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8−12 聖女候補の南部巡行 (7)

 デボン伯爵の領主館のある都市は、中々大規模な街だった。高くは無いが外周を囲う塀があり、水の流れない川が囲っていた。空堀という物かもしれない。外壁の近くには木々は無く、少し距離を置いて林が広がっていた。


 そうして都市の西側から入門する私達に、門番以外の出迎えは無かった。都市外には人は出ないものなのか、外出禁止令でも出ているのだろう。


 外門から真っすぐには領主の館にいけないらしく、一度角を曲がった。

「ヨハン」

「何だ?」

「お待ちかねのトラブルみたいよ」

「別に待ってはいないが」

「うそつき」


 角を曲がると、群衆が道を塞いでいた。それらの水気の多くは赤かったから、この群衆が歓迎の為に集まっているのでは無い事は分かっていた。


 先頭に並ぶ男の一人が叫んだ。

「王家の作り上げた偽りの聖女など我々には必用ない!早々にこの地を去れ!」

「そうだそうだ!」「偽物なんかいらねぇ」「出て行け!」

群衆が追従して叫んだ。帰っていいなら帰るけど、そうはいかないのだろう。


 先頭の馬車は第二騎士団の幌馬車だから、そこから大楯を持った騎士達が降りて来て、群衆と馬車の車列の間に立ちはだかった。百人を越える群衆に、8枚の大楯では防ぎきれない。分かっていてやっている。


 この場で聖女候補が害されたと言う事実を王家が欲しがっているのだろう。そう、聖女候補(まだそのまた候補に過ぎないが)は王家と教会の保護下にある。それを危険に晒す様な許可を騎士団に出せるのは王家しかいない。


 それは、この群衆がラッセル侯爵派が動員した群衆だからだろう。つまり、デボン伯爵はラッセル派で、アシュリー伯爵領へ向かう騎士団の勢力を削ぐ為に、ここで問題を起こすつもりなのだ。それを鎮圧し、後顧の憂いを除いた後で北伐をするのが王家のシナリオなのだろう。


 エリザベスお姉様に私を襲わせてカーライル家を排除する口実にした様に、ここでも私を襲わせてデボン家を排除する。こうも度々餌にされて、私が怒ると思っていないのだろうか…腹が立って来た。


 私は停車している馬車から飛び降りた。

「おい、テティス!」

「思惑通り私が襲われれば良いんでしょ?もちろん、ただではやられないから!」

ヨハンも馬車から降りて来た。

「お前が傷付く事を望んでなどいない!」

「本当にそう思っているのなら、餌になど使わない事ね」


 ヨハンは内心頭を抱えた。

(今日は呑気なテティスは居眠りをしていて、鋭い方のテティスが顔を出しているという事か)

「それで、どうするつもりだ?」

「もちろん、こちらは傷一つ付かずに押しつぶせば良いんでしょ!」

「なるべく死人は出すなよ」

「死ぬ前に蘇生すれば良いでしょ」

(キレてるな…)


 大楯持ちのすぐ後ろまで進んだ私に、騎士達は口々に制止した。

「お下がりください!」

「危険です!民衆は興奮しています!」

だから私は言った。

「話をするだけです」


 それを聞いた群衆の先頭に立つ男の一人が言った。

「偽物に話す言葉など無い!帰れ!」

「そうだそうだ」「帰れ」

「カ・エ・レ!カ・エ・レ!」

大勢が声を揃えて叫んだ。だから、私は深呼吸した上で、思いっきり大きな声で叫んだ。

「黙れ!」

あ、なんか魔力が籠ってた。ごめん、威圧する気はなかったんだけど。まあ出ちゃったものは仕方がない。そういう訳で本当に全員黙った民衆に対して、私は大き目の声で話した。魔力は籠ってませんよ多分。


「あなた達が私を偽物と言おうが構いません。それでも治療魔法を待っている人がいるんです。だから、通らせてもらいます」

それを聞いた先頭の男は言った。

「お前を待っている者などここにはいない!どうしても偽の治療魔法を振り撒くと言うのなら、実力行使に出るだけだ!」

隣の男が右手をぐるっと回し、物を投げるジェスチャーをした。すると群衆は腰に下げた巾着の中から石らしき物を取り出した。


 なるほど、武器なき民衆の武器は石投げと言う訳だ。投石から馬車と人を守る為に、私は馬車の車列全体を15ft程度の高さのウォーターウォールで囲んだ。投石は水壁を越える事は無かった。


 それでも群衆は悪態を吐きながら何度も石を投げた。

「市民の王家に対する怒りを知れっ!」

「くたばれっ!」

「死んじまえバカヤロー!」

「売女がっ!」

だから私は言ってやった。

「死ねって言って攻撃をする者は、殺される覚悟がある、そう思って良いのですね?その覚悟があるなら、こちらもやるべき事をやるだけです」


 私は右腕を上げ、人差し指を真上に立てた。すると、一天にわかに搔き曇り、午前中だと言うのに雲が日差しを遮ったため、馬車の周辺を中心に都市の半分程が暗くなった。


 売女、その言葉が私の頭に血を上らせた。男共はいつもそうだ。女を見下し、中傷し、食い物にする。セシリアは陰謀に使い潰された。エリザベスお姉様も両陣営に使い潰され、死屍の中身まで晒されるところだった。そして私も何度も襲われている。


 王家も、ラッセル達も、この目の前にいる男共も、いつまでも女が自分達の思うままに流され続けると思うなよ!


 遂に雨雲から雨が振り出した。土砂降りだ。


「うわっ」「何でいきなり雨が…」「午前中なのに夕立ちなんて…」

群衆はすぐにずぶぬれになったけれど、私達は全く濡れていなかった。雨雲を呼んだのは大量の水を用意する為だ。私達の頭上にその為の水がどんどん溜まって行った。


 近くにいる騎士達は上をちらちら見たり、私を怯えた目で見ている。なんでよ!


 充分な水が溜まったと見た私は、その水を群衆に向けて流した。群衆は腰から上まで波に飲まれ、成す術もなく50ftほど流されて行った。

 どこぞの王都では野犬が流されましたね…水魔法だと穏健な対応ができて良いですね。

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