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8−5 聖女候補の南部巡行 (2)

 北部の騒動の数日後、テティスとヨハンの馬車はカーライル領に入った。聖女候補は王家と教会の庇護下にある為、その馬車には王家の旗と教会の旗がはためいていたから、聖女候補の馬車である事は明らかだった。領主代行は聖女候補本人を良く知っていたから空疎な歓迎は嫌うと思っていたが、今はファインズ家の令嬢であり、王家と教会の旗をないがしろにも出来なかったから、街道沿いの村落には最低限の観衆を出す様に指示を出した。が、農閑期の為に暇人が街道沿いに集まった。


 田舎には似つかわしくない、街道沿いに集まった人ごみにテティスは呻いた。

「ああ、ノーマン叔父様も歓迎の意を示さないといけないから、嫌々観衆を集めたのね…」

「そう言うな。観衆には応えるのが公人の務めだ。笑って手ぐらい振ってやれ」

テティスは心に感情を伴わないアクションは冷たく見える事を水気を見ることから知っていたから、心に温かい思いをまず浮かべた。

(わざわざ集まってくれてすいません…じゃなくて、ありがとう!)

自然と目じりが下がった。そうして小窓から手をふる事にした。


「わぁ、見えた!手を振ってるよ!お母さん!」

「偉い聖女候補様なんだから、指を指してはいけませんよ」

そうは言ってもお母さんも子供が嬉し気だと嬉しいのだろう。にこやかな表情だった。

(娯楽の少ない田舎では良い娯楽になったかな…)

感情は互いに波及するものだ。テティスが思っていたよりも、お互いににこやかに手を振りあった。


 カーライル領では貴族が休む様な設備がほぼ無い。だから、馬車はその日の内に領主の館まで走った。当然、領主の館ではカーライル伯爵代行であるノーマンが出迎えた。

「ファインズ家のご令嬢にして聖女候補であらせられる方をお迎え出来て光栄です」

「カーライル領主代行たる方に歓迎していただき、嬉しく思います」

儀式としての受け入れ挨拶はこうして終わった。


 その夜、歓迎の食事会の後、明日の治療会の打合せが行われ、午前に10人、午後に10人の治療を行う事が決められた。

「領主代行の方と幾つかお話したい事があります。シルビアは寝室に先に行って確認をお願いします」

「では、俺ももう眠る準備を進めよう」

そう言ってヨハンも席を立った。


 こうして後には領主代行のノーマンと侍従、テティスとヨハンの侍女リーゼが残った。


「それで、ご令嬢はどの様なお話をお望みでしょうか?」

「叔父様…ここにはファインズ家の侍女はいないわ。いつから血の繋がった姪にそんな他人行儀な話し方をする人になったの?」

「ははっ、一度王の直臣である貴族の陪審になっているが故に『代行』でしかない私としては、侯爵令嬢に礼を失する事は許されないからね。君の方からそう言ってくれないと親しい話は出来ないんだよ。色々大変だったけど、よく頑張ったね。また会えて嬉しいよ」

「叔父様も、ジュリアンも良い方向になったので良かったわ」


 普通の世間話をしばらくした後、私は本題に入った。

「叔父様はエリザベスお姉様がこうなる事を分かっていて、私を家を出る方向に誘導したの?」

「元は君が望んだ事だと記憶しているけどね。後継者争いに巻き込まれるよりは、王立機関に就職する方が君には向いていると思ったんだ。姉と骨肉の争いをする、それは君には向いていないと思ったんだ」

「それはつまり、エリザベスお姉様はそういう性格だと思っていたと言う事?」

「そうなるね。彼女は利発な子だから」


「何時頃からそういう事をする人だと思ったの?」

「もちろん、魔法の練習らしき事をしているのに気付いた時からさ」

「やっぱり、ベスお姉様は属性判定試験前に練習をしていたのね?」

「兄さんに隠れて書斎に出入りして、魔法の教本を持ち出したりしていたからね」

「じゃあ、この結末も分かっていたのね?」

「君が練習で特待生になれそうな魔力を示していたからね。」

はぁ、と私は息を吐いた。

「私をジュリアンに付けたと思っていたけれど、ジュリアンを私に付けて監視させていたのね?」

「両方の意味があったんだよ」


「その、王都でのお姉様とヘイスティング家の動向は分かっていたの?」

「もちろん、家臣一同の関心事だから、王都のタウンハウスとこちらで緊密なやりとりはしていたんだよ」

「…そういう情報は王家の調査員に話したの?」

「勿論、家の醜聞になるかもしれない事を外部に話したら守秘義務違反だから話さなかったさ。気付いたとは思うけどね」


「お父様達にはそういう話をしなかったの?」

「…兄さんは私をクビにする理由をずっと探していたと思うんだ。自信を失っている以上、危機管理としてナンバー2を排除したくなるものだから。だから、そういうネタを提供する気は無かったよ。決定的な証拠を持っている訳では無いし。タウンハウスの執事も同じ動機で警告出来なかった。私の肩を持っていると思わせる事は出来なかったんだ」


「…そうね。私も両親に私の気持ちを伝える事は出来なかったし。両親を全く信用していなかったから」

「親子の間には、気付かずにそういう事はあるさ。気に病む事はないよ」

「そうね。じゃあ、もう一つ聞きたい事があるの。この領地または周囲で、麻薬などで人心を乱そうという動きはあるの?」

「王家の調査員が来て、そういう調査をしていたから気に留めていたけど、ここでは麻薬は広がりそうにないね。だれも買う金を持っていないからね」


「貧乏金なしだからね」

「貧乏暇なしさ。農家は農作業をしない冬季でもはした金稼ぎの手作業品を作らなきゃいけない。そうして収入を増やさないと先細りだからね」

「何か策はないの?」

「収量を増やす努力はしているが、はかばかしくない。商品作物を作ろうにも、販路がないから、なかなかね」

「ジュリアンが凄い魔法を身に付けたら灌漑整備が楽になりそうだけど」

「こう言ってはなんだけど、それをやると兄さんの二の舞で、事故を起こしそうだ。地道にやるよ」

「ああ、そうだったわね」


「ねぇ、叔父様はエリザベスお姉様には警戒していた様だけど、私には警戒しなかったの?」

「勿論、近くにいる君に寄りそう事は心掛けていたさ。でも、どうやら君は王都から帰って来そうになかったから、素直に応援をしていたんだ」

ふぅ、と私は息を吐いた。

「好悪で付き合ってくれていたんじゃなかったのね?」

「被害者になりそうな姪っ子を心配して配慮はしていたよ?」

「ありがとう、叔父様」

「どういたしまして。ただ、穏やかな君に好感を持っていたのは確かだよ」


「ベスお姉様には好感を持てなかった?」

「計算高い娘だから、好感で判断してはいけない相手だと思っていたよ。兄さんより強く私を排除したい立場だとは分かっていたし」

「その比較では褒められている訳ではないわね…」

「じゃあ、一つ言葉をあげよう。優しい顔の君の方が、エリザベスより可愛く見えていたよ」

「叔父様まで私の事を呑気な顔だと言うのね」

「ははは。君にその言葉を言う人は皆、君を警戒していないと示しているんだよ。安心して良いよ」

それは、つまり、叔父様にまで私は呑気に見えると言う意味だった。くすん。

 姪にどこまで親しくしてくれるか。別の家で立場を確立していればある程度力になってくれるとは思うのですが。自分の立場の方が普通は大切ですからね。

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