が領地騎士団を集めておりますが、こちらは別動隊が包囲しつつあります。また、都市近郊の街道筋には伏兵を置いております。伯爵本人が逃亡しても抑えられる体制を敷いております」
「伯爵の手の者と思われる人間が民衆を扇動していました。また民衆を盾に使う可能性はあるのではないでしょうか?」
「ここは商業都市です。商家の忠誠心は領主にはありません。だから扇動される様な民衆は都市外から連れて来た農民です。必要以上の民衆を集め、維持するには金がかかりますので、都市西側に集めた民衆以外にそれらしき集団はおりません」
デボン伯爵の領主館に、聖女拉致の暴動を見届ける役の男が走り込んで来た。
「蜂起は失敗しました!女のビッグウェーブの魔法に農民達は怖気づいてしまい、逃げ出しました!」
「麻薬で興奮状態にしていたのでは無かったのか!?」
「二度目のビッグウェーブで溺れかかり、全員興奮状態が醒めた様です」
その報告を聞いている間に、もう一人の男が報告に走り込んで来た。
「東門、ファインズ侯爵家の紋章を付けた軍勢が押し寄せ、制圧されました!
槍兵と盾兵を前面に出し侵入して来ます!」
「何でファインズ侯爵の兵がここにいる!?」
近くにいた侍従が呻く様に口を開いた。
「聖女候補はファインズ家の養女ですから…」
「だからってここに今押し寄せるなんて、早すぎるだろう!?」
「そもそも、聖女候補をここに来させる事自体が罠だったのでは…」
デボン伯爵は苦虫を噛みしめる顔をした。そう、聖女候補の南部巡行計画が分かった時点でラッセル侯爵からこの地で襲撃する計画を指示されたが、貴族議会のやり取りの結果、更に強い指示があったのだ。念を押してファインズ候がラッセル候を煽ったんだ。
侍従はデボン伯爵に耳打ちした。
「それで、如何いたしますか。多分ファインズ候はこの都市を制圧するのに充分な兵力を寄越している筈です」
「…少数で脱出する。お前は1日ここを持たせた後、降伏しろ」
「では、手筈通りに」
デボン伯爵は領主館の普段は使わない偽装された門から脱出した。近くの民家に偽装した家の厩舎から馬に乗り、都市の北門に走ったが、ファインズ家の伏兵の設けたバリケードに捕まり進退窮まったところを捕らえられた。
その頃、都市南部の商家の倉庫には悲鳴が響いていた。
「ぎゃあーっ、やめてくれー」
先程捕らえた民衆の扇動係が水責めに遭っていた。溺れかけた人間を水責め、鬼畜の所業だった。さすがにテティスは可哀相と思ったが、ヨハンが一言言ったので黙った。
「効率重視だ。まず証言が必用だからな」
そう言う訳で、この都市攻略司令部にデボン伯が連れて来られる前には証言が出ていた。
『デボン伯爵の命により民衆を扇動して聖女候補を捕らえる予定だった』
4人が口を割った。残り2人は気絶した後、パニックを起こしてしまい証言どころでは無くなってしまった。
そこにデボン伯爵が連れられて来た。
「貴様ら、伯爵である私を無法に捕らえて、ただで済むと思うなよ!」
「やあ、伯爵閣下。既に証言は得ておりまして。麻薬を使って民衆を興奮させ、扇動して聖女候補を襲う様に命令したそうですな」
「濡れ衣だ!冤罪だ!貴族議会の介入を要求する!」
「済まないが、もう証拠の麻薬も押収したよ。貴方は犯罪者として王都へ送られる事になる。既に王家からデボン伯爵が抵抗した場合は捕らえ、尋問するように命令書を得ている」
「既にだと!やはり冤罪を押し付ける計画だったのではないか!ラッセル侯爵は決して貴様らを許さないぞ!」
「奴は動かないよ。本件で王都近辺の第二騎士団が動かないのだからな。第二騎士団がこちらに移動したら動く計画なのだろう?さて、尋問につきあってもらおうか。叫び声が聞こえるだろう?二人ほど拷問で壊れてしまった。同じ目に遭いたくなければ、素直に証言する事をお勧めするよ」
こうしてデボン伯爵も翌日には証言をした。但し、自分の独断で行った事で、他の協力者はいないと言い張った。ファインズ家騎士団としては『聖女候補を襲う命令を出した』とだけ証言が得られれば良かったから、デボン伯爵は王都に送られた。それでデボン伯爵領制圧の大義名分は立つのだから。
騒動の起きている頃の王都では、サマセット公爵のタウンハウスでプリシア・サマセットとジェラルド・ファインズがお茶を飲みながら話をしていた。
「ああ、聖女候補のテティスさんの危機に、さっそうと騎馬で助けに駆けつけたかったわ」
「いや、令嬢が戦場に出たら駄目だろう。周囲に迷惑だ」
「あら、騎士団長には馬上槍は兄より上手だと褒められたのよ?」
「いや、せめて従騎士より上手にならないとな」
「従騎士との模擬戦では三連勝中よ」
「シア、それでも万一があるから実戦は駄目だ」
「ふふ、心配してくれるのね?」
友人だし、一応ご令嬢だからな、とジェラルドは口の中でごにょごにょ言っていた。そう、デボン伯爵領制圧の部隊は、サマセット公爵領騎士団とファインズ侯爵領騎士団が合同で派兵していた。そうする事で第二騎士団の手を煩わせる事なく制圧が出来たのだ。
ファインズ家騎士団の捜査からも麻薬が使われた事が明らかになった為、テティスが希望者を診察する事にした。事件の翌日に現れた農民は襲った本人に診察を受けるのは大分ばつが悪いと思ったが、麻薬の影響があるかどうかを知りたいと言う気持ちを優先させた様だ。ところが、医師による試薬検査によると、尿からは麻薬が検出されず、血液から微量が見つかる結果になった。つまり、飲み込んだ水経由で腹の中は浄化された為、尿には麻薬が残っていなかった。
多くの農民達は麻薬の残留量は微小だったが、テティスの聖魔法で完全に痕跡が無くなった。喜んだ農民達はテティスの両手を握って大喜びして帰って行った。
「偽物は帰れって言っていたのに、現金なものだ」
ヨハンは皮肉めかして言ったが。
「麻薬を盛られたと聞いて、不安だったのでしょう。あの人達の気持ちも考えてあげて」
「そこは聖女様に任せるさ」
「まだ聖女じゃないわ」
「百人の麻薬の影響を一挙に無くすなんて威力の聖魔法を使える人間は、聖女以外にいないぞ」
「半分水魔法だけど…」
前にも書きましたが、麻薬が出てきた場合、王家は貴族を裁ける事になっております。貴族達としても、国内に麻薬がばらまかれて労働力が失われたり、妙な事に金を使って破産や夜逃げをする者が増えると困るので、騎士団の捜査権を許可しています。




