6−2 新学期の一日
後期初日は朝食からヨハンと顔を合わせた。
「金曜が魔獣討伐演習だが、準備は出来たか?」
「うん。普通の装備と着て行く服は準備したわ」
「ファインズ家で何か注意を受けなかったか?」
「一般論と現地の地理は教えて貰ったわ。後、ジェラルドお義兄様はリングダガーを持って行く様だけど、そんな物をぶら下げると重いからとのお義姉様の忠告を受けて、私は持って行かない」
「お前に投射する武器は不要だろう。オオトカゲ以外なら丸太アイスランスで薙ぎ倒せる」
「乙女のかよわなアイスランスだと威力が足りないかもしれないわね」
「はっ」
ヨハンが失笑した。失礼なヤツだな!
「お前の場合は手に持つ武器は咄嗟の時以外使わない方が良いだろう。魔法攻撃に専念して、スピード重視で攻撃すべきだ。距離を開けての攻撃を心掛けろ」
「そうでしょうね。魔獣の体当たりとかに対して短剣で上手く攻撃も防御も出来るとは思えない」
「手槍は無理でも、本当は片手剣を使える様にして欲しかったんだが…」
「この短期間では無理よ」
ヨハン襲撃があってから、片手剣を振る事も教えられたけれど、武器が長くなると勝手が違う。上手に剣を受けたり、剣に打ち込む事はまだ出来ていない。魔獣に対して振るう手槍を扱おうとしても、どうしてもへっぴり腰になってしまうし。
「まあ、良い。魔獣が接近する様なら俺がカバーする。はぐれるなよ」
「逃げる魔獣を追いかけるとかしなければ大丈夫よね」
「まあ、今回は初級魔獣討伐だからな。基本はアイスランスで押し戻せるから、見つけた魔獣から目を切るなよ。視界外から飛び出されたら…まあお前なら水気とやらで分かるか」
「目の前に魔獣が現れるまでは、目を皿の様にして首を巡らして探す様にするわ」
「まあ、警戒するのは良い事だが、そこまで気負わずとも良いからな」
「そうね。早くに疲れてしまったらそれも良くないしね」
新学期最初の授業は、初級魔獣演習の説明だった。
「既に希望者は申告したと思うが、移動手段がある者は現地集合、そうでない者は朝の8時前に学院の馬車乗降場に集合する事。移動手段の都合が悪くなった者は木曜までに申告し直す事。当日に急遽学院の馬車を使いたいと言われてもそこから準備をする必用があるかもしれないから、その場合は現場到着が遅れる可能性がある」
「秋は日により山間部の寒暖は大きく変動するから、羽織る物は用意しておく事。基本は山を登る事は無いが、整備されていない道を歩くから、ショートブーツ等は踵の低い物を着用する事。場合によってはたちの悪い毒を持った虫やヘビもいるから、顔面以外の肌はなるべく晒さない事。女生徒は途中で疲れた場合は付き添いの教員に早めに申告する事。動けなくなってから申告されても対処が難しいからな。その場合はある程度の集団に分けて、休息しながら進む事になる」
「男子生徒は手槍を用意すべきだが、体力に自信がない者は場合によっては杖を持って行く様に。疲労で歩けなくなる事がある。その場合に杖が相当役に立つ。同様に、疲労した場合は背嚢の中身を捨てて後退する可能性がある。貴重品などは持って行かない様に」
こういう日常とは異なる話が出ると、どうしても教室の雰囲気が浮ついたものになってしまう。寮生で特待生のカーター・コプレーが同じく寮生で特待生仲間のヴィクター・ウィロビーと話をしているのが聞こえる。
「北部だと国境に面していなくても中級の魔獣あたりは出るからな。一応魔獣討伐に同行した事はあるんだが、ウィロビー家はどうだ?」
「家は西部と言っても中央よりだからなぁ~。むしろ普通の野生動物の方が多いかな」
「装備はどうする?俺は土魔法師だから防御主体で、手槍とダガー類で対応するんだが」
「俺は火魔法師だから、草原や山林では魔法は使い難いからなぁ…まあ、手槍と短剣は持って行くわ」
二人の会話を聞いて気になった事があったが、ヨハンが察して唇に指を立てた。昼食時に聞けと言うのだろう。だから昼食で個室に入った後で聞いてみた。
「ヨハンは魔獣討伐に慣れている様だったけど、シュバルツブルグ帝国も首都近辺には魔獣は出ないのでしょう?どこで経験を積んだの?」
「まあ、俺は魔力が強かったので、十三の時に北部へ行って魔獣を初めて狩った。それから毎年秋には北部国境に行っていたな」
「この国の北部が大変だ、と知っていた様だけれど、そちらの北部も大変なの?」
「まあな。未熟な王子が討伐に参加するくらいだから、やはり戦力に余裕は無い訳だ。俺に付いて来た部隊は、岩場に魔獣を追い込んで俺が焼く事にしていた。追い込んでいたのか、兵が逃げ込んで来るのを魔獣が追いかけて来たのかはその時々だがな」
「状況は両国共に楽観できない状況なのね?」
「まあな。両国共に北部の領主には補助を出している筈だ。それでも不平不満があるから、ラッセルみたいに何でも中央に文句を言う奴が賛同を得ている訳だ」
「でも、それって、補助金を増やせと言う事じゃないのよね?」
「もちろん、もっと抜本的な改革を求めている訳だ。例えば簒奪などだな」
「内乱をしている場合では無いんじゃない?そんな事で国力や兵を損なったら、それこそ魔獣の南下を防げないんじゃない?」
「例えば革命には現政権に対する怒りがある程度以上になる必用がある。いま少しずつ反感を持つ者を集めて、色々な事で政権を批判する事で、政権が批判される程度の能力しかないと多くの人に認識させる。昨日は二人しかラッセルを支持しなかったが、今日には三人が支持する様に、多くの不満に対し王家を糾弾するんだ。利害の一致とか、政策の一致とか関係ない。文句を言いたい事だけは同じだからな」
「…でも、それは烏合の衆だから、王権を簒奪しても国を治められる集団にはならないんじゃない?」
「だから、怒りを表に出させて、理性を引っ込めさせる。普通に考えて反乱勢力だけ集めても統治能力は無いんだ。それを考えさせない様に、現政権に対する怒りだけを糾合するんだ。それが扇動家のやり口で、権力を握ったら旧政権の支持者達を民衆に憎ませる様に批判と攻撃を続ける。次々と民衆に憎むべき者を示し続ける事で、統治能力の無さを隠蔽するんだ」
「でも、そうそう敵なんていないんじゃない?」
「そうしていれば、国内と国外が敵だらけになるから矛先には事欠かないし、感情的に敵を排除し続ける為、結果は独裁になる。味方でも気に入らない奴を次々と矛先にするから人は離れるし、人材も枯渇するからだ。民衆を煽り続けた扇動家の成れの果ては必ず独裁になるのはこういう理由さ」
「つまり、ラッセル侯爵は最終的に国内の権力を独り占めするつもりだし、その課程で国内で相当血が流れる、それは織り込み済みでやっていると言う事?」
「自覚してるかどうかは分からないが、奴が示している物は今のところただ王家への批判であり、対案が出せていない。そもそも一領主に過ぎない者に、一国の主の行政・外交の全貌は分からない。明らかに奴は政策立案能力や実行力で天下を取る気はない。扇動を使っているのはそう言う実力が無いからだ」
「それなりの安定を、破壊者でしか無い者が壊す事しか考えないで進んでいる、そう思っているのね?」
「この国の王家も当然そう考えているぞ。リチャードもラッセルを敵としか考えていない」
「思っているより事態は深刻なのね…」
「聖女候補探しを妨害しているのが奴の姿勢を示している。聖女というのはこの国と帝国の権威を支える物だ。それを無くしてしまおうと言うのだから、狙っているのは簒奪だろう」
「そのラッセル侯爵が後ろ盾になっているのがあのセシリア・ストーナー…」
「アレが聖女になったら、誰も尊敬などしないだろう?」
「他の人に聖女様になって欲しいわ」
「その言葉が聞けて嬉しいよ」
「…何故?」
「他人事とは思ってない様だからな」
「そりゃあ、自分の国か隣の国の王妃になるんだから、それなりの人になって欲しいわ」
「それなりじゃ困るんだが?」
「頑張ってね、聖女のタマゴさん、とお祈りしておくわ」
「頼むぞ」
明日は文字数が少なそうだから、少し後ろに分けたかったけど無理でした。




