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8−1 地方の噂話

 王国南東部のデボン伯爵領では、市場は噂話で盛り上がっていた。

「王家が教育に失敗して、聖女候補が闇に落ちたってさ。いよいよ空が落ちて来るかもしれないぞ」

「ご領主様は次に備えて交友を広げているから、この領地は安心だ」

「ラッセル様は皆の心を分かってくれる方だ。次の世は安心だぞ」


 ところが、隣の領地では話が違った。


 デボン伯爵は関所の横で、売買だけ出来る市場を設けて物と金の流れを増やす努力をしていた。その場所では伯爵領の者が聖女教育に関する王家への批判をしていたが、売買に来ていた隣の領地の者は自分の住みかに帰りながらお互いに話した。

「あいつらはアクセル伯爵の手下だからな。全部嘘だと思って聞いた方が良い」

アクセル伯爵とは、地方回りの小歌劇団が演じる劇の登場人物で、『ほら吹きアクセル』と呼ばれていた。


「やあ、我こそは大河より深い偉業を果たしたアクセル伯爵であるぞ。皆の者、頭が高い!」

「旦那様、皆の者ってここには庭師のあっししかおりませんよ」

「お前がおるではないか。心して聞け、我が偉業を!」

「何度も同じ事を聞かされるんでいい加減飽きておりますよ」

「まあ、そう言うな。お前も本音では我が偉業を聞く事を楽しみにしておるのだろう。では聞け!」

「旦那様はほらを吹くのが好きだからなぁ。これが無ければ無害な人なんだが」

「だから、聞け!むかしむかし、ある所に立派な伯爵がいてな。大河を渡ろうとしたのだよ」

「むかしむかしじゃなくて、今目の前にいる旦那様の話じゃないんですか?」

「そう、お前は賢いな。昔の話と見せかけて、私の話なのだ」

「何度も聞かされてるんで、最後に『この噂の男こそ、この私なのだ!』って決め台詞にはもう飽きてますよ」

「そう言うな、決め台詞はいつも同じだから盛り上がるのだろう」

「加減を間違えると飽きられますよ。程ほどにしとくのが良いんです」

「まあ、そろそろ話を進めないと決め台詞が言えないから続けるぞ。ある日、東に向かった某伯爵は、大河に道を阻まれた。渡しの船頭に話を聞いたら、こう言ったのだ。

『川のヌシである大ウナギが暴れて、船が出せないのですよ』

そう聞いたお偉い某伯爵はこう言ったのだ。

『ならばこの伯爵閣下が話を付けてやろう』

そう言って大ウナギと話を始めたんだ」

「毎度の事ですが、大ウナギってのは簡単に人と話をするくらい人が良いんですかい?なら暴れるなんて事はなさそうですが」

「ともかくそういう話なのだ。そうすると大ウナギは言ったのだ。

『ならば我と水飲み競争をして勝ったら通してやる』

そうして二人は大河の水を飲み干し始めたのだ」

「二人じゃなくて一人と一匹でしょうが」

「セリフとしてテンポが悪いから二人って言っているのだ!お前も細かいな。話の腰を折るな」

「いや、合いの手を入れているんでさぁ」

「なら咎めぬ。そうして二人で大河を飲み干そうとしたが、やがて大ウナギが泣きを入れて来たのだ。

『やあ、我に勝る大腹の者など初めてだ!我の負けだ』

と言って水を吐き出し、自分の吐き出した水に流され下流に行ってしまったのだ。こうして伯爵が勝利し、船で大河を渡ったのだ!そしてこの噂の男こそ、私なのだ!」

「大河を一人と一匹で飲み干したんなら、その隙に向こうへ歩いて渡れば良いんじゃないですか?」

「それがな、流石の私も腹一杯になってしまい、動けなくなってしまったのだ。だからその場で立小便をしたら大河が元に戻ってしまったのだ。その偉業を称えて、大河のこちら側には小便親父の銅像が残っておる」

「汚ねぇオチですな」


 こんな劇を聞かされた庶民は、口々に突っ込んだ。

「お後がよろしくねぇじゃねぇか!」

「ただ船で川を渡るだけなのに、ホラ吹かないと気が済まねぇのかよ!?」

「どこに銅像が残ってるんだよ!?」

別に笑いが取れなくても良いのだ。普段威張っている貴族を笑い飛ばす機会を庶民に与えているのだ。


 そして人々は口々に言うのだ。

「このアクセルって伯爵のモデルこそ、ラッセル侯爵なのだ!」


 つまり、これはデマで人心を権力者から引き離そうとするラッセル侯爵一派に対抗した王家の宣伝工作だった。小歌劇団は春から秋を通してラッセル派以外の領地を回った。三つの歌劇団が別々に行動し、ほら吹きラッセルと言う印象操作をして回った。


 ラッセルが王家への怒りで人々を動かそうとするのに対し、王家はラッセルを虚仮にする事で対抗した。年中怒りを表に出している者は煙たがられるが、年中笑い話をする者は同調者を得られた。人間、そうそう怒ってばかりはいられないものだ。一方、他人を馬鹿にするのは皆大好きだ。


 そういう訳で、人心を王家から引き離そうとする、民衆を怒りで利用しようとするラッセル派の試みは成功しなかった。逆に、「またアクセルことラッセルがほらを吹いているぜ」と影でささやかれる事になった。

 人のいいウナギ…それはともかく、メディアがなければ劇団を回らせればいいじゃない、って感じですね。情報伝達に時間がかかるから、相手が対策を取る頃には手遅れになっている。もっとも、肝心の時には「まだそんな話してるの?」と時代遅れになっている可能性はありますが。


 明日はちゃんと話が進みます。


 やっちゃったのを即なおしました。

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