7−10 エリザベス凶行の舞台裏
エリザベス・カーライルの凶行日程をリチャード王子率いる捜査部隊が知りえたのは理由があった。
テティスが王宮に通う事が決まった頃、王宮に努めるペトロという男に、クリフォード男爵の家臣が接触した。
「閣下は悔い改めて命に従うなら許すと仰っています。新たな聖女候補が聖女養育を受ける事について、情報を集めてください」
ペトロはとりあえず時間が必用とし、その場は別れた。
ペトロは12年前に王宮の文官になったラッセル侯爵の長男だった。家族より自分の利益を追求する父親に使い潰される前に逃げたんだ。就職の際にこういう事があると確信していた王家としては、何らかの破壊工作の命令があった場合は打ち上げる様に誓約させておいた。
「クリフォード男爵の家臣らしき男が接触して来ました。聖女候補の教育に関する情報を調べろとの話でした」
「懲りずに襲撃するつもりだろう。偽情報と真の情報を用意するから、それを伝えてくれ」
素人が集めた情報が正確ならかえって怪しまれるだろうから、偽情報も提供させたのだ。
クリフォード男爵の家臣は二度ペトロに接触して来た。その度、ペトロは二つずつ情報を流した。真と偽とを。
「王宮の通用門を開けるか、通行証を入手出来ませんか?」
「無理だ!私は警備の仕事とは無縁の書類仕事をしているんだ!」
ペトロとしては実際に罪に問われる仕事は絶対に避けようと思っていた。彼は父親の仲間も、今の雇用主である王家も信じていなかった。双方、自分という小物を利用し、適当なタイミングで処分を目論むものと考えていた。だからその口実だけは作らない様に心掛けていた。
「それでは土曜の午後、同志が王宮に向かいますので、帰りの道案内だけはしてください」
「分かった」
こうしてペトロから凶行の日程が王宮側に伝えられた。
王宮への侵入方法については別ルートから確保される事が予想された為、警備の責任者と部下は目を光らせていた。南東部のデボン伯爵が推薦人である警備の者が不正を行った事が確認され、その不正により発行された複数の通行証の流れが追われ、誰が犯行グループの一員であるかが特定された。
一方、そのグループと接点のある商人がカーライル家に出入りしている事が分かり、こうして犯行日と実行犯が特定されていた。
捜査がある程度まとまったところでリチャード王子からヨハンへ報告が行われた。
「そういう訳で、ラッセル侯爵の勘当された長男、ペトロからの情報で決行日は分かっていた。ペトロは保護され、不正を働いた者達は逃さず拘束された」
「今回は手際が良いな」
「そうそう毎回上手くはいかないものだ。肝心の聖女候補襲撃の関係者が拘束されたのだから、褒めて欲しいぞ」
「ああ、お忍びの俺の暗殺では表向き人を動かす事が出来ないから仕方が無いな」
「嫌味抜きに褒める気はないのか?」
「現場ではテティスが怒り狂ったと報告はあったのだろう?お前を褒めた事が分かったら俺まで怒られる」
「もう尻に敷かれているのか。仕方のない奴だ」
「聖女の相棒とは聖女の尻に敷かれる役だろう?今から忠実に仕事をしているんだよ」
「まあ、良い。食えないのはエリザベスだ」
「何があった?」
「自分が薬品か何かでコントロールされているのは分かっていたらしい。だからヘイスティング家と自分を使嗾していた男について、情報を残して侍従に渡していたんだ。自分が帰らなければ王宮に持ち込む様にと」
「薬品は検出されたのか?」
「血液からは検出されなかった。一方、尿からは覚醒効果がある麻薬に近い成分が検出された」
「血液からは無い?」
「試薬の反応は無かった。エリザベスの検査結果はむしろカミラ女史の聖魔法による診断結果が重要だ」
「お婆はちゃんと仕事したんだろうな?」
「ああ、エリザベスの脳の左右、魔法器官には死んだ細胞が見つかった」
「腫瘍では無く?」
「死んだ細胞だ。腫瘍と違って増殖し様が無いから急いで処分する必用も、頭を開いて確認する必用も無い」
「腫瘍があったが死滅した、と?待て、その場合はエリザベスが聖魔法師から闇魔法師に堕ちたと?確かにテティスの聖魔力を考えれば血筋が疑われるが、そういう家系なのか?」
「テティスの異常な魔力から家系は調べていた。どうやら母親が三代前の聖女の祖母の血筋らしい」
「何で聖女候補として調査されなかったんだ?テティスも、エリザベスも?」
「途中で平民になった女の孫が子爵夫人になったので、追いきれなかったんだ」
「一度平民になった血筋がまた貴族?」
「貴族の娘が平民になり、その娘を実家の推薦で貴族のメイドにして貰ったんだ。その女が主人のお手付きとなり、生んだ娘が美人だったんで子爵家に望まれたんだ」
「…テティスが怒りそうだから黙っておこう」
「そうする。闇魔法師の変化してしまった身体を上手に死滅させる、そんな事が出来るのは聖女並みの聖魔法が使える人物としか考えられないからな」
「テティスが何をした?血を流しながら姉の頬を張ったと聞いているが」
「その血が問題だ。カミラ女史の見解だが、強く聖魔法を含んだ聖女の血の接触が、闇魔法の因子を完璧に消したと思われる。正真正銘の『浄化』だ。血液中の麻薬成分を消したのもその効果の一部と思われる」
「…二回頬を張ったと言う。姉を救う為に自分の流血を顧みずにやったと言うのか…」
ヨハンはしばらく頭を抱えていた。リチャードは情のない男ではなかったから、しばらく待った。
「そろそろ良いか?」
「お前、俺の部下並みに血も涙も無いな?」
「それなりにあるからしばらく待ったんだろうが」
「それで、エリザベスの処遇はどうするんだ?闇魔法師でないとは言え、聖女候補に刃を向けたんだが」
「テティス本人とファインズ侯爵から温情を求める上申書が出されている。一方で毒では自分は殺せないのだから殺人未遂ではないとの事、一方で本件はカーライル家の姉妹の問題なので、ファインズ侯爵家として意見を言うつもりはないとの事だ」
「温情をかけるつもりはあるのか?」
「ああ、エリザベスは後日この件で証言する意志があると申し出ている。つまり、情報も出した。なんなら王家の台本で何でも喋ると言っているんだ。暗殺に失敗した時の逃げ道は考えていたんだろうな」
「あの呑気なテティスの姉とは思えないな、狡猾だ」
「そういう意味では、カーライル伯爵の後継者選びは正しかったと言えるかもしれないな」
「まあな。テティスは頼りないから、手綱を取る有能な男が必用だ」
「まあ、頑張れ。有能な王子様」
「お前なんか能力を疑われているぞ、次期聖女に」
「これから好感度を上げる仕事をするさ」
無理だろ?とヨハンは思ったが口には出さなかった。
悲しいかな、第一属性の水魔法でさえ貴族として並であるエリザベスでは、第二属性の聖魔法が闇落ちしても、セシリア並の闇魔法の汚染力を発揮しませんでした。だからほとんど頭脳の損傷はありません。
明日で7章をまとめます。




