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7−9 劇の背景 (2)

「ここからはエリザベスの事実と推論だ」

「うん。お願い」

「エリザベスはここまでは罪人扱いじゃないから、突っ込んだ捜査は出来ていないが、学院の成績は入手出来た。事実として、エリザベスの成績はほぼオールA評価だ。4回だけBを取っている。1年の前期の魔法実技、1年の後期の自然科学、そして2年と3年の前期の魔法実技だ」

「必ず前期は魔法実技がB評価なんだ?」

「そこから推測されるのは、エリザベスの魔力はB評価程度だと言う事だ。下位貴族にしては多いという程度だ。それを後期は技術的な工夫でAにかさ上げしてるだけだろう。1年後期は学習・練習の時間配分を間違えたから自然科学でBを取った。そういう時間調整をしているから、魔法実技が前期では必ずBになり、後期では何とか調整してAにしていると思われる」


「…でも、お姉様は魔力が優れていると言われていたのよ?」

「その理由は何だ?」

「…確か10才の時の魔法属性判定をした人が、優れていると言ったからだと思う」

「10才まで魔法を使わせないのは、一つは脳の下部の魔力器官が十分成長するのを待つという意味があるが、一方、属性判定の時に初めて使う魔法の威力を比較して魔力を計るという意味もある。ところが、あまり推奨されない事なんだが、後継者争いなどを有利に進める為に、魔法属性判定以前に魔法の練習をさせる事がある」

「え、そりゃあ使いなれてる魔法なら初めての人より威力はあるよね?」

「そういう事だ。客観的な比較が出来なくなるから推奨されないし、未熟な魔法器官を壊す可能性もある。ところで、お前が属性判定に興味を持ったのはいつだ?」

「え、属性判定当日も興味なかったよ?誰もそれに期待している人がいなかったから、当日にいきなり判定に連れていかれたもの」

「…お前も呑気だが、両親も酷いな」

「私が10才の属性判定に行く頃には、もうエリザベスお姉様が家を継ぐ方向で決まっていたから、当然だと思うよ?」


「さて、エリザベスはお前より危機感を持っている奴だった。その危機感はどこから来ると思う?」

「…分かんない」

「…これは推測だが、カーライル家の長女の魔法属性判定の時から危機感を持っていたと思う。長女の扱いが急に変わり、両親はエリザベスに期待する様になった。その扱いの変化が、7才の少女にとってはショックだったのだろう」

「ごめん、自分が7才の時に何を考えていたか記憶がない」

「だろうな。それはまあ良い。その時、エリザベスにとって両親は当てに出来ないという事も分かった。魔力の多寡で扱いが変わるんだから。10才になるまでに事前に練習すれば良いと自分で気付いたのは賢かったと言えるだろう。ずる賢いと言われるべきものだが」

「…あまり酷い事を言わないで。私のお姉様なんだから…」

「済まんが、事件の背景を話している以上、客観性が一番大事な事だ」


「そう言う訳で、エリザベスの魔力評価は張りぼてだ」

「でも、もう跡継ぎと決まっているのだから、焦って私を貶める事は不要なんじゃない?」

「そこに問題がある。この国では男系相続が基本だ。跡継ぎがいない場合に女性の相続が可能だが、その場合、男子が生まれた場合はすぐ男子が爵位を相続する事になる。ここで問題が発生する可能性がある。エリザベスと婿の間に男子が生まれなかった場合、家督争いが発生する。三女が男子を生んだ場合、こちらが相続すべきと言う話になる」

「いや、私は学院に入る時に家を出ているから、それは無いんじゃない?」

「貴族議会には女性は出席出来ない。だから女性領主は他家から低く見られる。それ故に領地の有力者や周辺貴族が家督争いに口を出すんだ。それぞれの思惑で」


「いや、でも私にはその意志がないから…」

「一般論だが、ヘイスティング家がカーライル領政を主導して利益を得ようとした様に、三女の結婚相手の実家が口を出す可能性がある。しかも、貴族の場合、後継者は魔力に優れた者が望まれる。その方が結婚相手に困らず、家系の継続が保証されるからだ。要するに、お前が男児を生む事を恐怖していた訳だ。エリザベスも、ヘイスティング家も」

「でも、その前に男児をもうけて足場を固めてしまえば良いじゃない…」

「足場を固める前に保留になる可能性がある。お前の方が魔力的に優れているという証拠が出た場合だ。その子に後を継がせるべきという判断材料になる」

「な、何を証拠に出来ると言うの?」

「お前の前期の魔法実技の評価は何だ?」

「え、S…」

「Sは次の期末試験修了相当の評価を意味する、特待生相当の生徒にしか与えられない評価だ。ちなみに、水魔法師の3年の修了条件は氷結魔法の習得だ。お前はこれから3年間、魔法実技の評価はSである事が確定している」

「………」

「だから、エリザベスもヘイスティング家も、お前の評価をカーライル伯爵夫妻が見る前に、何としてもお前を排除する必用があった。そして無理なタイミングで冤罪を擦り付けようとして、リチャードの罠に嵌ったんだ」


 お姉様…私が特待生になった事が、やはりお姉様達を追い詰めたんじゃない…私は俯く以外、出来る事は無かった。

「お前が悪い、なんて馬鹿な事を考えるなよ?やつらには更に排除しないといけない人物がいる。何で貴族達は領地に領主の弟を取っておくと思う?」

…そう、男系相続を徹底しようとすれば、ノーマン叔父様の方が相続人として適している。その子のジュリアンもそうだ。

「そう、領地を治めている代官であるお前の叔父、その子もヘイスティング家達の排除目標だ。お前に冤罪を擦り付け、その責任を取らせてお前の父を隠居させ、エリザベスの婿が伯爵代行となる。そうして叔父と息子を名目上の病死とするのも計画の内だ。お前が特待生にならなかったら、カーライル領はそうなり、搾取され荒地になっていた筈だ。お前が特待生になるのが正しい判断だったんだ」


「…でも、それじゃあ、お姉様が幸せになる道筋は無かったって言うの?」

「家の後継者を狙うっていうのは、長男以外には茨の道なんだ。長女が親から見捨てられた事、それを見たエリザベスが後継者の座を望んだ事、その時すでに妹が優れた能力を持って生まれていた事、そしてエリザベスには妹に席を譲れる度量が無かった事。これから考えれば、エリザベスはお前と叔父といとこを殺そうとして裁かれる宿命だったんだ」

そんな星の下に生まれたなんて、悲し過ぎる。


 私は泣きながらエリザベスお姉様の情状酌量を望む上申書を書き、それをお義父様に渡す様にシルビアに託した。

 ここまでは推測。明日は捜査状況を示します。


 男系相続が基本だと、女性の相続はどうか、とちょっと調べてみたら、ローマ以外では後継男子がいない場合は認められていた様です。一方、イングランド貴族院は女性の出席を認めていなかった模様。だからそれにならってこういう話になっております。ちなみにローマで女性の家督相続が認められなかったのは、家長には市民兵として兵役があったかららしいです。戦場に女性がいるとどうなるか、ウクライナの女性志願兵の証言があります。味方から強姦されそうになるとのこと。

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