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7−4 聖女候補教育 (2)

 続いて、小さな針と白い布が用意された。

「これで親指の腹を刺して、血を出しな。そうしたら、別の手を沿えて、患部を確認して塞ぐんだ」

「はい」

ちくん、痛いなぁ。田舎者はよく木の枝で引っ搔いてかすり傷を作るからこのくらいなんともないけど。


 うん、手を添えるまでもない。小さな傷の周囲に魔力を集めて、自然治癒力を強める。そうして痛みも出血も止まる。白い布で血を拭きとれば、それで治療終了が確認出来る筈だ。

「出来ました」

「…まあ、そんなもんだろう」


 次いで下男が部屋に入って来た。

「この男は、腰痛持ちでね。ちぃとしっかり診察した上、痛みを緩和する様に治療をしてみな」

下男は羽織っていた上着を脱いで、上半身は下着姿になる。淑女としては恥ずかしがるところなんだろうが、お医者で治療中に立ち会えば当然見る姿だから気にしない…っていうか、今は私がお医者役か。


 背もたれの無い椅子に座る下男の背中に下着越しに手で触れる。う~ん、触れる前から背中の水気が赤い。周囲から攻めるかな。赤みの上端あたりの背中に手を当て、魔力を注ぐ。段々赤みが薄くなってきたところで、少しづつ手を下に移動する。

「ああっ」

下男が声を上げる。

「痛いですか?」

「いえ、何か背中が気持ち良いので」

…どう反応したら良いか分からない言葉を貰ってしまった。とりあえず水気の赤みの下端まで手を下す。

「どうでしょう?」

「はい、痛みを感じなくなりました。ありがとうございます」


 カミラ女史が寸評を述べる。

「うん、結果は良いが、もう少し慎重に診察しながら進めな。場合によっては悪い方向に身体が固まる事があるからな」

「はい。次は慎重にやります…」

そうなんだ、これは人の身体を扱う仕事だから、もっと慎重に進める事が必要なんだ。どうも私は考えが浅い。魔法は勢いで使ってしまうところがある…こんな事で聖女候補として進歩していく事が出来るのか…


 少しだけ俯いた私に、カミラ女史が話してくる。

「どうした、何か気になる事があるのか?」

「…その、こんな調子で聖女候補として成長していく事が出来るのか、不安なんです」

「今日は順調に言われた事をこなしてるだろ?」

「でも、そもそもこの国の聖女候補選定が遅れているのに、ただ一人しかいない候補の私がこの調子で大丈夫なのかと…」

カミラ女史はピンとくるものがあった様だ。

「はっはっは!アレか、小僧の期待に応えられるか、応えられないと後から来た聖女候補に小僧を取られないかと不安か!?」

「いや、その、期待に応えられるかは不安ですが…」

「別にお主が成長して聖女になれば良いだけの話ではないか。単純に考えよ」

えー、と思ってしまうが、先代聖女と一緒に仕事をしてきたカミラ様に無礼は働けない。何とか声を押さえた。


「まだまだ最初だ。そこまで気負う必用は無い。明日は休み、来週の土曜の教育に備えよ。不安なら小僧に甘えればよい。不埒な事さえしなければ構わんぞ」

にぃっと笑うカミラ女史は気さくな方に見える。気さくな方ほど、知人の前では毒舌になる、そういう方なのだろう。

「今日はご指導ありがとうございました」

そう頭を下げて王太后宮を後にした。


 テティスが去った後、カミラ女史は呟いた。

「まったく、他の候補がおらんで良かったわい。何の指導をせずとも言われた課題をこなす、競争相手にそんな姿を見せれば、他の候補達の嫉妬を一人占めだ。ジュディスの様にな」

「ジュディス様もこの様に全ての課題で期待以上の結果を残されたので?」

「まあな。ジュディスは地元で治療をやっていたから色々出来るのは分かる。最近聖魔法師と認められたあ奴がこの調子では、『聖女だから』としか言い様が無いわ」

「他にジュディス様と比較すべきことはありますでしょうか?」

「まあ、来週もまだ治療系をやらせよう。その先の結界系は毛色が違う。それも難なくこなす様なら、他の候補を探す必要など無いと言えるだろう」


 そして事務机の椅子に沈んだカミラは、暫く項垂れる様に頭を下げたまま、報告書を書こうとしなかった。

(ジュディス、お前と同じ様に素朴で傲慢さなど欠片もないあの娘も、お前と同じ様に周囲の妬みに苦しみながら国を守る重責を担い続けると言うのか。聖女とは皆同じ様に、多くの人々に憎まれても世界を愛し続ける義務があると言うのか…そして私はお前を妬み続けたように、あの娘も妬み続けることになるのか)

この老女は、四十年共に歩み、時には妬み、時には同情してきた親友と新しい聖女候補を重ねていた。

 今日も明日も少し短いかもしれません。執筆ペースを間違えました。週末はきっと多めに書ける…と良いなぁ。

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