1−6 魔法学院入学前
貴族の場合、魔力が極めて低いと判定されない限り、十五才になる年の12月に魔法学院の入学適性試験を受ける決まりだった。
「私服をいくつか用意出来れば良かったんだけど」
叔父様は残念がったが、王都の父親から『無用』と回答があったんだ。王都で用意してやる、の意味じゃない。貴族と結婚する予定のない私に金をかける必要がない、という意味だ。
「良いですよ、叔父様。レティお姉様のお古を寮では着る予定だし、なるべく魔法学院の敷地から出ない様にしますから」
「そうだね。後は、特待生試験の受験申請書のサインについては、魔法学院の試験書類と一緒に出せば兄さんはろくに見ないでサインしてくれるだろう。後、まずは特待生試験に集中して、それが駄目なら魔法学院の図書室に王都での就職に関する紹介や申請書類が一通り置いてあるから、それから未来を探す様にすると良い」
「そうね。覚えておくわ」
そうして私は、侍女のニアと侍従に連れられて王都に向かった。
王都のカーライル家のタウンハウスは約半年後のエリザベスお姉様の結婚式の準備で手一杯で、私の魔法学院入学には誰も興味が無かった。義務だから行かせる、それ以上の認識は無い様だった。
そういう事で、入学適性試験の申請書は私が父の書斎に持っていき、こことここにサインを、と示さないとして貰えない状態だった。ついでに特待生試験の申請書を差し出しても、読みもしないでサインをする有様だった。そんな状態だったから、タウンハウスに残る長女レティお姉様の私服と魔法学院の制服の丈直しは私から侍女に頼む必要があった。そしてそれは、私が何着の服を準備しているか、家族は誰も知らないと言う事だった。
私は魔法学院の入学適性試験までタウンハウスから外に出なかった。もちろん、外に出て使うお小遣いももらっていないし、馬車は父親か母親が使うか、エリザベスお姉様の送り迎えに使っていて私には使えなかった。
適性試験に向かう馬車は御者付きの貸し馬車だった。魔法学院の入学申請書一式と、特待生試験受験申請書を学院の受付に出して、適性試験が始まった。適性試験と言っても、申請した魔法属性の初期魔法が一つ使えれば良かった。それは特待生試験の為に氷結系まで練習していた私には小手調べにもならなかった。その日は適性試験の合格証と入学許可書、そして特待生試験の受験証を貰って帰った。夕食の際にはそんな私の試験結果など聞かれる事もなく、エリザベスお姉様の結婚手続きの事で両親とお姉様は盛り上がっていた。
年が明けて特待生試験の受験日になるまで、私はひたすら部屋で勉強に励んだ。侍従に王立図書館から本を借りて来る様に頼み、領地で書籍から書き写していた書き付けと共に何度も読み続けた。
魔法の練習は湯浴みの時に行った。私が頼んだ服の直しで人手が足りなくなった為、私は身の回りの事は自分でやる事になっていたから、人目を気にせず練習出来た。身の回りの事を自分でやる事も、今後特待生寮に入って一人で身だしなみを整える事の練習になるから不満はなかった。
特待生試験は侍女のニアがついて来たが、ニアには『ちょっとした手続き』とだけ伝えた。ニアは平民でメイド上がりの侍女だったので、魔法学院の知識がなかったから疑い様がなかった。
特待生試験はまず実技を行った。百人を越える受験生を実技で振り落とすのが目的だ。私は氷結系のアイスボール、アイスウォール、アイスランスを披露しただけだった。それで魔法理論の試験に進む二十人に入った。理論の試験は二問だけ全く知らない問題が出たけれど、類推で押し通した。
一月中旬の試験の後、一カ月間は音沙汰が無かったけれど、二月末に呼び出しがあり、合格を告げられた。それはもちろん嬉しい事だけれど、ここまで隠し通して来たのだから、後一カ月の入寮までは素知らぬ顔で過ごさないといけなかった。
ところが、その間も家族も家人も全く私に興味が無かった。食事の時は顔を合わせるけれど、私に話が振られる事は無かった。
そして小遣いが全く出ない。だから外に出かけ様がない。せめて運動不足にならない様に、朝の内にタウンハウスの敷地内を太腿を高く上げて歩いていた。この狭い…と言っても伯爵家のタウンハウスだからそれなりの広さはあるが、三カ月の間に三回しか外に出られないのでは息が詰まる。三月末日の逃げ出す日を指折り数えて待つ状態だった。
ようやく入寮日になり、侍従に荷馬車を頼んだ。そして早く起きてトランクケース四箱に着替えを自分で詰めた。朝食を終えると、侍従を通じて下男に頼んでトランクケースを荷馬車に積んでもらった。
さあ、荷馬車に乗って家を出ようとしたところでエリザベスお姉様がやって来た。
「こんなところで一体何をしているの?」
「学院に荷物を運ぶんですよ」
「そんな必用は無い筈だけど?」
溜息を吐いてしまった。さあ、どこまで話そう?
「寮に入るんですよ」
「何故?」
「ここに私の居場所なんて無いじゃないですか。だから寮に入って勉強に専念するんです」
「寮費がかかるじゃない。そんな勝手、許されると思っているの?」
「試験を受けて、寮費が免除される様になったんですよ」
「出鱈目を言わないで、聞いた事がないわ、そんな話」
「そういう人もいるんですよ、じゃあ、失礼します」
「待ちなさい!お父様の許可を得ているの?」
「サインは貰いましたよ」
「聞いてないわ」
「言う必要がなかったのでしょう。誰も私に興味などないのだから」
何故かお姉様はいらいらしている様だった。私に興味などない癖に。
「待ちなさい!お父様を呼んで来るわ」
仕方が無い。切り札を切るか。
「今日、私が入寮しないとカーライル家が罰せられますよ」
「どういう事よ!?」
「特待生試験に合格しました。既に私は王家の保護を受ける立場で、誰も私の学院生活を邪魔出来ません」
「な…特待生なんて、あなたが成れる訳ないでしょ!?」
「学院に問い合わせてみる事ですね。それで、お姉様は王家を敵に回すんですか?」
お姉様は歯ぎしりするくらいに悔しそうな顔をした。結婚したらもうあなたと婿がこの家の中心になるのだから、私など早く追い出せれば良い筈なのに。
「それでは失礼します」
御者はいいのか、と問いただす様な顔をして私を見た。仕方が無い、虎の威を借りるか。
「あなたも王家を敵に回したいの?」
彼は平民だから特待生制度は良く分かっていないだろうが、危険な橋は渡りたくない様だった。御者は馬車を進ませた。
どこぞの火魔法使いのお姉ちゃんは妹を心配して顔を出したりしていました(ヒメハナ2)が、ベスお姉様は気配でも察した様です。