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6−7 下級魔獣討伐 (5)

 ようやく馬に乗った騎士がやって来た。マーロン教官達も近づいて来た。

「どうなった!?」

「見ての通り、氷漬けにはしたがまだ殺しきれていない様だ。テティスが魔力を感じている」


 騎士の馬が氷の中に立っているサイクロプスの苦悶の表情を恐れて落ち着かず、騎士が近づけない。仕方なく離れたところで馬を止めて、降りてやって来た。

「何でサイクロプスがこんな所に?」

「谷を伝って山から下りて来た様だが、こちらが気が付いたのが遅かったので何処から来たのかは分からん。信号魔法に反応して谷から上がって来た様だ」

「ああ、なるほど。強い魔獣なら魔法に反応して襲ってくるからな」

ヨハンが騎士と会話を続けている。


「そもそもこいつに押し出された格好でケリュネイアが出てきたんだが、ケリュネイアがいるのはどのくらい遠くなんだ?」

「我々が狩った訳ではないんだが、2つ程度向こうの山まではいない筈だ」


 そうして情報交換をしていると、数人の人が谷の方からやって来た。サイクロプスの氷漬けの近くで立ち止まった人の中には、セシリア・ストーナーとダミアン・カペルが混じっている。


 騎士二人がヨハンと私の前に出た。

「何者だ、名を名乗れ!」

セシリアが代表して口を開いた。

「魔法学院1年1組の聖女候補、セシリア・ストーナーです」

そう言って、右手を水平に伸ばして私を指さした。

「その人が魔獣をおびき寄せたのを見たので、証言しに来たのです」


 もちろん、私には身に覚えがない。谷の方、つまり彼女達がやって来た方向には行っていないんだ。付き添いの教官も見ている。


 横にいるヨハンを見ると、首を小さく横に振った。黙っていろと言うんだ。そのヨハンが逆側にいるマーロン教官を見た。マーロン教官は小さく首を縦に振った。このままセシリア達に話をさせようと言うんだ。


 その時、私のすぐ横をマーカス・パーティが通り過ぎ、セシリア達と合流した。マーカスはセシリアに小さく頷いた。

「その人が魔獣寄せの餌を撒いて、サイクロプスを呼び寄せたのを見たんです!

背嚢に証拠の品が残っている筈です!」


それを聞いたヨハンは一歩下がってテティスの背後を確かめた。

(背嚢をべったりと何かで汚してある。さっきマーカス・パーティが通り過ぎた時になすり付けたのか)

ヨハンはマーロン教官を見て、小さく頷いた。他の生徒達もテティスの背嚢が汚れているのを見つけた。ただし、サイクロプスと対峙して自分達の前に立っていたテティスの背嚢が汚れていたと記憶している人間はいなかった。


 今度はヴィクター・ウィロビーが私達の前まで歩いて行って、口を開いた。

「なぁ、セシリア・ストーナー、確かにテティスの背嚢が汚れていてな、それが証拠ってやつなんだろうが、お前は前から歩いて来て、テティスの背後を見ていない。いつテティスの背嚢が汚れているのを見たんだ?」

「だから、その人が谷に餌を撒くのを見たんです!ここに来てから見た訳じゃありません!」

「テティスはこの場を離れたが、それは西の方だぞ?そしてそれを付き添いの教官も見ている。谷の方には行ってないって証言があると思うぞ」

「それは、教官も買収されているんです!」

これにダミアンも追従した。

「お前、男爵家の癖に聖女候補に喧嘩を売るのか?それは後見人のラッセル侯爵に喧嘩を売っているのと一緒だぞ?」

「だいたいさ、証拠の背嚢の汚れも、さっきマーカス・パーティが通り過ぎた時になすりつけたんじゃないのか?」

これにはマーカス・パーティが激高した。

「なんだと!?今度はパーティ伯爵家に喧嘩を売るつもりか!?」


 この時、私には冷たい風が吹いたように感じた。ぶるっと寒気がした。その雰囲気の中、プリシア・サマセット公爵令嬢が前に出て来た。斜め後ろにジェラルド・ファインズを引き連れて。

「爵位の上の者の意見が尊重されると言うなら、私、プリシア・サマセットが公爵家の名にかけて証言しましょう。サイクロプスと対峙している時のテティスさんの背嚢は、汚れ一つ無い真っ白なものでしたよ?」

ダミアン・カペルとマーカス・パーティの二人の伯爵子息が反論した。

「それは記憶違いだ!爵位が上だからと言って偽証が許される訳じゃないぞ!」

「そうだ!爵位を笠に着て威張るなんて人として間違っているぞ!」

「あら、マーカス・パーティ伯爵子息、あなたが先に爵位でもって相手を黙らせようとしたのですよ?同じことを私がやると批判なさるの?それに、私はサマセット公爵家の名にかけて偽証しない、と言っているのですよ?それを否定するという事は、私、プリシアの事をないがしろにするだけでなく、サマセット公爵家の名誉を否定するという事なのですが、よろしいので?」


 正直、私から見てプリシア様は凄んでいた。皆がその押さえた迫力に気押されしていた。この場の最強生物はこのご令嬢に見えた。プリシア様、ありがとうございます。でも恐いから今こっち見ないでください。セシリアの水気なんて赤くなりながら青くなっている。思う様にならずに怒っているけど、恐くて言い返せないんだ。でも、足元にどろっとした黒いものが溜まっている。黒聖女。


 機を見てヨハンが前に出た。見るからに意地悪そうに笑いながら。

「さて、そもそもテティスは西から来たが、サイクロプスは北から来た。そしてお前等も北から来た。だから、誰かが魔獣を呼び寄せたとすれば、一番怪しいのはお前等な訳だが。あくまでテティスが誘いこんだと言い張るなら、この場でお前達を拘束して持ち物検査をさせてもらう。背嚢に擦り付けた物を誰が持っているか確かめないとな」


「それに、もう一言言ってやろう。そのサイクロプス、まだ死んでないんだ。お前等そんなに近づいて、よく恐くないな?恐くない理由を教えてくれないか?」


 その言葉を聞いて、セシリアの周囲の空気が変わった。その時、彼女の足元の空間が奈落の底に落ちたように真っ黒になった。

 一つ目入道は単なる前座でした。真打ちは笑いをとってくれるでしょうか。

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