8−11 北部捜査 (2)
アシュリー領への貴族議会からの視察は速やかに行われた。グラントン公爵の仲介にアシュリー伯爵は素直に従った。
「醸造所での薬物生産は濡れ衣です。その設備が慌てて設置された事を確認してください。薬物を研究・生産する様な技術は私達にはありません」
「信じるがね…皆がどう思うかまでは私には保証は出来ないよ」
「信じてくださる方がいるだけで満足です」
それはグラントン公爵から見ても猿芝居だった。技術はラッセル侯爵達から入手したのだろう。視察を受け入れたのは、多分時間稼ぎと思われた。ラッセル達の戦争準備がまだ整っていないのだ。
こうして快速の軽装馬車で選ばれた貴族達が現場に向かった。北部からはグラントン公爵と、アシュリー領より西部寄りの伯爵が参加した。
「醸造所は大規模で、その内の一部施設が醸造とは関係ない設備に見えますな」
「まあ、原料と思われる植物は制圧した後に持ち込む事も可能だろうが、この設備は少なくとも半年以上前に設置しているでしょう。地面にねじ止めしてある部分が、既に錆始めていますから」
「最近設置したならねじも錆びていまい」
もう一か所の秘密醸造所とその関連設備も同様に、設置後時間が経っていると見受けられた。
「まあ、ラッセル候のお仲間なら『冤罪だ・誹謗中傷だ』と言って受け入れませんがね」
「堂々と嘘をつく人間はプライドがありませんから」
そうして視察を終えた貴族達がアシュリー領を去っても、北部の大規模反乱は始まらなかった。宰相府に呼ばれた貴族議会議長は、第一騎士団長から報告を受けた。
「アシュリー領と近隣の領地とはサーバント川で行き来が阻まれます。二本の橋を落としてしまえば、アシュリー領から隣接領地への侵入は難しくなります」
「サーバント川はその後に王国を東に流れて行き、川幅も増え王都側からの侵入も難しくなっている。ラッセル領側の準備状況はどうなんだ?」
「渡河地点には簡易障害が設置されております。そこに隠れてこちらに渡河する準備をしている可能性はあります」
「何かをきっかけに戦闘が勃発する可能性はあるのだな?」
「はい。冬が来れば北の外れの魔獣の活動が鈍るので、そちらに振っている兵を回せると言う事もありますが」
「そこまで時間をかける可能性は低かろう。領地の南側に兵を止めているだけでも兵糧が必用だからな」
「仰る通りです」
宰相とリチャード王子は騎士団長を前に状況を纏めた。
「第二騎士団は北部からの物資の流れを幾つか摘発しているが、北部自体が流れを止めている以上、第二騎士団はいずれ動かせる様になろう」
「各地の貴族で北部に追従する動きはありません」
「ファインズ侯爵があれだけ強く喧嘩を売っているのだから、巻き込まれるのは皆が嫌だろうからな」
「ラッセル侯爵自身は王都に残っております。王都で騒ぎを起こす可能性も否定出来ません」
「奴が自分を危険に晒す様な真似はしないだろう。他の貴族を煽って自分が漁夫の利を得るのが奴のやり方だからな」
「とは言え、警戒しない訳にもいきません」
「まあ、こちらも奴の様子見で動きが取れない。牽制になっているとは言えるのだが」
「こちらも戦力を配分して何とか警戒態勢を作っております。それに対して彼等は準備が出来ていなかったと思われます」
「準備はしていたのだろうよ。離れた場所に火を点ける準備はしていたのだから」
男爵領からデボン伯爵領に入った私達は、人気の無さに気付いていた。
「水気が街道沿いに殆どないわね…」
「歓迎の客がいなければ、お前も気が楽だろう?」
「そうだけど、つまりここの領地は聖女候補に期待をしていないと言う事よね?」
ヨハンは視線を逸らしていた。
私達の馬車は伯爵の領主館のある街から距離のある宿場町で停車した。
「少し設備が悪いが、田舎町故だと思って我慢してくれ」
「別に屋根とベッドがあれば文句は言わないわよ」
「そうか。出発は遅いから、明日の朝も小川を見に行こう」
「あなた、私は小川さえ見せれば機嫌が直るとでも思ってない?」
「もちろん、思っているぞ。実際、そうだろ?」
「…否定はしないわ」
翌朝、私達は手を繋いで小川の土手の上をしばらく歩いた。
「まだまだ落ちない葉が残っているな」
「ここいらは比較的暖かいでしょうからね」
「この季節ならもう少し風が冷たくても良いだろうに」
「まあ、南部はこんなものでしょ?」
私達は世間話だけして歩いた。気持ちの入った話は無かった。つまり、これは時間調整であり、私の機嫌がどうこうと言うのは言い訳に過ぎなかった。
ヨハンは日の高さを確認していた。もっとも、隠れた隠密の方を見たりもしていた。あの隠密氏が適度な時間をヨハンに教える役なのだろう。
そういう訳で、煽動家に対抗するにはやはり事実を明確にすることが肝要と考えています。




