7−8 劇の背景 (1)
このまま冷静でない私がファインズ家に顔を出すのはカーライル家にとって大きなマイナスだ。だから学院の寮に戻って、手紙だけ侯爵に届けてもらう、そうシルビアに頼んだ。
だけど、それを告げるとリーゼが口を開いた。
「主人が寮でお待ちです」
ああ、リチャード王子とヨハンの側からの言い訳を聞かされる訳か。ヨハンに怒っても八つ当たりだ。仕方が無い。黙って話を聞いてやろう。
シルビアには私の部屋で待ってもらい、特待生寮の特別室に向かった。リーゼの入れてくれたお茶を口に含むと、ヨハンが話題に入った
「お前が気に病むと思ったから言わなかった事がある」
「話して」
私はもちろん即答した。
「まず、ヘイスティング家に関する事実と推論だ」
「うん」
「ヘイスティング領は魔獣領域とは接していないが、先代の末期から魔獣被害が発生していた。国境に接しているのは侯爵領と伯爵領で、その領地の境に連山があり、その連山がその内側の男爵領と子爵領の境に伸び、ヘイスティング領まで続いている。その連山を通って、鹿の魔獣ケリュネイアと猪の魔獣カリュドーンがやって来るんだ」
「その、国境沿いの貴族達はそれを狩らないの?」
「春には国境側に兵を出して間引きをする。それで侯爵領と伯爵領は何とかなっている。秋には連山の山狩りも行われるが、足の速い魔獣は逃げるものも多いんだ。よって内側の子爵領は何とかなっているが、男爵領はどうにもならなくなっていて、第三騎士団の予算で人を雇って男爵家を助けている。でも、ヘイスティング領はそこまで被害が酷くないから助力はないんだ」
「でも、困っているなら何らかの施策が必用なんじゃないの?王家の方から」
「極論すれば、政治とは予算の配分が主な仕事だ。歳入が決まっている以上、歳出先は重要度の高い施策、例えば穀倉地帯の灌漑費用の補助、そして国境警備が最優先になる。だから、それなりになんとかなっている領地に補助など出せない。緊急性が低いからだ」
「その、歳出に合わせて増税は不味いけど、他に費用を調達する方法があるんじゃない?」
「債権の発行があるが、それをやると実体経済に対して貨幣が増える。そうすると相対的に貨幣の価値が下がり、インフレになる。それで間接税が増収になる。つまり、債権の発行とはインフレによる税収増加策と言える」
「それは極論じゃないの?」
「おまけに、債権発行となると民間の両替商が外貨との交換レートを落とす。輸入品が高くなり、ますますインフレが進む事になる」
「じゃあ、債権を発行する人はどうして債権を発行するの?」
「当然、投資した先の成長を期待するからだ。だから債権を発行した国は、もし国民が飢餓状態なら食料増産にひたすら投資する。でなければ、成長産業に投資する。そうして経済が成長すれば、やはり税収が増し、債権の償還が問題なく出来る。ところが債権を償還すると今度は国内から貨幣が減るから、今度は貨幣の価値が高くなり商品の価値が減る。デフレになり、経済が縮小する」
「その、対策はあるの?」
「また、債権を発行する。だから、経済刺激の為に債権を発行すると、発行額が増える事はあっても減る事はなくなる。そうして借金まみれの国の貨幣は信用を失い、海外との取引が出来なくなり、鎖国をするか国が滅ぶかしかなくなる」
「うん、それは悪い事だと分かった。じゃあ、人の配置を変える事は出来ないの?騎士団の?」
「騎士団はそれこそ定員が決まっている。どこかを増加させると言う事は、どこかを減らすと言う事だ」
「理由があるなら増員するべきじゃないの?」
「増員とはコスト増加だ。部署を増やし人員を増やすなら当然歳出が増える事になる。優先順位が高いならそれをすべきだが、それに対して他の部署を減らす事をしないと、際限なく人員が増え、歳出が増える事になる。増税して欲しいのか?」
「ごめんなさい…」
「政治に興味を持つのは良いが、何かしてくれ、と言う事はコスト増加を伴う。増税して欲しいのでなければ、あれをしろこれをしろと言うのは止める事だな。もちろん、代わりにどこを減らしていいのではないか、と提案するのは良い事だぞ。間違いなく恨みを買うが」
「ちょっと考えさせてください…」
「そう言う訳で、ヘイスティング家は毎年、魔獣の被害が増加していた。農地の周囲に柵を作る為の補助金を出しているが、全然足りないと評判だ」
「その、山間部との境にぐるっと柵を作ったらどうなの?」
「国防上の要求で、国境全体に防御設備を作った例は無いぞ。重要拠点のみ防御力を高める、それで普通の国家は金が無くなる。ヘイスティング家もそうなっている」
「その、だからお金が必用だったのね?」
「そう、カーライル領も貧乏な方だが、鳥獣被害はずっと少ない。そこから搾り取った資金で自領を救おうというのがヘイスティング家の狙いだった」
「……」
「可哀相とか思うなよ?それはカーライル領にとっての不幸だ。自領に対する投資がなくなるだろう。灌漑の整備などが出来なくなり、荒れる農地も増えるだろう。一度荒れた農地を元に戻すには数年の時間とコストがかかる」
「…分かってる」
「しかもやつらの計画では死人はお前だけに限らない。そこも含めて、ここからはエリザベスの事実と推論だ」
世間話ですが、今、映像の世紀でソヴィエトを扱っていて、面白いんですが、論理的な筋じゃないんですね。これはこれでプロパガンダ映像に見えるんです。まあ、メディアは感情に訴えるものですが。
一方、文化大革命みたいな告発とリンチが粛清とは別に行われたとの映像もあって、扇動された民衆自体が人権も自由も弾圧するリンチを行いがちであると示しています。『敵』を示すのがもっとも有効な扇動なのですね。




