8−6 聖女候補の南部巡行 (3)
大人の本音を聞いてしまい、私には本当の意味で帰る場所が無くなっている事を思い知らされた。少し憂鬱になりながら翌日の治療の時間になった。
折れた木の枝で深く傷つけたおかげで、指が痺れているという男性がやって来た。
「半年前なんですが、それ以来ずっと指のしびれがあって、上手く動かないのです」
ちょっと見るだけで分かる、神経を流れる魔力が極めて細くなっている場所がある。神経やら血管やらが寸断されていればもう治す事が出来ない事は知っている。そうして半年も経っているのだからその状態で固定してしまっているんだ。
とりあえず真面目な顔をして診察の魔力を流す。ああ、不調な部位は分かっているのに、このまま聖魔法を流しても神経系の修復は出来ない。そろそろと流している少ない魔力が、神経系の傷付き細くなった個所で周囲に逃げていく…この程度の魔力が流れない神経では、しっかりした感覚情報を脳まで伝える事が出来ないのだろう。
うん?周囲の細胞に逃げた魔力が細胞を癒着させようとする…これは不味いよね。神経が筋肉に引っ張られると痛かろう。
癒着を剥がそうと治療魔法で分離しようとする。すると筋肉と神経細胞が離れるが、癒着した細胞は今度は神経系に付着したままになった。やっちゃった。色々水なり魔力なりを流してみる。
「ああっ」
「え、どうかしました?」
「なんだか指がぴくぴくして」
「すいません、治療の影響があるかもしれません。もう少し神経系を魔力で馴らしてみます」
「良く分からないけど、お願いします」
癒着した細胞が治療魔法の影響で変質している…その細胞が神経細胞に似た性質に変質している…元は他の種類の細胞なのが、聖魔法の流れた神経細胞の影響で似た性質を持ってしまったのか?
とりあえず聖魔法を流してみると流れが良くなっている。えええええ!?
聖魔法は異種の細胞も近くの細胞と同質に変質させる事が出来るのか帰ったらカミラ様に相談だ。悪影響があるかもしれないし。
「若干、魔力の流れが良くなったので、もし今後痺れが強くなったら領主館まで連絡を入れてください」
「痺れが無くなりました!ありがとうございます!」
「その、腕を動かす前に、軽く腕や指を動かして、血行を良くする準備をしてくださいね。無理をするとまた流れが悪くなる可能性があります」
「はい。気を付けます」
この調子で、その後も習って来た治療とは様子が違う挙動が多々見られた。う~ん、カミラ様に相談したいよ~…
午後には腰の曲がったお婆さんがやって来た。いや、もう長年の習慣や作業体勢で固まってしまった腰をどうする事も出来ないよ。
とりあえずベッドで俯せになってもらう。もう、背骨の前と後ろで筋肉の付き具合がバランスが悪くなっている。男性だと農作業でも鍬を持ち上げる動作があるので伸び側も鍛えられるのだけれど、力のない女性は屈んで仕事をするばかりだからこうなる。
とりあえず腰の炎症を治すので手一杯だ。あとは腹部側の筋肉の緊張状態を解してあげる。
「その、長年とっている姿勢による筋肉の偏りなので、治療でどうこうする事は出来ません。出来れば、作業前後に背伸びをする様な準備および作業後の修正動作をしてみてください」
「いえいえ、姿勢はもうどうしようもないと思っていましたから、背中の痛みがなくなっただけで感謝しかありませんよ。聖女様、本当にありがとうございました」
「まあ、聖女になれるかどうかは分かりませんが」
「私にとってはあなた様こそ聖女様ですよ」
老女は何度もぺこぺこ頭を下げて帰って行った。いや、そういう前かがみ動作を減らして欲しいんだけど…
治療が終わる頃、見学していたジュリアンに声をかける。ジュリアンは会わない10カ月の間に肩回りが逞しくなった気がした。
「ジュリアン!良かったね、学院に通って貴族になれて」
ジュリアンは少し腰が引けていた。
「ああ、その、テティスも聖女候補なんて立派になって」
「中身は変わらないよ。学院で困った事があったら相談してね。知り合いの公爵令嬢に相談してあげるから」
「公爵令嬢…立派な人と知り合いなんだな…」
「上の立場の人はかえって面倒見が良いから、礼儀を持って応対すれば、いざと言う時に助けてくれるよ」
「うん、まあ付き合う自信はないけど、礼儀正しくするよ」
今日の夕食は個別だったが、その後に叔父様を訪ねて文句を言ってやった。
「叔父様、ジュリアンが凄く余所余所しいんだけど…」
「ははは、自分では気づかないのか。15才前後なんて年頃の少女は、すぐ大人になってしまうからね。違って見えるんだろうよ」
…婆臭くなったという事だろうか…ジュリアンめ!学院に入学したらシメてやる!
ちょっと短かったですね。若干進行に余裕があるので、明日も更新します。




