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5−13 前期末ダンスパーティ

 ヨハンは夏休みが終わる前に私を以前ドレスを作った店に連れて行った。最高級の布地には何とも言えぬ雰囲気が纏わりついていた。だから、思わず店長に尋ねてしまった。

「この布地、一着分でおいくらなのでしょう?」

店長はにっこり笑って答えた。

「そういう無粋な事はお嬢様には話さないものですよ」

言えない額なんだ…


 夏休み明けの授業はのんびりしていた。

「いや、この時期に試験が無いとスケジュールに余裕が出来て助かるよ」

教師達は異口同音に言った。9月第三週には成績表を纏めていないといけないので、第一週に試験を行うと日程が厳しいのだ。


 そうは言っても、生徒としては夏休みに試験勉強が出来ないのは痛い。来年は例年通り、休み明けに試験をして欲しい。


 そうして9月末の終業の日が来て、翌日はダンスパーティになった。私は特待生寮の特別室で着付けを行った。ヨハンの侍女のリーゼが二人のメイドを指揮して私の髪型と化粧を仕上げた。


 ヨハンがやって来て、私をダンスパーティ会場の講堂までエスコートしてくれた。

「うん。綺麗だ。ドレスが良く似合っているぞ」

「中身が負けてそうだけど…」

「ちゃんと釣り合っているから安心しろ」

ヨハン自身は裕福な商人の息子か下位貴族の息子というランクの服装をしている。商人の息子と自称しているのだからここいらが限度だろう。


 でも、問題なのはそこじゃない。やはり気心の知れた人とダンスパーティに向かう、その安心感が一番なんだ。

「良い顔をしてるじゃないか。ダンスパーティが楽しみだったのか?」

「まあ、初めての事だから興味はあったわ」

「俺以外にも兄貴が誘いに来るだろうから、その辺は相手にしてやれ」

「義兄なら断れないでしょ」


 会場ではジェラルド・ファインズがプリシア・サマセットをエスコートしているのが目に入った。二人共婚約者が決まっていないから、順当なところで同行しているのだろう。

「公爵令嬢の方が格上に見えるな」

「家格はそうだから順当なんだけど、人としてもプリシア様の方が大きく見えるのよね…」

「恐い、恐い…」

この不敵な男が何を怖がると言うんだろう。茶化しているだけだよね。


 その二人が歩み寄って来て、プリシア様が話しかけて来た。

「あら、テティスさん、素敵なお召し物ね」

「プリシア様こぞ華やかなドレスですね」

プリシアは苦笑した。

「私もあなたの様なシンプルで大人っぽいのが良かったのだけれど、母が『大人っぽいのはこれから着れるから』とこれにしてしまったのよ」

「お似合いですから」

「後期末にはシンプルなものにしたいわ」

そうしている間に会が始まった。お義兄様は微笑だけしてくれた。


 一曲目は当然ヨハンと踊った。

「リラックスしてるじゃないか?」

「ダンス用に動き易い様に作られているからね」

「そういう事じゃない」

「童顔同盟のお披露目じゃない。おかげでリラックスしているわ」

「そう名乗るか?」

「絶対止めて」


 ヨハンはさすがに王子様だ。巧みにリードしてくれる。まあ練習相手もヨハンだったから、タイミングは完璧に合っているんだけど。

「次のダンスパーティでも一曲一緒に踊れると良いわね…」

「何もなければ一曲目に踊って貰うさ」


 聖女審査がどのタイミングで行われるか分からないけれど、いつまでも聖女不在ではアングリアもシュバルツブルグも面目が立たないのではないだろうか。

「それでも、早く聖女候補が決まる事を祈っているわ」

「お前は他人の事に気を使い過ぎなんだよ。半年ぐらいはゆっくりしろ」

「何故半年?」

「この前期および夏休みは大変だったろ?」

「ヨハンが大オオトカゲを引っ張り出すから大変だったわね?」

「お前が見つけるから大変だったんだろ」


 あの子が背中に氷をぶつけられて口をぱくんと開ける姿を思い出す。ちょっと可愛かったな。そんな事を言うと、また『お前は呑気だな』というセリフが出そうだから言わないが。あんな思い出でも思い出は思い出だ。共有する人がいると、それなりに素敵な思い出になる。


 ヨハンは何を思っているのか、涼しく笑っている。

「何だ?」

「ヨハンは一言少なくすれば爽やかに見えるかな、と思ってね」

「一言多くないと俺らしくないだろ?」

分かってらっしゃる。


 そうして一曲が終わると、やはり踊り終えたジェラルドとプリシア様が歩いて来る。プリシア様はヨハンの前に立つ。この人、ヨハンの正体を分かっているのだろうか?それをヨハンも分かっているのか、おどけた口調で話し出す。

「商人の息子に過ぎない哀れなわたくしに、憧れのご令嬢をお誘いする栄誉を与えて頂けないでしょうか?」

「そんな事を仰ると、テティスさんがご機嫌を損ねますよ?」

「こいつなら『もっとちゃんとご令嬢をお誘いしなさい』と後で説教をしますよ」

ジェラルド含めて四人共微笑んだ。

「では、一曲リードをお願い出来ますか?」

「喜んで」

歩いてゆく二人の後で、ジェラルドも手を差し出した。

「では、こちらは家族のふれあいの時間といこうか」

「ええ、嬉しいわ、お義兄様」


 ところが、プリシア公爵令嬢にとってはダンス中も情報交換の時間の様だ。

「また親しくなられましたか?」

「少しだけですね。まだ彼女に気配りが見られる」

プリシアは僅かに微笑んだ。

「お役目の方はよろしいので?」

「リチャード殿下が本命を見つけられないので、もう少しは問題ありません」

プリシアは少し目を細めてヨハンを見つめた。ヨハンは余裕の微笑みを浮かべていたが、勿論内心は汗をかいていた。

(恐い女だよな。何もかも見透かしている様で、仮面を被る訓練をした俺でも肝が冷える)


 ジェラルドとテティスは本当にたわいのない世間話をしていたが、テティスはテティスで冷や汗をかいていた。ダミアンの仲間と踊るセシリアが、こちらにちらちらと恐い目線を投げて来るんだ。

(何か、あの子の足運びに沿って黒い液体が糸を引いている様な気がする。そこまで私に悪意を抱かなくても良いじゃない…ジェラルドとは義理の兄妹なだけだから)


 会場ではそれぞれの学年ごとに生徒が集まっている。そして、そろそろ学年違いの知り合いを誘う時間になった様だ。リチャード殿下が下級生の公爵令嬢を誘いに来た。


 一年女子達が息を呑んだ。同じ学院に通っているとは言え、上級生で王子であるリチャード殿下とは近づく事が出来ず、憧れの人だったのだ。セシリアに至っては、あんぐり開いた口がしばらく閉じなかった。それから表情を取り繕って、内心の悔しさは水気にしか現れなかった。


 一曲踊って戻って来たリチャード殿下は、プリシア様から手を離した後、私に向き直った。

「一曲ご一緒して頂けないか?」

「もちろんです。喜んで」

プリシア様が目を細めてこちらを見ている。嫉妬して怒っているとかじゃない。何かを見極めようとしているんだ。恐っ。一方、セシリアは悔しい顔を隠さなかった。水気が黒い水蒸気になり頭上から噴き出している…何、この子。本気で黒過ぎるんだけど。黒聖女でも目指しているのか。


 私からしたら、リチャード殿下はカーライル家お取り潰しを目論んでいる恐い男なのだけれど、体裁は整えた筈だ。それでもダンス中にリチャード殿下から言われてしまった。

「そんなに警戒しないで良いよ。君をどうこうする気は無い。ただ、色々こちらの不手際があって迷惑をかけている、それを一言謝りたくてね」

「それは、私共の無警戒が故にございます。お気になさらない様、お願いします」

「まあ、それでも責任者だからね。後、もう少しの間、ヨハンと仲良くやって欲しい。未来は分からないが」

「はい。色々お世話になっております。何かの形で恩返しが出来るまでお付き合いしていきたいと思っております」

「そうしてくれ」


 リチャード殿下は涼しい顔をした貴公子だけど、少し冷酷に見える。私としては腰が引ける相手だけれど、セシリアは気付かずに恐い視線を投げて来る。あなたもさあ、聖女を目指すなら、私がジェラルドもリチャード殿下も交際相手とは考えていない事くらい読み取ってよ。

 聖女には察しの良さが求められるのでしょうかね…


 寝てましたすみません。ところで、明日…いや、次回からは6章に入ります。ストックが少ないから文字が少ない回があるかもしれません。

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