6−1 新学期に向けて
新学期の前に、数日だけだが休日があった。なるほど教師達が夏休み明けが忙しいと言うのは、前期と後期の間にも休みが短いから、期末テストが夏休み明けだと、後期の授業の準備も含めて忙しくなると言う事なのだろう。
その休日にはファインズ侯爵家に帰った。なにしろ高額と思われるドレスを大事に保管しておかないといけない。スザンナ夫人がドレスを見て言った。
「ふふふふ。これは立派なものを頂いたわね」
義姉のオリビアは複雑な表情だ。
「こんなドレスを頂いて、今後どう出て来るかが心配ね…」
「そこは素直に楽しみましょう。そして、テティスが望む方向に応援してあげれば良いのよ」
「それもそうね」
お義母様とお義姉様は温かく見守ってくれる様だけれど、ヨハンの本命は聖女と言われているからなぁ…私は素直にヨハンが聖女を口説ける事を祈っているわ。
この数日の休みに戻って来たのは、一方で後期の始めに行われる魔獣討伐演習の準備の為だった。
「第一学年の初級魔獣討伐演習は一昨年オリビアも行っているし、この二年で状況が変わったとは言われていないから、普通に同じ物を用意したわ。ジェラルドがリングダガー4本を欲しいって言ったから用意したけれど、持って行く?」
これにはオリビアお義姉様が反対した。
「重いから!この重さが1時間後に効いて来るから!」
リングを紐で結んで背嚢からぶら下げるらしい…、それ、手とか服とか傷付けるよね!?
「付けない方向でお願いします」
しかし、背嚢が新調だ。北の遠征で新しいのを下したのに…
「侯爵令嬢が汚れたものを使えないわ。それに、真新しい真っ白い背嚢が、道に迷った時に捜索隊に発見されやすくしてくれるの」
いやーっ、ヨハンとはぐれなければ隠密が付いて来るから大丈夫ですよ、とは説明出来ない。
「山のふもとを散策する様に進むから、虫に刺されない様に長袖長ズボンだけど、ズボンは地味色だけどチェック柄だし、シャツは新緑色だから、周囲から浮く事もないでしょう。寒い時は濃緑色のコートを用意してあるから」
全体的に男性的な服だから、ヨハンに『場違いだ』と怒られる事もないだろう。装備としては、腰に差す短剣二本と、無くした時の為に予備の短剣二本を背嚢に入れて貰えた。これで充分重いよね…まあ私は強化魔法で対処するけど。
始業日の前日の夕食後、討伐演習地の地図の前で注意点を話し合った。王都の北西の演習地は西側に低い山脈が続いていて、その東側のふもとを散会する様に歩き、出会った下級魔獣を魔法か剣で討伐する。
「一角ウサギは正面から立ち向かってはいけない。唯一の武器が角だから、横か背後から攻撃すればこちらは攻撃されずに倒す事が出来る」
ジェラルドが復習を兼ねて教えてくれる。
「風魔法師だとブローの魔法で転がして、近寄って手槍で倒さないといけないから面倒なのよね」
オリビアお義姉様は風属性だ。三年になれば鎌鼬も使えるだろうけど、毛皮が暑いと鎌鼬も威力が低減される。普通に氷をぶつければ大概の相手はダメージを受ける水魔法師に比べると苦労が多そうだ。
「火魔法師だって森では使いどころが難しい。だからダガーを投げてダメージを与えて、適当なところで魔法を使うんだ」
「まあね、土魔法師と水魔法師が森では有利よね」
それでも水源がある川原が一番やりやすいかな。小さい氷の一個や二個では大きい相手にはたいしたダメージが与えられないからね。
「電気ネズミとピグミードッグは下級魔獣扱いだが、ヘビや一般のネズミは魔獣扱いにならないから、倒しても評価にならない」
「でも、ヘビは結構出るから、頭を潰して進まないといけないのよね。どれが毒蛇だか分かるのは教官だけだし」
ヘビさんが出たら素早く通り過ぎれば良いんだけど。お互い喧嘩して良い事はない間柄だからね。
「地理的には北側に小川が流れているので、こちらに近づいてはいけない。十年程前に転落して大怪我をした生徒がいたから、こちらに足を踏み入れると評価が落とされる」
「私達の年には小川の近くに赤い布を垂らした縄が張ってあったから、そこを越えなければ良いのよ」
「小川の近くは平坦なんですか?」
「いや、谷になっているから転落するんだ。近くまで林があるから見極め難いと言われている」
「私達が一年の時も、男子が一人下を覗き込もうとして教官に怒られていたわ」
ああ、教師が駄目だと言う事程やりたがる男子はいるよね。
「後、山側で注意しないといけない点は無いんですか?」
「こっちに岩場があって、そちらが火魔法師の狩場になっているんだけど、岩場には草食系の魔獣は出ないからね。追い込む方向で狩る人がいるから、流れ矢に気を付けて」
ふむ、南寄りに岩場ね…この場でヨハン暗殺が起こる事は考えられるから、いずれにせよ私はいつでもアイスウォールを作れる様に心構えはしておいた方が良いみたい。溜息を吐くしかない。
「どうしたの?気になる事がある?」
「他人の魔法が当たらない様に気を付けないといけないな、と思って」
「それはそうだけど、一番危険なのはあなた達特待生班の魔法攻撃だからね。特待生班と一般生班は離れているから、少数の特待生の攻撃に気を付ければ良いから」
「そういう風に迂闊に行動しない練習でもあるからな。慎重に、周囲に気を付けて行動する様に心掛けて動かないとな」
「行動予定としては、教官の指示に従い、草原部分を風下から魔獣を捜索する、そういう流れでしょうか?」
「風向きにより山に近づくルートは変えると思うわ。私は一般生班だったから、特待生班とは南北で別れていたから何とも言えないけど」
「馬車の停車場から1マイル以上歩くから、その途中でルートを変える様だ。例年の経験から、突飛な行動はしないだろう」
「途中で足が動かなくなる娘がいるから、一般生班は中々現場に行けなかったりするわね。特待生班はそういう事は無い様だけど、今年はどうかしら?」
「特待生班にはテティスとサマセット公爵令嬢しか女性はいない。テティスが問題なければ大丈夫だろう」
「プリシア様はあれでお元気なところがあるから大丈夫よね」
「お元気なところがあるんですか?」
「幼い頃はかなり腕白だったぞ」
「ジェラルドから聞いたって言わないであげてね。その頃の関係で、何気にプリシア様に頭が上がらないんだから」
「仕方ないだろ、今は猫を被っているが、昔は気が強いところを隠してなかったんだから」
あ~、それが今の人間関係に影響している訳ね。
リングダガーって、絵的には苦無に似ているんですが、多分サイズが違うんでしょうね。苦無はいつかヒロインに投げさせたいです。でも苦無は変わり身の術で避けられるのがお約束ですが。手裏剣は既にお笑い装備として使いましたね。




