6−5 下級魔獣討伐 (3)
大きな円筒形の氷を二個も魔法でごろごろ転がして戻った私達に、生徒達も驚いて集まって来た。男子の中には手槍に一角ウサギらしき死体を刺して持っている者もいる…ごめん、ウサギちゃん達。人間である私はあなた達を守ってあげられないの。
マーロン教官が呆れて言った。
「また大きなものを転がして来たな…」
私達に付いて来ていた教官が言った。
「放置も出来ないし、魔獣である確認を取るべきかと思って」
「それはそうですね」
「しかし、二匹も中級魔獣がいるとは…騎士団が一応下級魔獣以外は追い払った筈なのに…」
「鹿は移動速度が速いとは言え、妙ですね」
ここで私は原因に気付いた。隣に立つヨハンの腰を軽く叩いた。
「何だ?」
「ごめん、気付くのが遅れた。谷を山から下りて来たらしい魔獣がいるの」
「谷ってどこだ?」
「この演習場の北に小川が流れてて、そこが谷状になってるの。そこを大きい魔獣が下りて来ているの」
「何で気付くのが遅れた?」
「そりゃあ、自分の近くで大きな魔法を使っていれば、遠くの魔力なんて感じないでしょう?」
「それもそうか」
それを横で聞いていたマーロン教官が口を挟んだ。
「何がどうした?」
これにはヨハンが応えた。
「テティスが魔力の気配を感じたんだが、北の小川沿いの谷を強い魔獣が山を下って来ているらしい」
「本当か?どの辺りだ?」
私は山のふもと、平地に近いところを指さした。それにヨハンが尋ねた。
「移動速度はどのくらいだ?」
「鹿がとことこ歩いているよりは速い感じ」
「谷をそのまま進むにせよ、こちらに向かってくるにせよ、学院が連れて来た騎士を偵察に動かした方が良いんじゃないか?」
ヨハンはマーロン教官を見ながら話した。マーロン教官は付き添いの教官を呼んだ。
「警戒の信号と騎士の呼び出しの信号をお願いします」
依頼された教官はファイアーボールを上空に打ち、破裂させた。次に三回連続してファイアーボールを打ち上げた。
遠くでざわめきが聞こえたが、それより大きく反応した奴がいた。
「ねぇ、魔獣が谷を登ってこっちに来そうなんだけど」
「魔法に反応したか…教官、ヤツがこちらに気付いたらしい。騎士は間に合いそうか?」
マーロン教官は渋い顔をした。
「後の信号は急いで来てくれ、の意味だったんだが、馬で来るにせよすぐとはいかん」
ヨハンは数秒思案をした後、口を開いた。
「テティス!ヤツの水気は見えるんだな!?」
「う~ん、赤と黄、何らかの怒りと獲物を見つけた喜びってとこかな?」
「ヤツの感情はどうでも良い。見えるのならな。教官、俺とテティスが残るから、生徒を南に移動させてくれ。教官が数人、俺達の支援をして欲しい」
「本当は教官が殿なんだがな…二人にやってもらった方が良い事は確かだ。すまんが頼めるか?」
「氷の女テティスの防御は鉄壁だ…と言いたいんだが、色々穴がある。そこは俺が塞ぐから、生徒を避難させてくれ」
「頼んだ」
「その会話にそれを挟む意味ある?」
「もちろん、相手の緊張を解すためだ。意味はある」
「絶対、違うよね…」
「それは良い。ヤツはどうしてる?」
「林の中をこっちに向かって来てる。速度は上がっているわ」
「生徒の移動を急がせたいが…急かすと群集心理でパニックに成り兼ねないからな…」
「前もってアイスウォールを展開しとこうか?」
「相手は魔法に敏感に反応した。お前が下手に魔法を使うと、お前を目標にしかねない。相手の対応を見てから動け」
「それもそうね」
「南に移動しろ!」
教官の指示に、プリシア・サマセットは近くに立つジェラルド・ファインズの腕を引っ張りながら発言した。
「教官、私とジェラルドが二人の支援に残ります。その後ろに教官の支援をお願い出来ますか?」
ジェラルドは渋い顔をしたが口を挟まなかった。
「しかし、それでは…」
「サマセット公爵家とファインズ侯爵家の名にかけて、学院の責任は問いませんわ。前のお二人を犠牲には出来ないのでしょう?」
教官は渋々承諾した。
プリシアは数歩だけテティス達に近づいた。
「大人しく付いてくるのね?」
ジェラルドは応えた。
「男らしく淑女の護衛に残ったんだ!」
プリシアは目を細めて微笑んだ。幼少期に比べて距離のある二人だけれど、それなりの信頼関係は残っていると思えたからだ。
プリシアから見て、前にいるテティスと偽名ラルフ(ヨハン)のいで立ちの違いが彼等の周囲の人々の扱いの違いを感じさせた。
二人とも森林地帯に紛れる緑系の服装を着ている。そして、テティスの背嚢は真っ白な新品だ。一方、ラルフの背嚢は濃緑色になっている。つまり、テティスは後ろから来る人に見つけてもらう事を考えた背嚢で、ラルフは後ろから来る人から逃げ切れる事を考えた背嚢だ。
(高貴な身分を隠せていませんよ)
遠くから林の木々を揺らす音が聞こえて来た。移動中の生徒の一人が立ち止まって振り向くと、皆も一斉に立ち止まって振り向いてしまった。
『魔獣から逃げている』
その意識から、相手の魔獣の動向が皆、気になるのだ。教官も思わず振り向いて見てしまった。
林から出て来たのは、四つん這いに近い状態に屈んでいた巨人だった。白っぽい肌をした毛のない人型の魔獣は、折り曲げていた腰を途中まで伸ばして中腰になり、顔の真ん中にある、半開きのたった一つの目を大きく見開いた。私にはそいつの頭部、瞳を中心に光る様な水気を感じた。つまり、魔力を使ったんだ。
特待生班の生徒全てと教官達はその瞳が開く瞬間を目にしていた。殆どの生徒がその光景を見て、立ちすくむ様に足がその場から動かなくなってしまった。その時に息を吸い込む音もしたが、それ以上誰も言葉を発しなかった。
一つ目入道さんです(違う)。
明日に続きます。




