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7−6 王宮の狭間 (1)

 次の週の聖女候補教育も治療に関する指導だった。その次の週である今日は結界魔法について指導して貰えるとの事だ。ところが、王宮に入った時から空気が違う。私の入浴を手伝い、着替えさせるメイド達まで緊張していた。


 王太后宮に向かう小道から少し離れたところに生える立木の影に人がいる。こんなに人がいる中、何かが起きるというのか。王太后宮に向かう道の中ほどで、どうやらこの辺りが舞台である事が分かった。そう、ならここで決着を付けてあげる。


 私は立ち止まって、多分役が決められている三人に指示を飛ばす。

「ゲルダとシルビアはそのまま、王太后宮から向かってくる者を警戒、リーゼは私の斜め後ろで警戒してください」

三人の水気は少し震えた様に見えたが、指示に従って行動してくれる様だ。だから、私は振り返って別の建物から歩いて来た人に向かってゆっくり歩いた。


 その人物はフードで顔を隠していた。王宮領域で顔を隠すなんてありえない。素知らぬ顔で小道を進むその人に、私は近づいて行った。彼女の水気の表面は赤と青と灰に包まれていた。つまり、興奮しつつ混乱していた。もちろん、その中には違う色が詰まっていた。だから気付いていたんだ。


「フードを取ったらどうです?私に用があるのでしょう?」

フードの女性は立ち止まった。俯いたまま。

「私をどうにかしたいのでしょう?エリザベスお姉様」

びくっとしたフードの女性は、フードを取った。久しぶりに見たベスお姉様は少し瘦せていた。だから青筋を立て眉間に皺を寄せた顔は、少し老けて見えた。


「こんなところを侍女を何人も引き連れて歩いているなんて、良いご身分ね」

「身分で歩ける訳じゃありません。能力があるから呼ばれているんです」

彼女の水気が真っ赤になった。そりゃあそうだ。煽っているんだもの。私に特待生になる能力がなければ、彼女やお婿さんの家の都合の良い展開になった筈だった。能力を誇れば彼女のタガが外れる筈だ。


「能力がある事を鼻にかけて、嫌な女ね、あんたって」

「能力が身を守ってくれる、だから能力を磨いたんです。その努力の成果を誇るのがいけないんですか?」

もっとベスお姉様の本音が聞きたかった。だからまた煽ったんだ。

「そのお陰で私がどんな目に遭っているか知らないのでしょう?いい気なものね」

「どんな目?知ってますよ。私を落とす為に掘った穴に自分で落ちた。お婿さんになる筈だった人達は処刑待ちですよね。ざまあ見ろ、と思ってますよ。そんな人達と一緒になるつもりだったという人を見る目の無さ、きっとそれが罪なんですね」


 ベスお姉様は歯をぎゅっと噛みしめた。悔しさのあまり、瞼から涙が零れ落ちた。さっき歩いていた時から、彼女が足をおろした場所に黒い雫が溜まっている様に見えたが、遂に左右の脳内と脳の下部の魔法器官が真っ黒に染まった。


「馬鹿にして!」

彼女は腕に引っかけていた鞄からキッチンナイフを取り出し、鞘から抜いた。鞄と鞘をその場に捨てて、両手でキッチンナイフを構えた。

「だって、馬鹿だもの。未だに馬鹿な事をやっているのに気付かないし」

それは私がまだ妹の立場でベスお姉様を見ている事を示す言葉のつもりだったけれど、彼女には届かなかった。


「殺してやるっ!」

ベスお姉様は目を吊り上げて歯をむき出しにした。カーライル家自慢の、容姿に優れたご令嬢の姿ではなかった。手にする筈だった幸せを寸前で失った、それを私に奪われたとでも思っているのだろう。


 人を嵌めて利益を得ようとするのを当局が知れば、普通にお縄になるだろうに。特待生と言うより、ヨハンに近づく女として厳しい監視対象だった私を犯罪に巻き込もうとすれば、ああなるのは当然だろう。


 ベスお姉様はキッチンナイフを正面に構え、右足を蹴って私に向かって来た。せめて短剣を使えば良いだろうに、お姉様を唆した者達は彼女に何の訓練もさせなかったから、これ以外に使える道具が無かったのだろう。私だって短剣しか使えないが、今はその短剣すら持っていなかった。だから、私は両手を体の前に並べて構えた。


 両手でしっかり握ったキッチンナイフは、避けられればすぐに片手で持って切りかかることは出来まい。だから、ここで彼女を避ける事は、木陰に潜んだ騎士達がベスお姉様を取り押さえる事を意味していた。それだけは避けないといけなかった。私が彼女と決着を付けないといけなかったのだ。


 日頃、鍛えた騎士の槍や剣の突きを見ている私にとっては、鍛えていない貴族令嬢のステップなどのんびりしたステップにしか見えなかった。一方、腕を前に伸ばして突くと思っていたのに、ベスお姉様は体ごとナイフを押し込むつもりの様だった。


 だから、お姉様の両手を掴む筈だった私の右手は、キッチンナイフの刃の部分がかすってしまった。薬指と小指を掠めた刃には異物が付いていた。以前見た事のある異物、それは毒だった。

 今日、少し短めの分、明日はちょっと長いです。ちょっとだけですが。

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