6−3 下級魔獣討伐 (1)
木曜の晩には明日の為に背嚢の中身を確認し、着て行く服も確認した。明日の不安は、やはり下級魔獣が三種類しか出てこない事で、その内の一つが我がソウルメイト、一角ウサギちゃんである事だ。幸いにして、この部屋には私の護衛隊長の、ぬいぐるみのウサギさんがいる。
ウサギ隊長!明日、私が一角ウサギちゃんに会わずに済む様に祈っていてね!争い事から逃げたい私達が相争うなんて不幸でしかないんだから!
目覚めは悪かった。夢見が悪かったんだ。誰かに見つめられる夢を見たんだ。じっと見つめられているのは分かるのだけれど、そちらを見ても誰もいない。目覚めると瞳が涙で濡れていた。
みんな私の事など見ていないのが普通で、見つめられる時は傷付けられる時ばかりだから。取りあえず濡れ手ぬぐいで汗を拭きとって着替えて、荷物を背負って食堂に向かった。
食堂で食事をしている暇はないから、1年の特待生にはサンドイッチと簡易水筒が渡された。そして特待生寮を囲む外壁の門を出ると、その前にアルベルト商会の馬車が待っていた。
ヨハンの護衛隊長カールが手を出して私の乗車を手伝ってくれる。車内にはヨハン、侍従のオットー、侍女のリーゼが座っていた。
「時間通りだな」
「…夢見が悪かったのよ。だから汗を拭く時間が必要になったの」
「どんな夢だ?」
「見つめられている気がして、視線の方を向くと誰もいないの」
「それで夢見が悪い?」
「…私はあまり人に見られないから、見られる時は悪い事が起きる時だから」
「ふん、象徴的だな」
「見栄えが悪いから見られる時はロクな目に遭わないって事?」
「いや、人が注目を浴びる時は、好意的な人間にも敵対的な人間にも等しく注目を浴びるものだからな」
「…田舎に隠居した方が良いのかな…」
「帰る実家はもう無いだろ。まあ近くに居るヤツと仲良くする事だな」
馬車が走り出し、学院外に出たところでリーゼが紅茶を出してくれた。オイルランプで金属の器にいれた紅茶を温めておいてくれたのだ。温かいものをお腹に入れると気分が少し上向いた。だからサンドイッチを美味しく頂けた。
しばらく幹線道を西に向かっていた馬車は、やがて北に向きを変えた。
「これって北に行く時に使った道?」
「いや、北に行く時はもっと早く北に向かった。今回は北西に向かうからこの道になった」
「じゃあ、今までで一番西に向かうのかな」
「まあ、俺も似た様なものだがな」
「ヨハンは川の向こうの東まで知ってるじゃない」
「だから、この国の西の国境には興味があるんだよ。北部よりは魔獣が少ないと言うが」
「やっぱり国境から離れれば魔獣は多いのでしょ?」
「そうでもない。西には教会領があって、そこには当然魔獣がいないからな」
「国境の西に教会領?わざわざ魔獣を狩って住んでるの?」
「そこは関係者以外立ち入り禁止だ。聖女審査の行われる場所だからな」
「そんなところでやるんだ!?魔獣は大丈夫なの?」
「分からん。そこから帰って来た者は、そこの話をする事が禁じられている」
「ああ、審査?試練?の内容を知ってる方が有利になるからね」
「もっと隠す事がありそうだがな」
「神々の真実とか?」
「さあな」
アルベルト商会の馬車は平民用の馬車停車位置に止められたが、馬車入口から近い方に停められた。
「何かあった時にあなたを真っ先に逃がす為?」
「お前も真っ先に連れ出してやるから僻むな」
「おこぼれで助けてくれてありがとう」
「俺にとっては他の学院の生徒よりずっと大事な友人だから、僻むなよ」
一先ず馬車に荷物を置いて、お花摘みに行った。戻ると学院の馬車隊が到着するところだった。
特待生で寮仲間のヴィクター・ウィロビーが声をかけて来た。
「そっちが早かったか。こっちはトイレ休憩で全車が止まったからな」
ヨハン、公称ラルフが答えた。
「停車場で迷子になったヤツがいるんじゃないのか?」
「ああ、中々帰ってこないヤツがいたんで、一台が遅れている」
遅れている学院の馬車より先に貴族家の馬車が停車し出した。下位貴族の馬車が先に到着すべきなのだけど、カペル伯爵家の馬車が早めに到着した。遠くてよく見えないけれど、女性を伴っている。水気から判断するとセシリア・ストーナーだ。
「そういえば、聖魔法師って討伐で何をするの?」
ヴィクターが答えた。
「そりゃあ、疲れたら疲労回復の魔法をかけてくれるんだろ、お仲間にだけ」
「それ、教師はどうやって評価するの?」
「最後まで元気に文句を言い続けてれば回復した証拠じゃね?あいつらなら」
憎まれ口にヨハンが言葉を足した。
「回復魔法なんて無くても、あいつら文句を言う元気だけは最後まで残してるだろ」
「って言うか、文句が本職で討伐がおまけじゃね?」
「違いない」
こいつらも文句が多いと思うんだけど。
週末は狩りです。明日はお休み、次回は土曜に更新します。




