1−7 入寮
4個のトランクケースを特待生の女子寮の門前まで御者は運び込んでくれた。寮母がそれを下女に指示して部屋まで運ばせてくれる。
「寮母さん、御者から実家に渡せる様に、テティス・カーライルが魔法学院の特待生女子寮に入寮したと一筆頂けないでしょうか」
「ええ、良いですよ。じゃ、御者さん、ちょっと待っててね」
寮母室で寮母さんは入寮証明を書いてくれた。
「こんなもので良いかしら?」
王立魔法学院、特待生女子寮寮母の役職とサインが入っている為、間違い様がなかった。
「では、これを御者に渡しますね」
その証明書を受け取って御者は家に帰って行った。確かに魔法学院に入寮したと分かれば文句は来ないだろう…来ないといいな。
寮母さんは説明の前に世間話を始めた。
「何年かに一人くらい、実家の決めた婚約者が嫌だから特待生になって寮に入る、という人がいるのよ。あなたもその口?」
なるほど、それは女ならとても興味のある話題だ。他人事なら。
「いえ、私はそうじゃなくて、姉の婿と反りが合わなくて、変な家に嫁として売られる前に家を出たかったんです」
「ああ、なるほど。そういうのもよくあるわね。でも、あなたの場合はあなただけ反りが合わないのね?」
「どうでしょう?両親は相手が見えていない気がします」
「婿を迎える事が一番大事になってて、本人が見えてない例ね。それもよくある事ね。逃げられて良かったわね」
「まあ、もしかするとひと悶着あるかもしれませんが」
「特待生ならともかく学院から出なければ良いのよ。それじゃあ、そろそろ説明するわね」
「特待生は基本、前期後期の成績がベスト10に入っている事が求められます。一般生徒でベスト10に入った人が特待生になる事を希望した場合、ベスト10から外れた人が特待生から一般生に降格します。もちろん、次の試験でまたベスト10に入れば特待生に戻れます。そういうトラブルに遭わない様に、3年間の前期後期の2回の成績がベスト10に入っている事が望ましいのです。また、魔法理論と魔法実技が最優先されるので、この二つがベスト10以内なら問題ありません」
「はい。分かりました」
「特待生は専用図書室とその学習室が使えて、その蔵書として過去10年間に使用された教科書、出題したテストと正答集が閲覧出来ます。魔法練習場の予約は特典がありません。一般生も特待生も先着順です。他には三食を無償で特待生寮の食堂で食べる事が出来ます。各部屋に専用の湯浴み場があり、湯の配給もあります。一方、侍女などが必用なら生徒か家族が用意してください」
「侍女は不要です」
「二年、三年に女子は一人ずつ特待生がいるけれど、皆侍女は連れて来ていないわ。両端の部屋を使っているから、一度挨拶はしておいてね」
「はい。分かりました」
「特待生には服飾費が出ます。毎月15日までに書類で申請しておけば月末に制服、私服が届きます。申請がない月は積み立てとなり、同様に15日までに引き出し申請されれば月末に支払われます。卒業時に積立の残りが支払われますから、使わなければその分はお小遣いや就職の支度金になると言う事です」
「はい。制服と当面の私服は持ってきましたので、しばらくは申請しないで積み立てておくつもりです」
「そうね。実家と疎遠になるなら急な物入りに備えて取っておく方が良いでしょう」
「後は、学院生活での注意事項として、表向きに説明出来ない事を伝えておきます。特待生として学院での学習に影響しない様に、異性とのお付き合いは控え目にお願いね。その中で一番注意しておきたいのは、要注意人物の事」
「これから言う三人とはなるべく近づかない様にしてね。まず一番の危険人物は、今年入学する隣国シュバルツブルグ帝国の王子です。偽名で入学しますが、それらしい人物とは距離を取る事をお勧めするわ。どのくらいの人に正体を悟られるか予想が付かないけれど、親しくなった後に正体が明らかになった場合、それこそ嫉まれますからね」
「そして二番目の危険人物は、ファインズ侯爵家の嫡男ね。近づくだけで多くの女子を敵に回すでしょう。特待生として王立機関に就職するより良家の嫁になりたいなら倍率の悪い賭けをしてみるのも良いけど」
「いえ、三年間勉学に勤しみます」
侯爵家の男を落とせる器量があったらあの避暑地であんな惨めな目には遭ってないでしょうよ。
「そう。是非そうして頂戴。そして最後に、単純にトラブルメーカーとなる事が予想されるのが、カペル伯爵家の嫡男。良識ある貴族なら、今年入学する子供には必ず注意している筈の危険人物よ」
「何がそんなに危険なんですか?」
「怒りっぽいのよ。プライドを傷つけられた、と感じたらすぐ騒ぎ出すので有名よ。問題人物ばかり派閥に集めているラッセル侯爵家の切り込み隊長とあだ名されているわ」
「まだ子供なのに?」
「つまり、虎の威を借るで、侯爵の名前を出しまくるのね」
「よくまあ、そんな人を飼っておきますね…」
「まあ、ラッセル侯爵本人も難癖付けて相手を遣り込めるタイプだからね。きっかけを作って貰えれば助かるのでしょう。あなたも気を付けて」
「はい、逃げの一手を心掛けます」
女子寮に二人いると言う特待生の三年生の方に挨拶に行ってみた。
「今日入寮した新入生のテティス・カーライルです。南部のカーライル伯爵の娘です。」
「そうですか。私はダイアン、平民です。ですから今後、私に対して挨拶等は不要です」
三年まで特待生の座を守っている実力者なのに、貴族というだけで未熟な一年に頭を下げないといけないのは我慢出来ない事だろう。だからお付き合いは拒否するのは当然だとは思う。別にこちらは偉そうにする気は無いのだけれど。
もう一人の上級生の特待生も平民だった。だからこちらも友人にはなって貰えなかった。仲良くなって一緒に遊びたい訳ではない。学院に関する情報が貰えなかったのが痛かった。生徒間の不文律とかあったらどうしよう…
明日は更新をお休み致します。次回更新は土曜日に。




