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8−7 聖女候補の南部巡行 (4)

 カーライル領二日目の夕食が個別だったのには訳があった。ラルフ・アルベルトことヨハンがノーマン伯爵代行に話をする時間を要求したからだった。


「高貴な方を我が領にお迎え出来て光栄です」

「テティスよりはエリザベス寄りの人間という訳か。田舎領主をさせておくには勿体ない」

「いえ、立場上、色々用心深く生きているだけです」

「まあ、立場どうこうは問題ない。テティスの叔父とテティスの友人として忌憚のない話をしようじゃないか」

「それは聖女様の連れ合いとして知っておきたい事があるという事でしょうか?」

「ふん、あんたから見てもあいつは聖女か?」

「彼女が聖属性を持つなら誰も聖魔法では敵わないでしょう。私が学院で見て来た特待生と比べても桁が違う魔力、魔法を操る天賦の才、もし彼女に勝る者がいるなら当に化け物でしょう」

「まあ、あいつも化け物だからな。聞きたい事はそういう事じゃない。あいつはここで寂しい思いをしていたのか、それを聞きたい」


ノーマンは溜息を吐いた。

「幼い彼女には普通の事でしたので気付かなかった様ですが、魔法属性検査後の長女と、次女の魔法検査後の彼女の扱いは同等でした。兄が領地にいる間は私にもどうしようもありませんでした。お詫び申し上げます」

「テティスに言えない事を俺に言われてもな。もう一つ。あいつが聖女になったとして、何をしてやれると思っているか聞きたい」

「何もありません。シュバルツブルグの王妃となる方に何かが出来るなどと烏滸がましい事は申しません。あの子をお願いします」

「相分かった」


 ヨハンも若いながら北部の魔獣討伐に何度も出向いた関係上、対面している相手の表面上の感情と隠した感情の差ぐらいは見える様になっていた。でないと刺客から身を守れないのだから。ノーマンはテティスに同情はしていたが、彼女が領地に帰ってこない事を望んでいるらしいと感じた。


 翌朝の朝食の後、ノーマンとジュリアンその他の領主館の人々の見送りを前に、私達は出発した。叔父様が完全な好意からでなく私に協力してくれていた事、そして自分の治療能力の限界を感じて私は俯いていた。


 ヨハンはしばらく私を見つめていた様だったが、やがて口を開いた。

「言いたい事があったら言ってみろ。話すだけでも気が晴れる事もあるし、俺ならお前の個人的な問題を他人には話さない」

「…聖魔法の問題は私の努力次第で何とかなるかもしれないけど、私達姉妹の事はもっとなんとかならなかったのかな、と思ってるの」


「ふん、一般論で良ければ言ってやる。人の心には希望や願望という名の人生の進む先を指し示す光がある。工房の人間なら、技術を身に付けて親方になりたい、農民なら親の知識を覚えて一人で農作業を出来る様にしたい、女なら生まれた子を一人立ち出来るまで育てたい等と言う事だ」

「そうね」

「一方、光のあるところには必ず影がある。望みが叶わないと、望みを叶えている人を妬み、足を引っ張りたいという影の願望が生じる。それが口から出るのが誹謗中傷だ。もっとも、これは心に光のない人間にも生じる」

「…そうかもね」

「誹謗中傷を一人が始めると、同じ影を持つ者が追従し、攻撃が強まり、心の闇と化す」

「それは言い過ぎなんじゃない?」


「一つの例だが、ある家には息子がおらず三人姉妹だけなので、婿を取って跡を継ぐ事になったが、長女は出来が悪いとすぐ見捨てられた。それを見た次女はそうならない様に努力をした。そして婿が決まり、跡継ぎの座が確保されたかに見えた」

「そうね…」

「すると婿の家では『早く男の子を生んで安心させて欲しい』と言い出した。一人が言うと他の人は窘めたが、行く度に違う人がそれを口にし、全員がそう思っている事が明らかになった」

「気が早すぎると思うけど…」

「そんな時、その婿の家からの贈り物を届ける商人が口にしたんだ。

『両家から期待されて、大変ですね』とな。

共感していると示してくれて、それが救いでもあり、自分が圧力と感じている事も正しいと認められた様な気がして、次女は嬉しかったそうだ」

「そう思っていたんだ…」


「やがて、商人の言葉が変わった。

『しかし親御さんは冷たいですな』

長女を簡単に斬り捨てた事を柔らかな言葉で批判したんだ」

「批判されて当然だと思うんだけど…」

「そうすると、婿の家でもどの様に次女とその婿が不安定な立場かを口にし出したんだ。婿の家と商人に家族が将来下す冷酷な判断を指摘され、次女もだんだん家族を信用出来なくなっていったんだ」

「最初から両親は信用出来なかったけど…」


「そして、頃合いを見て婿の家から、三女を排除し、両親を引退させ、領地を把握する計画が提案されたんだ。つまり、商人もグルになって次女を家族から孤立させ、自分達の計画に引き込んだんだ。手引きをする者が必用だからな」

「その頃にはもう家族に相談する気にはなれなかったのね…」


「こんな風に、心に影がある人間は、その影を闇にして利用しようとしている人間達にとっては、カモなんだ。周囲の人間に影を肯定されると、それが闇に成長してしまう。自分の利益を守る為に、他人を傷つけ他人から何かを奪う事が正当化されてしまうんだ。これは以前の刺客においても同様の事が行われている。だから、そういう心の影を利用しようとする人間が一番悪く、影に飲まれる人間が次に悪い。三女や排除目標とされた人間に原因がある訳じゃないんだ」

「…それは、捜査して分かった事なの?」

「捜査内容は機密事項で漏らす事は出来ない。だからこれは一般論だ」

「…ありがとう。教えてくれて」

 そういう訳で、そろそろ過去は割り切ることにしたテティス。そうなると現状が問題で…

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